【エッセイ】
婚姻によって苗字が変わること
小川早百合
8月のエッセイ「三浦百恵と松嶋奈々子」を受けて、“旧姓”について考えてみた。結婚によって“旧姓”というものを手に入れるのは、 多くは女性である。それはプラスの財産を形成するというよりは、めんどうなことを招く「災い」に近いもの、と言ったら言い過ぎであろうか。
それも旧姓は、1つとは限らない。子供の頃、養子縁組をしたために、結婚前にすでに旧姓をもっているという人もいる。 久しぶりに訪ねてきた卒業生が、苗字が変わっていた。それまでに何の連絡もなかったし、たとえば結婚をしたら、 必ず知らせてくると思える人物であったので、不思議であった。すると、本人から「結婚して苗字が変わったのではなくて、 叔父の家に子供がなくて、養女に行きました。その家の苗字で、お嫁に行くことを叔父たち夫妻は望んでいるので」という説明があった。 同窓会の名簿上は、彼女には苗字が2つ表示される。旧姓がある。したがって、結婚したというふうに、名簿上では認識されることになる。 親しい友人は、真実を知っているし、こういうことは説明が簡単だからよいだろう。
もう少しめんどうな旧姓もある。結婚、養子縁組、それ以外に、「離婚」によって旧姓を持つということは案外忘れがちである。 20代の女性が離婚をしてすっきりして、幸せになったと言い、元の苗字を喜んで名乗り始めると、知り合いから、「おめでとう」と言われたそうである。 言われた本人は、もちろん、幸せでうれしい状態であったので、素直に「ありがとうございます」と言ったそうだ。しかし、 「私が結婚したと思ったので、お祝いを言ったのでしょう」と推測していた。どちらが「旧姓」なのか、つきあいが短いとわからない、 という困ったことが「旧姓」には起こりうる。
こういうめんどうなことは、韓国や中国では起こらない。韓国も中国も結婚によって、女性の苗字が変わるということがないからで、 家族の中で、異なる苗字が共存している。不便ではないかと聞くと、No.という答え。長年これでやってきたのだから当たり前のこととなり、 不便を感じないのであろう。
もちろんパスポートを持って海外に行った時には困ることもあるようだ。1つの家族として認識してもらうための証拠がパスポートにはないからだ。 また子供のいる家庭では、時々、架空の名前を作り出して母親が使うこともある。子供の学校の先生に手紙を書かなければならない時など、 本当の氏名をかいたのでは、だれの母親だかわからないからだ。夫の苗字、つまり子供の苗字に、自分の名前をつけたものを、 手紙の差出人にするのである。
婚姻によって苗字が変わるのと変わらないのとどちらがよいのであろうか。韓国・中国で苗字が変わらないのは、 女性の社会生活の便利のためという理由からではなく、.逆に、女性には、結婚しても婚家における権利が十分に認められないから、 苗字が変わらないということだ。
しかしジェンダー問題が注目される時代になると、韓国・中国の方式が、個を尊重していて、日本の方式より、 近代的であるように見え始めたのである。
2009年11月