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essay201010

【エッセイ】

アメリカとジェンダー

鈴木 克義

このエッセイシリーズの初回で、国広哲弥先生がコーネル大のEleanor H. Jorden先生のことを書かれているのを見て、 20余年前の記憶が蘇ってきた。

今は亡きジョーデン先生だが(ご本人は「ジョーダン先生」と呼ばれるのを嫌っていた。「冗談じゃない」と)、 当時は足腰以外はかくしゃくとしていて、われわれの日本語模擬授業に鋭いダメ出しをされていた。 今、私の子ども英語コースの学生たちが「鈴木先生って、模擬授業の時になるとけっこう厳しいよね」と囁いているのは、 ジョーデン先生の影響に違いない。

「われわれ」と書いたのはEEP(Educational Exchange Program)で1988年、アメリカに渡った44名の日本語教師たちで、 ジョーデン先生とそのスタッフから4カ月間の日本語教授法集中講座を受け、全米各地の大学で日本語を教えた仲間たちである。 私はその後、日本で職を得て帰国したが、いまだ彼の地で教えていたり、国際結婚して家庭を持ったりした仲間も多い。 とくに大半を占めた優秀な女性たちは、日本で男性社会の壁に阻まれ、新天地を求め脱出してきた人が多かった。

このプログラムはその後10年以上続き、名前を変えて存続していたが、今は中断しているようだ。 日本と日本経済の地位低下によって、アメリカの大学で日本語のコースを置かなくなったことが原因らしい。 しかしながらこのプログラムの与えた影響は大きかったと思う。

私はフィラデルフィアの近郊にある大学勤務だったが、日本人が1人もいない地方の大学で孤軍奮闘したり、 カリブ海の孤島で日本語を教えていた仲間もいた。それまで日本語の文字など見たこともなかったアメリカの片田舎で、 日本と日本文化に対する理解が進んだのである。

ちょうどこの頃から日本もJETプログラムを開始し、海外から大量の青年がALTとしてやってきて、 日本ファンになった人たちがその後両国の架け橋になっているのを思い起こしてほしい。これが今、 事業仕分けの対象になっているのは残念なことだ。国際交流は、低予算で効果が大きい国防だと思うのだが…。

私がアメリカに滞在した2年間で経験したことは、本1冊でも書ききれないほど多いが、 今でも時々フラッシュバックのように記憶として蘇る。中でも、今だからカミングアウトするが、 大学院の先輩だった日本人女性から「あなたほどのMale Chauvinist(男性優越主義者)はいない」と指摘されたのはショックだった。 自分ではどちらかといえばフェミニスト、というよりジェンダーは意識しないほうだと思っていたのに、 女性の進出著しいアメリカから見れば、まだまだだったのだろう。

ところでアメリカは昔から機会均等が進んだ国だったのかというと、実はそうではない。 おもに人種問題で公民権法が成立して半世紀近くが経つが、その間強力にアファーマティブ・アクションを推進して、 やっと黒人留学生の息子が大統領になったところだ。女性大統領はいまだに誕生していない。 

私がお世話になった下宿の奥さん宛の手紙は、宛名が<Mrs. George Stuart>と書かれていた。 日本でいえば「鈴木克義奥様」宛で来るようなものである。フロリダでホームステイさせてもらった70代の男性は、「私の妻は生涯専業主婦で、 われわれの時代はそれが普通だった」と述懐していた。

こんなことを書くとまたMale Chauvinistのそしりを受けそうだが、そうではない。アメリカもまた、 長い時間をかけて女性の社会進出を図ってきたのである。その間、スチュワーデスがキャビンアテンダントになり、 女性の職場への男性の進出も進んだ。

翻って、日本ではどうだろう。いわゆる男女雇用機会均等法が施行されて20年以上経ち、保母が保育士に、 看護婦が看護師になって男性の進出はある程度進んだが、女性の活躍はまだまだではないだろうか。

データによると、女性の労働力率、つまり外で働いている女性の割合はやっと6割を超えたところ。これが80%になると、 収入と消費が増え、GDPが15%も上がるそうだ。つまり日本の景気回復の切り札は、女性の社会進出ということになる。ついでにいうと、 女性の労働力率と出生率にはきれいな相関関係が見られる。北欧やアメリカなど、女性が外で働く国ほど出生率が高いのだ。 (離婚率も高いが…)

ところが私が教えている女子学生を見てみると、驚くほど専業主婦志向が強い。将来保育士を目指している保育科の学生でさえ、 「子どもが生まれたら保育園には預けず、自分で育てる」というほどだ。自分で自分の職業を否定してどうする!?

先日、ある番組で東大の女子学生が「専業主婦になりたい」と言っているのには驚いた。 しかも東大は将来高収入を得られる男子学生が多いので、相手を探しに来たのだそうだ。日本で一番国費が投じられている高等教育機関で、 われわれの税金が婚活に使われているのである。どうします、蓮舫大臣?

厚生労働省が「イクメン・プロジェクト」に力を入れるのもいいが、これから社会に出ようという若い女性たちが、 先輩たちの過酷な働き方を見て、すっかり腰が引けてしまっているようなのだ。ここを何とかしなければ…

このままだと本当に有能な女性たちは、心置きなく仕事と子育てを両立できる海外に流出するか、 日本にとどまって貧乏暮らしに甘んじるかという二者択一を迫られることになるだろう。私は自分の子どもたちには、 英語だけはしっかりやって、早く海外に逃げなさいと言っている。さよなら、ニッポン!

2010年10月

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