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essay201003

【エッセイ】

改まった場における他人の配偶者の呼びかた

水本光美   

皆さんは、他人の配偶者のことを、どう呼んでいるだろうか。

日本語の教科書では、「奥さん」「ご主人」と紹介されているが、私はいつもこう呼ぶことしかできない現状に後ろめたい気がしてならない。 というのも、20年ほど前、初めてアメリカの大学で教えたとき、女子学生から「なぜ、こういう女性蔑視的な呼び方しかないのか」と質問されて、 語源や背景は説明できても、未だに変わらないことに関して彼女を納得させられる言い訳がみつからなかったため、それ以来トラウマとなっているのだ。

確かに、自分の配偶者のことは「家内」「主人」の他に「妻」「夫」という正式名称もあり、改まった場で使われている。しかし、 他人の配偶者に関しては、「妻」「夫」に匹敵するジェンダーフリー的な言葉がないのが現状だ。

現代社会では、必ずしも妻は「家の奥にいる人」ではなく、多くの女性達が社会進出をして家の外の世界で活躍している。また、 夫は「主人」「旦那」「亭主」という考え方も、いつまでも夫が中心で妻の上位者という意味合いを認めるようで、現代社会にはそぐわない。 にもかかわらず、現状を反映した別の呼び方が生まれない。親しいもの同士なら、「由紀夫さん」と直接名前を言ったり「お宅のハズ」や、 「あなたの連れ(合い)」などとジェンダーフリー的な呼び方をしたりもできるが、もう少し改まった場合には、このような呼び方は使えない。

例えば、考えられるものとして、「ご伴侶」「おつれあい」「パートナー」などがあるそうだ。個人的には、 「妻」や「夫」に対応する語として「妻さん」や「夫さん」が分かりやすくて良いのではないかと思うが、使ったときに、その場が白けるのを恐れて、 どれもまだ試していない。

確かに、男女雇用機会均等法のお陰で、かつて、「看護婦」が「看護師」に、「保母」や「保父」が「保育士」になったように職業名は大幅に改訂された。 しかし、改まった場で用いる他人の配偶者に対する呼び方に対しては、ジェンダーフリー的呼称が提唱されず、その後も、なかなか生まれないのは、なぜなのだろうか。

男女雇用機会均等法が施行されて25年、男女共同参画社会基本法が施行されてすでに10年が経過した。 平成22年3月20日開催の「日本のジェンダー平等の達成と課題を総点検する」における報告によると、 日本はまだ国家による立法上の差別の是正が出来ておらず、民法改正が今後の課題であるという。また、 国際的には「女性差別撤廃条約」をまだ批准していない状況にとどまっているとのことだ。

日本国内では、最近、女性の社会的地位が向上したとは言われるが、政府による統計によると、(総務省「労働力調査」2009年, 厚生労働省「賃金構造基本的調査統計」2009年)女性が民間企業の管理職に占める割合は、未だ10.2%であり、平均的には、 女性は男性の69.8%の賃金しか受け取っておらず、非正規雇用者の71%が女性である。この現実は、世界の先進国と比較してみても、 極めて遅れをとっており、2008年に開催された「国連人権委員会自由権規約審査」によって厳しい批判の的となったという。

他人の配偶者に対する正式呼称がなかなか生まれないのも、このように、法律や制度という枠組みを定めても、 現実的には従来の慣習に束縛され続け肝心の中味の実行が伴わない日本社会の土壌に起因するのであろうか。

30年以上も前、ジョン・レノンがヨーコとの間の子供を育てるために、5年間プロ活動を停止し「専業主夫」に徹したことで、 世の中に男女の役割分担に関して大きな波紋を投げかけたことがある。また、90年代前半に、主人公が主夫である小説を書いた村上春樹自身も、 若い頃一時期、主夫をしていた「幸せな」頃があるという。今世紀に入ってから、主人公が「主夫」のテレビドラマが人気を博すようになり、 それ以来「主夫」という言葉は珍しくなくなった。

有名人やマスコミの影響力は大きい。願わくば、同じような疑問を持つ脚本家が、なにか適切なジェンダーフリーな造語を考案し、 それをドラマの中で人気俳優などが用い普及させてくれないだろうか、などと期待もする。

しかし、政府やマスコミばかりに期待してもいられない。要は、我々一般人が草の根運動的に努力するしか、なさそうだ。やはり、 今後は「おつれあい」や「ご伴侶」、それから「妻さん」「夫さん」などの言葉を積極的に使っていこうと思う。少々しらけても、 後ろめたさを感じたままより余程すっきりするだろう。

2010年3月

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