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essay201201

【エッセイ】

Dialog on Gender, Language and Culture -2-

研究者をめぐる呼称(address terms)

――秋葉Reynolds かつえさんに対するお返事にかえて――
 

Tetsuya Kunihiro

(1)私と一般の人の場合。今住んでいる地区の隣人はたいてい「国広さん」です。私の素性を知っている人は「先生」です。神奈川の教育研究所などで講演をしていましたので、その講演に出席していた隣人があり、そういう人は「先生」と言います。私は「さん」が一番落ち着きます。

アメリカに住んでいた頃は、Tetsuya だけでした。日本語の感覚からすると呼び捨てになりますが、彼らにそういう brunt な意識がないことは日頃の付き合いから分かっていますので、私は何の抵抗も感じませんでした。むしろ親しみを感じ、喜んでいたくらいです。

(2)研究者同士の場合。Cornell 大学に滞在していた頃、Eleanor Jorden は英語で話していても呼称の部分だけは日本語で「国広さん」であったと記憶します。学生はMrs. Jorden が普通であったように思います。どんな場合も Professor は使われませんでした。Eleanor も使われませんでした。公共の場面での「言及称」(reference term) としては別です。

日本における日本人同士の呼称は非常に混乱しているように思います。私よりも年上で世間的にも偉い人でさえも私を「先生」と呼びます。それは佐々木瑞枝先生も同じです。同じ大学の同僚であった先輩は「国広君」を使い、それはそれで落ち着いています。最近鈴木孝夫さんと電話でよく話すことがありますが、「先生」と呼ばれます。私の方が若いことは両者の明瞭に了解していることであるにも関らず「先生」は落ち着きません。私は時に「佐々木さん」とメールに書くことがあります。私としては「親しみ」を込めたつもりです。

学校時代の同級生は一様に「君」です。何かの拍子に「さん」に変ると「疎遠」の第一歩という感じになります。

(3)最後に秋葉Reynolds さんは私よりはお若いはずですので、親しみをこめてこの際「さん」に切り替えさせて頂きます。今まで敬意を込めて「先生」と呼んでいましたが、今や「親しさ」の方が勝って来た様に思っています。

1974年から1975年に掛けてアメリカで「家族間の呼称」を調査したとき、子供が両親をあだ名で呼ぶ場合が少なくないことを知り、驚きました注1 。例えば母親をMops とか、first name で呼んでいます。日本では聞いたことがありません。日本でそういうケースがあったとすると、そこには母子相姦の響きが出てきます。そういう状況を甘美な小説に書いてみたいという欲求はずっと前からあるのですが、実態をもっと知った上でないと現実味を帯びさせることは出来ないでしょう。母親が美女で若風で、同時に息子が美男子である場合など、母親の溺愛からそういう関係に至るということは無いものでしょうか。昔何かで読んだ記憶がありますが、あるとき受験勉強に集中すべきときに息子が性の処理に悩んでいることを知り、「お母さんでよかったら」と申し出たとかいう話です。話があやしい妄想の域に入り込んできましたのでこの話はこの辺で幕といたしましょう。

ここらの問題は「人格構造」の問題とも絡んでくるように思います注2

PS. 「人格構造」の概念は詳しく説明しないとお分かり頂けないと思いますが、簡単に説明しますと、言語行動を含めて人間の行動の意味は人格構造が異なると違ってくる、というアイディアに基づいています。「握手・抱擁・キス・呼称」などの社会性を含んだ行動の意味は背後の人格構造の違いにより異なると考えるわけです。First name による呼称は日本文化では、private self の内部に位置するのに対して、アメリカ文化では private self の外側の social self のどこかに位置している、という違いがここに含まれていると考えます。こういう相違を知らないで日米人が出会いますと、いろいろ誤解が生じる恐れがあります。以前にもひと言触れましたが、ハワイ大学に留学した日本人の男性がそれで精神的に深い傷を負ったという話を聞いたのがことの発端でした。

Tetsuya Kunihiro

1.国広哲弥 (1981) 「アメリカの親族呼称」、『ことばの社会性』 (社会言語学シリーズ No. 3)、堀素子・ F. C. パン編、文化評論出版、pp. 19-38.本文へ

2.國廣哲彌 (1977) 「日本人の言語行動と非言語行動」、『岩波講座 日本語 2 言語生活、岩波書店、pp. 1-32, 1977。 この p. 30 に 「人格構造」という名称と図解が示されている。本文へ

2012年1月

 

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