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学会誌7号:短信(小川)

『日本語とジェンダー』研究の軌跡と、今後への期待

小川 早百合

要旨:日本語ジェンダー学会誌『日本語とジェンダー』の編集委員会の一員として、これまでに掲載された論文等の内容を分析・分類し、今後期待される研究領域に ついて若干の提起を行う。

キーワード:『日本語とジェンダー』、投稿論文、研究対象、学会誌の研究動向

1.はじめに

日本語ジェンダー学会誌は、2001年に創刊され、本号で第7号となる。本学会の目的は、「日本語におけるジェンダー表現を総合的に研究すること」であ り、学会誌の趣旨は、日本語の言語表現・言語現象の分析を通して社会的概念であるジェンダーを論じるところにある。

近年は、第5号から査読制度を整え、「投稿原稿執筆要領」も改訂を加え、本号第7号には、2006年6月改訂の「投稿原稿執筆要領」注1 が適用された。当該要項では、投稿原稿の内容を4区分、①研究論文、②研究ノート、③書評、④短信のいずれかとし、それを明記のうえ投稿すること、として いる。こうした区分を提示したのは、当然のことながら学会誌としての形式を整えるためであるが、背景には、投稿論文数の増加にともない、論文としての形式 を満たしていない投稿や学会誌の趣旨と隔たりのある内容の投稿など出てきたことも無関係ではない。

そこで、これまで掲載された論文・論考・報告等を整理・分類し、日本語ジェンダー研究の視点の多様性を確認するとともに、未踏の分野・視点・対象からの 研究の可能性を示すこととする。

2.掲載稿の内容分類

『日本語とジェンダー』創刊号から第7号までに掲載された論文・論考・報告・講演などは、34本である。内訳は、論文21、フォーラム・パネル報告3、 講演3、研究ノート2、調査報告2、書評1、短信2(うち1本はパネル報告)である。(この分類には、2006年の「投稿原稿執筆要領」で規定される内容 区分とは異なるものも含まれている。)これら30本を論文であるか否かは区別せず、その内容を分類することとする。

分類の方法は、多数考えられるが、1 研究の方向、2 研究領域、3 研究対象、4 研究・考察方法、5 考察の視点、6 研究の学問系列・分野、7 考察者の立場、の7項目で分類することとする。

2.1 研究の方向

日本語とジェンダーをどう研究するかについては、いくつかの考え方がある。1つは、本誌創刊号の座談会「日本語にとってジェンダーとは?」の中で、日置 弘一郎が「方向は二つあり、正統派としては、ジェンダーに基づく集団語を考えるという方向で、もう一つは言語を手がかりとしてジェンダーを分析するという 方向の両方があると思うわけです。つまり、研究対象として言葉を追求するのか、あるいはジェンダーを追求するかという二つがあります」とし、それに対し て、佐々木瑞枝が「後者を歓迎したい」としている。[『日本語とジェンダー』創刊号, 2001]即ち、研究の方向は、①言語現象の分析を志向するか、②ジェンダーの分析を志向するか、の二つのベクトルがあるということである。しかし、掲載 稿30本は、前者の①言語現象の分析を志向しようとする傾向が強いように思われる。

2.2 研究領域

また、クレア・マリィ「日本語とジェンダーおよびセクシュアリティ」[『日本語とジェンダー』第4号, 2004]では、言語とジェンダー研究は、①「言語使用とジェンダー」、②「言語とジェンダー表象」の2領域があるとしている。この2領域のうち、①「言 語使用とジェンダー」とは、言語使用の主体を中心に研究するもので、主体の性差および主体に要求される性差のある表現についてである。②「言語とジェン ダー表象」の方は、表現自体に含まれる性差で、「箱入り娘」「一匹狼」「才媛」「大の男」[佐々木 1999, 2000]や、ドイツ語のSinger(男性歌手)/Singerin(女性歌手)、Richter(裁判官)/Richterin(女性裁判官) [「フォーラム 留学生と語る日本語とジェンダー」『日本語とジェンダー』第2号, 2002]、英語の場合では、waiter/waitress、イタリア語のprofessóre(教師)/professóréssa(女性教師)など の性別のある語彙についての考察も含むものであろう。掲載稿では①「言語使用とジェンダー」と②「言語とジェンダー表象」の領域の割合が、相半ばしてい る。

2.3 研究対象

では、具体的な研究対象(材料)を列挙してみると、発話、教科書の挿絵、語彙、終助詞、方言、ディスコース、マンガ、翻訳語、話しことば、辞書の定義、 意識、ディベート、説話、ことばの背景、シナリオ、ウェブサイト情報、教科書の内容、eメール、小説、物語、呼称、人称などである。しかし、前述の座談会 で言及されていて、まだ投稿されていない研究材料として、ノンバーバルコミュニケーション、文体、絵文字、外来語、アイヌ語、死語、歌詞、新聞記事、雑誌 記事、論文の用語などがある。加えて、これまで本学会で口頭発表されてきたものなど、さらに考え得るものとして、CM、手紙、ニュース原稿、法律文、公的 文章、政治家の発言などがあろう。

これらを恣意的にグループ化してみると、①ディスコース(発話、話しことば、ノンバーバルコミュニケーション、ディベート、方言、アイヌ語、文体、政治 家の発言)、②語彙(終助詞、呼称、人称、翻訳語、外来語、死語)、③印刷媒体(教科書、辞書、マンガ、文学、挿絵、絵文字、新聞記事、雑誌記事、論文、 法律文、公的文章、)、④通信媒体(eメール、手紙、ニュース原稿、シナリオ、CM、歌詞、ウェブサイト情報)とでもなろう。しかし、このグループ化は着 眼点に一貫性を欠き、さらに学問的な用語の点からも上位概念・下位概念が入り交じったものになっている。したがって、今後必要に応じて、一貫性のある区分 が才人によって提示されることを期待したい。

さらに、別の視点で研究対象を分類すれば、対照言語学的な要素を含む外国語研究もある。これまでの掲載稿には、ロシア語、韓国語を対象とするものがあ り、説話についてのフォーラムでは、ラオス、中国、ブルガリア、韓国のものを取り上げている。日本語教育に関わる地域報告には、インドネシア(北スラウェ シ州の事例)が紹介されたものもある。また、日本語の方言については沖縄方言を対象としたものもある。しかし、これ以外に方言研究に関するものは、ほとん ど投稿されていない。

2.4 研究・考察方法

研究・考察方法については、データの分析の有無という点でみると、①調査を実施して得たデータの分析、②既存のテキストの分析、③考察を主とするもの、 の3種類となる。①②③ともほぼ3分の1ずつの割合である。ここで特徴的なのは、調査データ使用の有無が、前項の「2 研究領域」と多少の相関を持つこと である。①については、「言語使用とジェンダー」(言語使用の主体を中心)の領域研究に多く見られ、②は、「言語使用とジェンダー」、「言語とジェンダー 表象」の両領域研究のそれぞれ半数が実施している。③の考察中心のものは主に「言語とジェンダー表象」領域研究の方で用いられている。

2.5 研究の視点

研究の視点としては、前述の座談会の中で、同じく日置弘一郎が「国によってどのような違いがあるのか、日本の地域によってどのような違いがあるのか、あ るいは社会階層によってどのような違いがあるのか、年齢も大きな問題」と述べている。そこで、その視点に基き分類してみると、①性別役割分担(掲載稿6 本)、②性別による相違(12)、③国別の相違(4)、④社会階層による相違(0)、⑤年齢による相違(1)、⑥日本の地域による相違(1)、⑦意識と現 実の相違(2)、となる。①性別役割分担と②性別による相違、の研究・考察が多いのは必然であり、③~⑦の研究・考察がなされているものは、性別の相違が 研究・考察された上に、他の考察の視点あるいは結果が明示されているものである。

2.6 研究の学問系列・分野

研究分野としては、従来区分けされている学問分野に沿ってみると、日本語学、言語学、対照言語学、韓国語学、社会言語学、文学、教育心理学、日本語教 育、コミュニケーション論、語彙論、文化論、フェミニズム理論となる。これに加えて前述の座談会で言及された分野には、心理学、認知心理学、哲学、医学、 生理学、男性学、女性学、経営学、日本文化論、文体論、教育制度があり、さらにこれら以外にも、ジェンダー学、言語社会学、言語社会心理学、大脳生理学、 歴史学、メディア論、などがあり得るだろう。

2.7 考察者の立場

最後に、考察者がどういう立場にあるのか、あるいはどういう視点をもっているのかによって、分類してみる。考察者は当然のことながら、研究者の立場・視 点で公正中立に考察を行っているのだが、そこには、①ジェンダー・フリー、②フェミニズム理論、③日本語教育、④日本語学習、⑤男女共同参画推進などの立 場・視点が明示的にあるいは暗示的に示されている。これ以外に、⑥ポリティカル・コレクトネスの視点、⑦差別を感じている立場、なども今後出現する可能性 が考えられる。

3.おわりに:今後の研究への期待

掲載稿の内容分類を1 研究の方向、2 研究領域、3 研究対象、4 研究・考察方法、5 研究の視点、6 研究の学問系列・分野、7 考察者の立場、の7項目で分類してみたが、その分類方法や分類結果については、必ずしも、掲載稿執筆者のすべての賛成を得られるものではないことは、十分 に認識している。ただ、ここでは、概略的な分類の一案を示し、今後の議論や研究に資することを望むものである。

研究対象としては、新聞記事、雑誌記事を対象として扱った研究は案外少ない。また教科書研究は、ジェンダーに対する意識形成に重要な分野であると思われ るので、今後の研究の発展を期待したい。マンガ、アニメ、ゲームなども教科書と同様あるいはそれ以上の影響力のある媒体であり、更なる研究の発展が望まれ る。一方、方言を分析対象とする研究はきわめて興味深い領域だが、研究者が少ないのか、日本語ジェンダー学会へのアプローチがないだけなのか、本誌ではほ とんど論じられてきていない。今後の研究が待たれるところである。また、本稿が、日本語とジェンダー研究に際して、研究が十分になされていない対象・分野 を知り、またどういうものが研究の対象となり得るかを考える一助となり、今後の研究、論文執筆の促進と一助となれば幸いである。


1.  学会ホームページに掲載されているが、適宜改訂されるので、2006年6月版の主要部分をここに示しておく。本文に戻る

投稿原稿執筆要領  2006年6月 日本語ジェンダー学会学会誌編集委員会 
1.言語
・ 投稿原稿は日本語または英語で執筆する。
2.内容区分
・ ①研究論文、②研究ノート、③書評、④短信のいずれかとし、それを明記
のうえ投稿すること。未発表のものに限る。
① 研究論文:当該分野において、先行研究に加えるべきオリジナリティのある
研究成果が論理的に述べられているもの。
② 研究ノート:萌芽的研究を含めて、今後の研究の基礎となる要素、あるいは
今後、優れた研究論文に発展していく要素をもつもの。
③ 書評:当該分野の研究にとって価値ある文献に関する書評。
④ 短信:当該分野の研究にとって価値ある情報に関する報告。
3.用紙・ページ設定・分量
……以下略。

参考文献

  • 「『日本語とジェンダー』 創刊号(2001)  座談会 日本語にとってジェンダーとは?」『日本語とジェンダー』創刊号, 日本語ジェンダー学会、https://www.gender.jp/journal/no1_contents/discussion.html
  • 「フォーラム 留学生と語る日本語とジェンダー」『日本語とジェンダー』第2号(2002), 日本語ジェンダー学会、https://www.gender.jp/journal/no2/no2_1.html
    クレア,マリィ2004「日本語とジェンダーおよびセクシュアリティ」『日本語とジェンダー』第4号,日本語ジェンダー学会、https://www.gender.jp/journal/no4_contents/claire.html
  • 佐々木瑞枝 (1999)『女の日本語 男の日本語』筑摩書房
  • ―――― (2000)『女と男の日本語辞典 上巻』東京堂出版

(小川小百合 おがわさゆり 聖心女子大学文学部教授)

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