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要旨:19号


学会誌『日本語とジェンダー』第19号(2021)
   論文・講演の要旨(一部)


【研究ノート 要旨】

『不思議の国のアリス』の翻訳をジェンダーの視点から考察する   
 ― 人称代名詞と会話文を中心に― -------- p.1

夏目 康子(大妻女子大学准教授)

要旨
Alice’s Adventures in Wonderland の明治から平成時代の翻訳作品を、ジェンダーの視点から分析する。特に、人称代名詞、女ことば・男ことば、会話文に着目して訳語を比較検討し、訳者や時代による翻訳の違いについて考察する。
キーワード
『不思議の国のアリス』、翻訳、ジェンダー、人称代名詞、女ことば

1.Alice’s Adventures in Wonderland の翻訳の歴史

 Lewis Carrollの Alice’s Adventures in Wonderland( 1865)は、ヴィクトリア朝時代のイギリスで出版されたが、当時の子どもの読み物に多い道徳臭、教訓色、宗教色がない点が新鮮であり、替え歌、なぞなぞ、トランプなど子どもの遊びの要素が織り込まれ、多くの子ども読者を獲得した。この作品は、高度な言葉遊び、ノンセンス性、風刺、論理学的謎かけなど、大人も惹きつける要素も備えていた。
 日本では、部分訳は明治41年(1908年)の永代静雄による『不思議の国のアリス』が、全訳は明治43年の丸山英観の『愛ちやんの夢物語』が最初である。丸山訳では主人公のAlice が愛ちやん、猫のDinah が玉というように、多くのものが日本的なものに置き換えられた。その後、明治、大正時代に、丹羽五郎、楠山正雄、望月幸三、鷲尾知治、益本青小鳥、大戸喜一郎らの翻訳が続く。昭和2年に菊池寛と芥川龍之介共訳の『アリス物語』、昭和4年に岩崎民平の研究社英文注叢書『不思議國のアリス』が出版され、その後の翻訳に大きな影響を与えた。太平洋戦争が始まると翻訳や出版文化は下火となり、『アリス』の翻訳が続々と出版されるのは1970年代以降である。

【書評】
『新敬語「マジヤバイっす」― 社会言語学の視点から』-------- p.19
 (中村桃子、白澤社、2020年)

松村 瑞子(九州大学名誉教授)

 本書(初版第一刷、221頁、2200円+税)は、「そうっすね」「まじっすか」などの「ス体」 1)を、イデオロギー(社会に広く認められている考え方)と密接に関わる「〇〇ことば」の一つであるとして、社会言語学の観点から分析したものである。著者中村桃子氏は、『女ことばと日本語』(岩波新書)、『「女ことば」は作られる』(ひつじ書房)などの著書で、「〇〇ことば」のもつ社会的意味について数々の研究を行ってきた。本書では、社会言語学的視点を取り入れながら、体育会系男子の若者言葉と言われてきた「ス体」の成立にはイデオロギーが関わるとして、分析が行われている。本書のタイトル「マジヤバイっす」が取り分け目を引くのに加え、研究対象自体も日常生活やテレビのCM で耳にする表現であるため、言語とイデオロギーの関係という、通常なら一般の読者には敬遠されがちな内容が、身近に感じられるのみならず、分かりやすく議論されている。
 全6章からなる本書では、自然会話での「ス体」の用法に加え、ウェブサイトやテレビCM 等のメディアでの「ス体」の用法が分析される。第1章「『ス体』という言葉づかい― 形成過程・言語要素・イデオロギー」では、「ス体」研究の意義が論じられる。著者によると、「ス体」は1950年代に既に漫画において確認されており、最初は主にドラマの中のとび職人や体育会系クラブの若い男性部員が使っていたが、90年代には一般の若い男性にも広がり、現在では女性やメディアでも使用されているという。著者は「〇〇ことば」の形成を考えることの意義として、その成立の背景には社会の区別や差別を支えるイデオロギーが密接に関わっているという点と、その成立過程に
はメディアでの使われ方が大きく影響しているという点を挙げる。

【第20回年次大会 基調講演 要旨】

わたしの名前、あなた名前 ------- p.25

中村 桃子(関東学院大学教授)

はじめに

 今回は、「家族・ことば・ジェンダー」というテーマにちなんで大会実行委員会からいただいた要望に沿って、1.婚姻改姓・夫婦同姓、2.夫婦の呼称という、名前に関する2つのテーマをとりあげる。両方のトピックに関しては、すでに多くの研究が行われているが、今回は、人の名前や呼称に関するさまざまな現象のうちのひとつに焦点を当てたい。それは、名前とは、単にある人物を指し示すためだけに用いられるのではなく、人物や人物を取り巻く人間関係を規定したり、変化させる場合もあるという点だ。私たちは、名前や呼称をさまざまな場面で使い分けることで、それぞれの考える「夫婦」や「家族」を日々つくり上げている。その意味で、名前や呼称は、使い方によっては、今ある夫婦や家族の関係を変化させる可能性を持っている。

1.夫婦同姓―「家の嫁」意識を支える

 現代の日本社会では、名前に関して、名前はその人そのものであるという「名めいじつ実一いったい体観かん」と名前は人物を特定する符号に過ぎないという「名前符号観」の両方が観察される(高梨 1981)。
 名実一体観における名前と人物の関係は、(1)人物が変わればそれにあわせて名前も変わる、(2)人物が変わる前に名前を変えることで、人物も変身することを期待する、(3)人物が「こうなりたい」という願いを名前に託すなど、さまざまな段階が考えられるが、重要なのは、改名は人物の変身を期待させる点である(中村 2010)。
 この期待感を婚姻改姓にあてはめると、婚姻時に改姓した人物は変身を期待されることになる。日本の戸籍は「姓」によって束ねられた「家」を単位として編製されているので、「姓」の変更は所属する「家」の変更として解釈される可能性が高い。現在の日本では97%は女性が婚姻改姓をしているので、女性が夫の「家」に所属を変更したと解釈されるだろう。「家」の変更は女性が「家の嫁」に変身することを期待させる。姓に基づく家単位の戸籍と民法の規定する夫婦同姓は、「家」や「家の嫁」意識を維持する働きをしているのだ(中村 1992)。
 だからこそ、婚姻改姓して夫と同じ姓になることに「夫との一体感を感じる」女性もいるし、家父長制を維持したい人は夫婦別姓を認めない。しかし同時に、夫婦同姓が「家の嫁」意識を助長しているとしたら、夫婦別姓や通姓の使用には、家父長的家族観を変えていく力があるともいえる。

【第20回年次大会 パネルディスカッション:家族の呼称をめぐる文化とジェンダー 要旨】

ヨーロッパとハンガリーにおける夫婦別姓制度を考える -------- p.29

ヒダシ・ユディット(ブダペスト商科大学名誉教授)

 ハンガリーでは、15世紀に庶民が姓1)と名の両方を使用できるようになった。その際、姓として個人の名あるいは職業名を用いることが最も一般的であった。姓の定着は17世紀末の国家機構の再編成と関連しており、第一に中央政府による人口調査に必要なものであった。20世紀半ばまでは、家族の構成員全員が家長の姓を名乗っていた。女性は、結婚すると行政上の自分の姓と名を喪失し、夫の姓名に「ネー(XY 夫人)」という接尾辞を付けた名前を持つことになった。これは、一般的に保守的な価値を尊重するハンガリー文化に特有なある種の封建的遺産とも言える。
 姓の選択と使用に関する習慣は、ハンガリーの民主化以降も長い間変わらず、転機が待たれていたが、現在の状況に変化したのはここ10年ほどのことである(2004年度法律)。一方、西ヨーロッパ諸国では、姓の選択の自由化は民主化の早い段階ですでに完了したものであった。
 現行の制度では、結婚式は、婚約者の二人が共に直接役所に出頭し、結婚の意思を申し出た日から数えて30日経過した後の日取りを役所の戸籍登記官が決定する。その際、二人が結婚後どのような姓と名を名乗るのかを役所に申し出る義務がある。夫婦の姓と名の選択の幅が広いため、以下に選択可能な姓と名を記す。

どうして姓を変えるのか?:アメリカ人の結婚観と家族の諸相?-------- p. 32

斎藤 理香(ウェスタン・ミシガン大学准教)

 本発表では、アメリカ人の結婚後の姓(surname)にまつわる調査研究、新聞およびTV ニュースなどの資料をもとに、アメリカ人の結婚観やジェンダー観について報告した。
 まずは、アメリカにおける結婚の法的な要件や手続きについて簡単に記す。アメリカでは、結婚しようとするカップル(同性婚も含む)は、marriagelicense(結婚許可証)を市町村レベルの役所から取得する。この許可証の有効期間(州によって異なるが、1~3か月)内に、一般的には僧侶や司祭のいる教会などの宗教施設で結婚式を挙げる。この他に、結婚を公的に証明できる資格を持った州の役人を立会人として結婚することもできる。結婚可能な年齢は、男女とも18歳である。
 近年は、「結婚後に姓の変更を行うにはどうすればいいのか」「結婚したら、女性が姓を変えなければいけないのか」などの疑問があれば、簡単にウェブ検索ができる。そんなウェブの一つ、家族関係の法務にかかわる弁護士たちが監修するFindLaw.com には、「多くの人が、異性婚においては女性が男性の姓に変えるのがふつうだと思っているが、実はそうではない」とある。そして、女性には次のような4つの選択肢「1. 自分の姓をそのまま使う、2. 自分の姓と夫の姓をハイフンでつないで使う、3. 夫の姓を使う、4. 夫婦どちらの姓も使わず、まったく違う姓を夫婦二人で使う」がある、と続く。

中国夫婦別姓までの流れと家族内呼称 -------- p.36

河崎みゆき(國學院大学非常勤講師)

 本発表では、中国で夫婦別姓が法律で規定されるまでの簡単な流れと改定の歴史、中国の家族内呼称の特徴と夫婦間の呼称について報告する。

夫婦別称までのながれ
中国では夫婦別姓であることは日本でも広く知られているが、これは長い歴史を持つ習慣ではない。封建家父長制度の下の中国では、妻の姓は夫の姓に重ねた「夫姓+本姓」(例.王張氏)などが用いられていた。初めて法律に婚姻の規定による夫婦の姓の問題が取り上げられたのは、1929年5月に南京国民政府が交付した『民法』であり、「冠夫制(妻の姓の上に夫の姓を加える制度)」が定められた。この段階では夫婦同姓であった。その20年後1949年に新中国が成立し、時代は新しい法律を求め、翌年1950年5月1日『中华華民共和国婚姻法』が制定され、第11条に「夫妻有各用自己姓名的权利(夫妻はそれぞれ自己の姓名を用いる権利を有する)。」と明記され、これにより姓名の権利の上で完全に平等になった。その成立には新中国の改革には女性の力が不可欠であるという思想があったとされる。社会の発展に伴い、この婚姻法は30年後の1981年に改定され、「第十六条 子女可以随父姓、也可以随母姓。(子女は、父の姓に従うことができ、また母の姓に従うこともできる)」と明記されるようになった。2001年にも離婚や家族に関して時代に合わせた改定が行われている。

【第20回年次大会 研究発表 要旨】

国際結婚家族における使用言語選択と父親の言語能力の関係 ― アジア圏で国際結婚した日本人女性家族の事例― -------- p.39

開内 文乃(青山学院大学非常勤講師)

1.目的
 本発表の目的は、アジア圏(=香港、タイ、シンガポール、トルコ)で国際結婚し、暮らしている日本人女性の家族において、父親の言語能力が家族の使用言語選択にどのような影響を与えているかを分析するものである。
 現在、日本国内の婚姻件数は減少している(2017年の日本国内婚姻件数は606,866組)。しかし日本人が関係している婚姻件数を国外まで含めると、国外における外国人男性と日本人女性という組合せの国際結婚は、過去20年で2~3倍に増加している。ここ5年間では毎年約8千組いる(2017年度の日本国外の夫外国人妻日本人婚姻件数7,833組)。この日本国外にいる夫外国人妻日本人のカップルの家族は、日本国内の日本人カップル家族が母語である日本語を使用するのが必然であるのに対し、母親の母語である日本語を使用するかはその家族の選択によるものになる。よって、この国際結婚カップル家族において、母親の母語である日本語を使用することに父親の言語能力が
どのように影響しているかを、本発表で明らかにする。

2.方法
2.1 データの概要
 「グローバル化する社会における国際結婚の実証研究」及び「香港で働く日本女性のキャリア形成― 海外で成功しているワーク・ライフ・バランスの日本への応用可能性―」のデータを使用する。

近年の名前にはジェンダーがどう反映されているのか? -------- p.41

ジャンカーラ・ウンサーシュッツ(立正大学准教授)

 近年では、日本の名付け習慣が大きく変化していることが注目されている(小林、2009;Ogihara et al., 2015;佐藤、2007;徳田、2004等)。名付けにおける変化として、性別を表すことが多い止め字の衰退が指摘されることが多く(橋本・井藤、2011;小林、2001;Komori、2002等)、名付け習慣における変化は、ジェンダー表象にもかかわると考えられる。だが、ジェンダーの観点からの研究はまだ十分だとはいえず、ことに名前が中性化していると推測される傾向が、近年の流行以前より今なお強まっているのではないかと見られるが(佐藤、2007;寿岳、1990)、実態はまだ確認されていない。
 本研究では、子どもの名前でジェンダーがどう表現されているのかを検討し、名前における中性化がどの程度起きているのかを検証する。日本の場合、行政機関より一般公開されている名付けに関する大規模なデータはないが、佐藤(2007)に従い、12市町村(北海道・東北・中部・関東・近畿・山陽・四国・九州・沖縄から1の市町村ずつ、および市町村の人口的規模の偏りを避けるために関東より2、北海道より1の市町村を追加)の広報誌における子どもの出生告知欄・子どもへのメッセージから名付けデータを抽出した。最低でも全国の25%の市町村の広報誌に名付けに関するコラムが見られ、そのほとんどに子どもの名前の漢字表記と読み・年齢・親の名前が記載されている。これらは完全公開で行政機関から刊行されていることより信憑性の高い資料だと考えられる(Unser-Schutz, 2018)。

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