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学会誌9号-第9回年次大会シンポジウム 発表要旨(佐藤)

シンポジウム:ジェンダーの視点から源氏物語を考える

優婆夷(うばい)のジェンダー
——浮舟はなぜ沈黙を通したか—— 

佐藤 勢紀子

1.はじめに
『源氏物語』の最終章夢浮橋巻は、尼となった浮舟が横川僧都の還俗の勧めを頑なに拒否する場面で閉じられている。 ここで横川僧都が浮舟に求めたのはどのようなことだったのか。また、浮舟の無言の拒絶は何を意味しているのか。 本発表では、この『源氏物語』の結末の意味するところを中心に、仏教思想の観点から、 平安貴族社会の通念としてのジェンダー意識を『源氏物語』がどのように描いているかについて考えてみたい。
2.「優婆夷」となることの勧め
横川僧都は、自分が出家させた浮舟が薫の思い人であったことを知り、浮舟に会いたいという薫の望みに応じて、 浮舟に手紙を書く。この手紙の内容が還俗勧奨か非勧奨かということが、戦後、論議の的となってきた。非勧奨論者の最大の論拠は、 「愛執の罪をはるかしきこえたまひて」という一節が、還俗勧奨と解釈したのでは理解できない、ということであった。 これについて、発表者は、天台密教の要典である『大日経義釈』に、青年菩薩が「方便」として還俗して妻を持ち、 妻に仏道を勧めて共に成道したという例話があることをふまえて、還俗勧奨と見るべきであることを論じた(佐藤2000)。
 
横川僧都は、明らかに、浮舟に還俗して薫のもとに帰り、薫を救うことを勧めている。『大日経義釈』では男性の 「在家菩薩」(優婆塞)による「方便」としての善導と救済が説かれているが、僧都は浮舟に女性の「在家菩薩」(優婆夷) によるそれを求めている。
 
女性が「菩薩」として他者を救うという考え方は、当時必ずしも珍しいものではなく、 追善供養における願文等にその例を見ることができる(稲城2004)。横川僧都の還俗勧奨は、 『大日経』に説かれる菩薩の方便の思想にもとづくもので、天台密教の僧侶として、当然の行為であったと言える。
3.「優婆夷」となることへの抵抗
しかし、僧都と薫の手紙を持参した小君に対して、浮舟は無言で応ずるのみであった。このことは何を意味しているのか。
 
浮舟の意識の表層を支配していたものは、薫に会うことは苦しみの種になる、もう男性とは関わりを持ちたくない、 という一途な思いであったと考えられるが、仏教的な観点からその思いの底にあるものを推察するならば、 救われ難い女性が救い手となることを求められる矛盾への反発があったのではないだろうか。
 
「五障三従」を持ち出すまでもなく、仏教では女性を罪障深く救われ難い存在とする見方があった。 『源氏物語』でも、男性登場人物は仏による救済の手段としての「方便」を意識しているが、 女性登場人物にはその思いが見られない。『源氏物語』における女性たちは、しばしば罪業深重なる自らの 「憂き身」を認識している(佐藤1995)。そのような救われ難い女性が男性を救うために自己犠牲を強いられることは 、理不尽であると思われなかっただろうか。横川僧都の還俗勧奨に接した浮舟にも、薫のために還俗しても、 自分自身の救済ははたして約束されるのだろうか、という思いがあったのではないか。換言すれば、浮舟の拒否の姿勢は、 当時の社会通念としてのジェンダー意識に対する抵抗意識の現れと読める。少なくとも、作者は、 読者にそのような読みを促しているように思われる。
4.『法華経』の「優婆夷」観
ここで、当時の日本で仏教の経典として最も広く信奉されており、浮舟もよく読んでいた『法華経』の思想の受容について、 興味深い事実を指摘したい。『法華経』は諸大乗経典の中でも一切衆生の平等な救済をとりわけ強く主張しており、 その思想の総括がなされているのが常不軽菩薩品であるという(久保1987)。『源氏物語』総角巻においても、 八宮のための追善供養として、この常不軽品に出てくる不軽菩薩の行に由来する「不軽行」が行われている。 ここで「不軽行」が特別に選ばれたのは、出家せずに「優婆塞」のまま死を迎えた八宮を救済するためであったと見られる (佐藤2008)。
 
さて、この常不軽品の、サンスクリット語から中国語への翻訳において、重大な意味上の転換がなされたことが注目される。 すなわち、原典で女性在俗信者の成道を明記している箇所について、漢訳『法華経』では、「優婆夷」と訳すべきところを「優婆塞」 と書き換えているのである。これは当時の中国の社会におけるジェンダー意識の反映であると見られる。 日本に伝えられたのはむろん漢訳『法華経』のみであり、本来在俗女性信者の成道を明確に保証していた原典の意味は失われた。 サンスクリット語原典の内容が日本に伝えられていれば、『源氏物語』の叙述も違ったものになっていた可能性がある。
 
浮舟が横川僧都の勧めに対して沈黙を通したのも、還俗して「優婆夷」となることに、何の希望も見出せなかったからではないか。 それは当時支配的であった仏教的なジェンダー意識への、せめてもの抵抗の姿勢だったと考えられる。
5.『源氏物語』の描く女性像
胡(2004)は、桐壺巻の長恨歌引用について論じる中で、長恨歌等中国の漢詩文における楊貴妃の捉え方は「女禍」 の思想を反映しているのに対し、『源氏物語』はそれをふまえつつも「男に愛されたが故に悲運にあった女」を描いていると述べている。 このような女性像は、『源氏物語』最初のヒロイン桐壺更衣だけでなく、最後のヒロイン浮舟にも認められるものである。
 
しかも、そのような自らの苦境を訴えるすべを、当事者たちは持たなかった。女性の言語表現はあらゆる点で抑制を強いられていた(佐藤2006)。桐壺更衣はそのまなざしと歌に心情を託しきれずに儚く世を去り、浮舟は身を固くして沈黙を守った。夕霧巻における紫上の「女ばかり、身をもてなすさまもところせう、あはれなるべきものはなし」という思いは、そうした女性たちの置かれた閉塞的な状況についての深い嘆きを示している。
 
「優婆夷」としての利他行、「女禍」などの考え方は、言わば男の論理によるものである。女性の立場から見れば、 男性に都合のよい考え方と言ってよい。『源氏物語』には、そうした考え方に対する女性の側の意識や態度が克明に記されている。 『源氏物語』は当時の貴族社会を支配していたジェンダー意識をよく映し出すとともに、それによって苦悩を強いられ、 場合によってはそれからの脱却を試みようとした女性たちの思いとその生き方を見事に描き出している。
 
 
参考文献
  • 稲城正己「菩薩のジェンダー——菅原道真の願文と女人成仏——」『仏教と人間社会の研究 朝枝善照博 士還暦記念論文集』 永田文昌堂,2004
  • 久保継成「法華経の菩薩行——常不軽菩薩品での総括——」『印度学仏教学研究』35-2,1987
  • 胡潔「「長恨歌」と「桐壺」巻」伊井春樹編『海外における源氏物語の世界』風間書房,2004
  • 佐藤勢紀子『宿世の思想——源氏物語の女性たち——』ぺりかん社,1995
  • -------------「横川僧都と『大日経』義釈——還俗勧奨を支える論理——」『日本文学』49-6, 2000
  • -------------「『源氏物語』とジェンダー——「宿世」を言わぬ女君——」『日本語とジェンダー』ひつじ書房,2006
  • -------------「不軽行はなぜ行われたか——宇治十帖に見る在家菩薩の思想——」『日本文学』57-5,2008
 
【資料】
① 御心ざし深かりける御仲を背きたまひて、あやしき山がつの中に出家したまへること、かへりては、仏の責めそふべきことなるをなん、うけたまはり驚きはべる。いかがはせん。もとの御契り過ちたまはで、愛執の罪をはるかしきこえたまひて、一日の出家の功徳ははかりなきものなれば、なほ頼ませたまへとなん。      (『源氏物語』夢浮橋巻、新編日本古典文学全集による、以下同)
② (小君)「わざと奉れさせたまへるしるしに、何ごとをかは聞こえさせんとすらむ。ただ一言をのたまはせよかし」など言へば、(妹尼)「げに」など言ひて、かくなむと移し語れども、ものものたまはねば、かひなくて、    (夢浮橋巻)
③ 菩提心を因と為し、悲を根本と為し、方便を究竟と為す。(『大日経』入真言門住心品)
④ 有二菩薩一。従レ生巳来修二童真行一。尚未三面覩二女色一況起二染心一。常於二山林一修レ道。後季十八因入レ村乞食。有二童女一見二其端厳美妙一便生二欲心著一。告言我於二仁者一深生二欲心一。……若我願不レ遂恐致二絶命一。……比丘念言若彼不レ得二所求一必自喪命而入二悪道一。遂従二彼願一多時和合伺二彼欲少息時一以レ法勧導而説二法利一。彼女以二深愛敬一故即順二其意一共修二梵行一成二大法利一。然此菩薩但以二大悲方便一。能有二下劣一忍二於斯事一而非二欲貪所一レ牽而作二非法一。若不レ由二大悲一但以二欲邪行心一而作即是犯レ戒也。此是具二智方便一故爾。(『大日経義釈』巻十三)
⑤ 行ひもいとよくして、法華経はさらなり、こと法文なども、いと多く読みたまふ。(手習巻)
⑥ (阿闍梨)「いかなる所におはしますらむ。さりとも涼しき方にぞと思ひやりたてまつるを、先つころ夢になむ見えおはしましし。俗の御かたちにて、世の中を深う厭ひ離れしかば、心とまることなかりしを、いささかうち思ひしことに乱れてなん、ただしばし願ひの所を隔たれるを思ふなんいと悔しき、すすむるわざせよと、いとさだかに仰せられしを、……さては思ひたまへ得たることはべりて、常不軽をなむつかせはべる」など申すに、君もいみじう泣きたまふ。(総角巻)
⑦ ところで、マハー=スターマ=プラープタよ、その折にかの偉大な志を持つ求法者に怒鳴りつけたり、彼を嘲り笑ったりした連中が誰であったかと、疑念をもち疑惑を抱いているかも知れない。それは、いま、この会衆の中にいるバドラ=パーラをはじめとする五百人の求法者たち、シンハ=チャンドラーをはじめとする五百人の尼僧たち、スガタ=チェータナーをはじめとする五百人の女の信者たちであるが、かれらはすべて今では、この上なく完全な「さとり」を目ざして引き返すことのない者となっている。(『正しい教えの白蓮』一九章邦訳、『法華経 下』(岩波書店)による)
⑧ 得大勢よ、汝が意において如何。その時の四衆の、常にこの菩薩を軽しめたる者は、豈異人ならんや。今、この会の中の跋陀婆羅等の五百の菩薩と師子月等の五百の比丘尼と思仏等の五百の優婆塞との皆阿耨多羅藐三菩提において退転せざる者、これなり。(『妙法蓮華経』常不軽菩薩品、同右)
⑨ いとにほひやかにうつくしげなる人の、いたう面痩せて、いとあはれとものを思ひしみながら、言に出でても聞こえやらず、あるかなきかに消え入りつつものしたまふを御覧ずるに、来し方行く末思しめされず、よろづのことを泣く泣く契りのたまはすれど、御答えも聞こえたまはず、まみなどもいとたゆげにて、いとどなよなよとわれかの気色にて臥したれば、いかさまにと思しめしまどはる。……女もいといみじと見たてまつりて、「かぎりとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり いとかく思ひたまへましかば」と、息も絶えつつ、聞こえまほしげなることはありげなれど、いと苦しげにたゆげなれば、(桐壺巻)
⑩ 女ばかり、身をもてなすさまもところせう、あはれなるべきものはなし、もののあはれ、をりおかしきことも見知らぬさまにひき入り沈みなどすれば、何につけてか、世に経るはえばえしさも、常なき世のつれづれをも慰むべきぞは、……心にのみ籠めて、無言太子とか、小法師ばらの悲しきことにする昔のたとひのやうに、あしき事よき事を思ひ知りながら埋もれなむも言ふかひなし、(夕霧巻)
 
(佐藤勢紀子 さとうせきこ 東北大学高等教育開発推進センター教授)
 
 
 
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