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essay201001

【エッセイ】

車内広告とジェンダー

原田邦博

毎朝の通勤電車、私は比較的空いている各駅停車に乗ってゆっくり座って行く。そして壁面や中吊りの広告に目をやるのを日課にしている。

車内広告は千差万別である。その情報価値はともかく、それぞれに様々な言語表現が用いられているのが楽しい。 だからたまに1つの車両全部が同じ広告だったりすると、「こんな企業の商品は買わない」と、ついへそを曲げてしまう。

「ジェンダー」にかかわる表現も、時々目に飛び込んでくる。ある鉄道会社が去年、子ども向けのキャンペーンを行った。キャッチコピーは「夢を見るのが、ボクらの仕事。」で、 ポスターには同じ文章で絵柄だけが異なる男の子と女の子の2つのバージョンがあった。

童謡の『手のひらを太陽に』などで既に知られたことだが、子どもたちを表す一人称の「We」にあたることばは、 共通語では「ボクら」ぐらいしか見あたらない。「わたしたち」では大人びてしまうし、女の子を中心にした言い方は存在しない。 これが関西の企業なら、「夢を見るのが、“ウチ”らの仕事。」というコピーもありうるのだろうが、共通語の地域ではむずかしい。

このような場合に「ボクら」を使うことはやむをえないとしても、それが「女の子」だけが描かれたポスターに使われていると、 どうしても違和感を持ってしまう。もっとも最近は、女の子が自分のことを「ボク」と呼んでいるケースも、一部にはあると聞いてはいるが・・・。

またこの電鉄グループは病院も経営していて、毎年「看護師募集」のポスターを電車内などに掲示している。 もちろん以前は「“看護婦”募集」という文字だったが、男女雇用機会均等法などによって、男女一方のみの募集を意味する表現は使えなくなった。 ところがこの病院では女性のみを採用したかったのだろうか、当初用いた文言は「“ナース”募集」という“奇策”であった。

確かに「看護婦」という文字は用いていないし、英語の「nurse」には男女とも含まれるようだが、 日本ではあくまで“女性”というイメージが強いだろう。さすがにこの「ナース」という表現には抵抗があったようで、 その後は一般的な「看護師募集」に落ち着いている。

ただ文字表現とは別に、今年のポスターには看護師らしき3人の姿が写っている。このうち中央の1人は髪が短く長身であるため “男性”かと思ったら、3人とも女性であった。あるいはこれも、募集にあたっての無言のメッセージなのであろうか。

文字で明記されているわけではないので、これがただちに法律の趣旨に反するとは言えないが、以前の「“ナース”募集」 にどこか通じるものを感じてしまったのである。

そんなことを考えながらポスターをさらによく見ると、小さな文字でこのような「おことわり」が書いてあった。
 「写真はイメージです」。

2010年1月

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