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要旨:20号


第20号(2022)目次(日本語…英語)
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学会誌『日本語とジェンダー』第20号(2022)
   論文・講演の要旨(一部)


【研究ノート 要旨】

配慮のための言語形式選択基準にみる男女差―自己と集団の関係性の捉え方を中心に― -------- p.1

横倉 真弥(岐阜協立大学准教授)

 職場と友人関係という異なる人間関係場面で、上位者の立場にある場合に行われる配慮のための言語形式選択における男女差を、敬体と授受形式の使用傾向を指標にして考察した。その結果、男性は二つの場面のどちらにおいても上位者としての自己優越性を基準にしてほぼ同一の言語形式を選択しているが、女性では、ほぼ半数が職場の人間関係に社会的・心理的距離を感じており、友人関係場面と職場場面では言語形式選択の基準が異なることが判明した。こうした選択基準に関わる差異は質的差異と呼べよう。その根底には、男性では役割・タスクが個人単位で評価される価値基準、女性では「他者とともにある自己」という価値基準に基づく自己と集団との関係性の捉え方の差異が存在する。女性の職場の捉え方には、多くの女性が職場では「他者とともにある自己」を実現しにくいと感じていることが作用していると考えられる。

【研究ノート 要旨】

男女で 「女子力」 という言葉のとらえ方は異なるか― 「女性における女子力の高さ」 の意味内容と性差の検討 ― -------- p.13

寺田 悠希(東京大学大学院博士後期課程)
大上 真礼(金沢学院大学講師)

「女性における女子力の高さ」の意味内容と男女での認識の相違を検討した。大学生・院生男女8組へのインタビューで収集した項目案を用い、20代~40代の男女315名にウェブ調査を実施した。因子分析の結果、女性の女子力の高さを示す47個の質問項目は女性では「おしゃれ・美の追究」「周囲への配慮」「料理等の家事ができる」「並の身だしなみ」「戦略的立ち回り」の5因子構造、男性は第1因子が「外面への意識」、第4因子は「不衛生ではないこと」となり、その他は女性と同じ因子名に整理された。本研究により、女子力の高さを示す行動や特性はその目的や場面によって異なる因子に含まれることが示され、あわせて SNS と関連した行動も含めた整理ができた。さらに、性別による因子構造の違いは、女性の行動や外見について日常的と見做す範囲や他者へのアピールと考える内容に男女で相違があるためだと示唆され、同じ言葉でも性別により異なる意味で捉えられている可能性が明らかになった。

【第21回年次大会 基調講演 要旨】

大衆文化作品翻訳にみる社会・文化・ジェンダー―花束の韓国語と一輪挿しの日本語― -------- p.27

佐島 顕子(福岡女学院大学教授)

 韓国ドラマの特色のひとつは、日本ならば「黙ってそっとしておくシーン」で、登場人物が実によくしゃべる上、今聞きたい言葉を語ってくれる点である。しかも現実の韓国人も同様で、昨今の政治的日韓関係悪化に気落ちしていた時、「だからこそ我々は一度握った手を離すまい」と知人にあっさり言いのけられ、その口の上手さに唖然とした経験がある。
 小説においても、その語りは絶妙だ。日本でも注目されたフェミニズム小説『82年生まれ、キム・ジヨン』では、女性主人公に「虐げられた女たち」が憑依する。が、その憑依によって何かの事件を起こすわけではなく、巫女に召喚された霊のようにひたすら「語り続けること」で表現される。復讐をして恨みを晴らすというより、真実を語るために生者の前に現れて正義の回復を訴えるという韓国幽霊譚のスタンダードにのっとった作品である。他者の思いを聞いた責任を負うのは、この場合は読者である。

【第21回年次大会 パネルディスカッション:翻訳からみたジェンダー 要旨】

ハートル夫人の手紙―トロロープの『今の生き方』の翻訳を題材として― -------- p.31

木下 善貞(北九州市立大学名誉教授)

 アンソニー・トロロープの『今の生き方』を翻訳していくなかで、ジェンダーという観点から気づいた作中人物ポール・モンタギューとウィニフレッド・ハートル夫人の関係を特に取りあげて論じてみたい。二人の関係を取りあげるということは、当事者としてのこの二人の作中人物と、二人を扱うトロロープの全知の語り手と、さらにその外郭にいる翻訳者の私を扱うということだ。四者それぞれが目と口、視点と声を具えており、四者それぞれが別個のジェンダーやセクシュアリティを具えている。ジェンダーやセクシュアリティに焦点を当てながら、ポールとハートル夫人がどう性格づけられ、状況をどう処理するか、語り手がそういうポールとハートル夫人をどう扱うか、これらを把握した翻訳者は具体的にどう表現に当たったらいいか、こういうことを順番に議論してみたい。


スペイン演劇の翻訳をめぐるジェンダー  ―言語構造と20世紀のスペイン社会から考える― ------- p. 34

岡本 淳子(大阪大学准教授)

 発表者はスペイン演劇を日本語に訳す際に登場人物を過度に脚色することは避けようと心がけている。脚色するのは演出家に任せればよいという考えである。しかしながら、今回、「翻訳からみたジェンダー」というパネル・ディスカッションでの発表のために自身の翻訳を見直した際に、登場人物のセリフにいわゆる「女ことば」や「男ことば」を使用していることに気づいた。本発表では、まずスペイン語の言語的特徴、そして20世紀のスペイン社会における性差別を確認し、最後に、3つの演劇作品の翻訳に見られるジェンダーを分析する。
 スペイン語には日本語のような女性言葉はない。しかし、「他のロマンス諸語と同様、文法上の性をもち、すべての名詞が男性・女性に分類される。この文法上の性の存在意義は名詞と冠詞・形容詞、それを受ける代名詞との呼応にあるとされる」(糸魚川、2005、85)。したがって、スペイン語を日本語に翻訳する際にその性別に無自覚でいることはできない。


「お嬢さん、お待ちなさい♪」 ―中国語の呼びかけ語をジェンダーで斬る― -------- p.37

西 香織(明治学院大学教授)

「呼びかけ語」は「呼称語」とも呼ばれ、対称詞(address terms)の「呼格的用法(vocative use)」(鈴木、1973)、つまり、対話の相手を直接呼ぶのに用いられる名詞(句)のことを指す。中国語1)の呼びかけ語は、相手に対する親しみを表したり相手に注意を向けさせたりするために使用されるが、相手への敬意を示す手段としても積極的に使用され、さらに、単独で目上の人に対する「あいさつ」としても機能する、という点で日本語とは大きく異なる。たとえば、ある朝、学生が大学で先生と出会った場合、日本語では「おはようございます」という定型表現が最も多く用いられるが、中国語で最も多くみられるのは “XX 老师!”(「XX 先生!」)や “老师早!”(「先生、おはようございます!」)であり、敬意を示すべき目上の相手に対しては、あいさつのみならず、お礼やお詫びの言葉を述べたり、それに応答する場合にも、呼びかけ語がほぼ必須の要素となっている(曲・陈、2001、西、2011)。

【第21回年次大会 研究発表 要旨】

新聞に見られる 「おばさん」 の使い方について -------- p.41

加藤 恵梨(大手前大学准教授)

「おばさん(小母さん)」を辞書でひくと、「他人である年配の女性を親しんでいう語。また、大人の女性が子供に対して自分自身をさしていう語」(『大辞林 第四版』、p.395)と記述されている。しかし、他人から「おばさん」と呼ばれると、不快感を抱く人が多いことが先行研究で指摘されている。現在、「おばさん」はどのように使われているのだろうか。本研究は新聞を資料とし、主に投書において「おばさん」がどのように使われているのかを明らかにすることを目的とする。
 遠藤(1992)はアンケート調査に基づき、世間が考える「おばさん」像について、Ⅰ「ずうずうしい」「自己中心」のような性情に関するもの、Ⅱ「喫茶店でねばる」「スーパーのレジに割り込む」のような行動面をみたもの、Ⅲ 「似合わない服装」のような外見によるもの、の3つに大別している(p.162)。また、新聞の投書において「おばさん」が用いられている場合、自分から名乗っているものには、「おばさん」を行動的、したたかさ、たくましさに満ちる人物として積極的に評価した一種の居直りが感じられるのに対し、他人から「おばさん」と呼ばれることには不快さを訴えており、この不快感は、先のアンケート結果の多数を占める「ずうずうしさ」「自分勝手な行動力」を意味するからであろうと指摘している(p.174)。


日本語の女性的終助詞に見られる女性性の定量的検証 ―テレビドラマを対象に―  -------- p.44

賈 伊明(名古屋大学大学院博士後期課程)

 本発表の目的は、日本語の終助詞のうち「女性的終助詞」とされてきた「かしら、のよ、のね、わよ、わね、(だ)わ、の」7つの終助詞の女性性を、テビドラマ(以下「ドラマ」)を用いて定量的に明らかにすることである。
 水本 (2005)は、ドラマを対象に、10代後半から30代前半の女性の登場人物(計56人)が用いる女性的終助詞の使用頻度について分析し、女性的終助詞の使用頻度はいまだに高い傾向がみられるとしている。一方小林 (2019:122)は、現代の大学生を描写する映画『何者』を対象に、7人の登場人物(男性4人、女性3人)のセリフを分析し、「エポック的作品」である『何者』においては、終助詞の使用は「中性化」している傾向がみられるとしている。
 ドラマの世界においてどのようになっているのかを調べるために、本発表は、2012年~2019年に放送された、現代の日常生活を描くドラマ(6本、計33話、約24時間)を選んだ。日本語の標準語を話すことを条件として、合計65名の登場人物(男性28名、女性37名)のセリフを分析した。6本のドラマの脚本家は、女性1人、男性5人である。また、その年齢は40代前半から60代前半(1人は年齢未公表)である。合計17,097の発話文のデータが得られた。そして、7つの女性的終助詞のうち、「(だ)わ」と「の」は、イントネーションを考慮して分析した。得られたデータに対して、その表現を用いた人数と用いなかった人数を男女別にまとめ、フィッシャーの正確確率検定を行った。有意水準は5%とする。効果量も求めた。


中国語の日本語訳文に潜むジェンダー  -------- p.47

任 利(東京農工大学准教授)

 現代中国語では、日本語のように話し手の性別によって、人称代名詞や文末表現を変えることがない。しかし、日本人中国語学習者による中国語の日本語訳文を見ると、以下のような興味深い現象が観察される。
 例えば、中国人の男性も女性も使用できる中国語の一人称代名詞 “我 wǒ” に対して、日本語訳としては、「わたし」、「わたくし」、「ぼく」、「おれ」、「あたし」、「わし」など、様々な訳し方がある。また、中国人の男性にも女性にも使用できる中国語の二人称代名詞“你 nǐ” に対しての日本語訳としては、「あなた」、「あんた」、「きみ」など、様々な訳し方がある。つまり、話し手の性別によって日本語への訳し方が変化するのである。
 さらに、以下の例文(1)のように、男性が話し手の場合、文末に「かい」をつけ加えたり、(2)と(3)のように、話し手が女性の場合、中国語の一人称代名詞 “我” を「あたし」に訳したり、名詞の前に「お」をつけ加えたり、文末に「わ」、「かしら」を付け加えたりする現象が見られる。
(1)“真的吗?”(中国語原文『ともだち・朋友』朝日出版社) 
  「本当かい?」(学習者の日本語訳文)
(2)“给你肉。我来烤蔬菜。”(中国語原文『ともだち・朋友』朝日出版社)
  「あなたにお肉をあげるわ。あたしは野菜を焼くわ。」(学習者の日本語訳文)
(3)“在这儿可以放焰火吗?”(中国語原文 『ともだち・朋友』 朝日出版社)
  「ここで花火をあげられるかしら?」(学習者の日本語訳文)

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