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学会誌9号:研究論文1(水本・福盛・高田)

日本語教材に見る女性文末詞
― 実社会における使用実態調査との比較分析 ―

水本光美・福盛寿賀子・高田恭子 

要旨  本稿では、「わ」「かしら」等、女性特有の文末詞(女性文末詞)の日本語教材における取り上げられ方を、20代、 30代の若い世代に絞って、実社会の自然会話での使用状況との比較を基に考察する。 標準語を話す女性の自然会話の実態調査や意識調査より、若い世代では女性文末詞の使用頻度は平均約5%と極めて低く、 また、若い世代の女性たちにとって、女性文末詞は冗談や皮肉の場面、特殊な業界用語など非日常的イメージを持つことが判明している。 しかし、日本語教育現場で使用されている教科書、聴解教材、試験問題の会話部分を調査したところ、 女性文末詞は男女の話しことばの差異を前提に提示され、話者の年齢、国籍に関わらず、 実社会の自然会話における使用の10倍以上の割合で出現している。使用場面に関しても現実との隔たりは極めて大きい。 日本語教育に携わる者は、教材に現存する女性文末詞使用の不自然な点を認識し、 現実をより反映した教授法および今後の教材制作のあり方を熟考する時期だと考える。

キーワード 女性文末詞、若い世代、(実社会の)自然会話、日本語教材、使用頻度差

1.はじめに

近年、若い人の会話から女性ことばが消えつつあると言われている。女性ことばの中でも特に、 「~わ」「~かしら」のような女性特有の文末詞(以後「女性文末詞」という)については、三井(1992)、小林(1993)以降、 研究者たちが1992年から2007年までの十数年にわたる調査データによってその衰退傾向を報告している。 また筆者らも、次の実社会の自然会話、例1、2に見られるように、 標準語を話す現代の20代から30代の若い世代の女性たちの会話からは女性文末詞がほぼ消滅し、 代わりに「かな」「んだよ(ね)」等が多用されるようになってきたという実感を持つ。

例1:20才の女性同士


A:へえ。いいな、納涼船・・・

B:うん、よかったよ、楽しかった。

A:あれいつまでやってるのかな。

B:9月までやってるって。

A:え?そうなの?(B:うん)毎日?土日くらい?

B:多分、金土以外。

A:そっかそっか。(B:うん)行きたい。

B:楽しかったよ。(A:マジ?)うん。

例2:32才の女性同士


C:Xくん細い!体重何キロ?10キロないの?まだ。

D:10キロくらいかな。(C:細い)あの貧相な足。

C:こんな細いよ。(D:ねえー)ごぼうみたい。

D:そうなんだよねえ。足貧相だねえー、とか言われて、

C:食べてんのって言われるでしょ。
D:うん、言われる。あれでもね、結構食べ、去年の夏は食べなかったけど、今年は結構食べてるんだよね。うん、食べちゃうんだよね。そうそうそう。

しかし、現在日本語教育現場で使用されている教材を見ると、日本語には男ことばと女ことばが存在するという前提のもとに、 若い女性による女性文末詞使用が頻繁に認められる。また、実際に教育現場では、 学習者から男女の文末詞の使い分けに関する質問を受けることも少なくない。日本語教育現場では、 若い世代から消失しつつあると言われている女性文末詞を、どのように指導していくのが望ましいのだろうか。
 

本稿では、まず、学習者が教室外で触れる実社会の自然会話(以後「自然会話」という) における女性文末詞使用状況を20代から40代まで年代ごとに実態調査した先行研究を概観する。次に、 日本語教材における女性文末詞の取り上げられ方に焦点を当て、日本語教科書、聴解教材、 および日本語試験における使用頻度を数値化する。その上で、自然会話と日本語教材における使用実態の比較分析を試み、 今後の日本語教育における女性文末詞の扱い方、指導のあり方を考察したい。

2.女性文末詞使用状況に関する先行研究とその課題

女性文末詞に関する先行研究の代表的なものとしては、尾崎(1997)、中島(1997)、小川(1997,2004)、水本(2005,2006)、 水本他(2006,2007b)があげられる。尾崎は、女性職場における自由談話の録音資料をもとに、 「わ」の使用は調査当時(1993年)には衰退に向かい、「だわ」の使用は皆無に近く「死語」「旧女性専用形式」であると報告している。 また、同資料をもとに、中島は「かしら」「わね」「わよ」などの衰退を指摘し、それに代わり「かな」「かね」 「だよね」などの男性的疑問表現が中立的疑問表現として女性にも使用される傾向にあると報告している。小川は、 1996年収集の大学生の会話データを分析し、現代の若い女性において「わ」や「体言よ」の使用が減少し、 中島と同様に話し言葉における従来の男女差がなくなってきているとしている。 さらに水本および水本他の一連の調査研究においては、2004年から2006年収集の20代から40代までの自然会話データの文末詞を分析し、 上述の女性文末詞が20代、30代においてはほぼ消滅に近いことを報告した。

しかし、これらの実証研究成果が日本語教育に反映されていない点は、KAWASAKI & MCDOUGALL(2003)、鈴木(2007)、 トムソン・飯田(2007)らにより指摘されている。

一方、若年層で男女差がなくなったとは言えないとの主張(二階堂2001,谷部2006)もある。これらの研究では、 若い世代では恋愛など情意的な側面の伝達手段の一つとして、より積極的に「わ」を選択使用しているとの観察をしている。 しかし、これらが資料とした過去のデータは、現在より15年以上前(1992年)に収集したコーパスであったり、 現在より25年前(1970年代から80年代初頭)の少女2名(小学2年から中学まで) の教師や友人との交換日記という書いたものを会話分析資料としたものであるため、 現在の若い世代の女性たちの実社会における会話の特徴とはとらえ難い。

3.自然会話における女性文末詞の使用実態

3.1 調査、数値化の方法

実社会における女性文末詞使用状況に関する最新の調査研究結果は、水本他(2007b)で報告している。今回は、 その調査方法と同様な方法で次項の日本語教材における使用状況を調査し、両者を比較分析するため、ここでは改めて、 水本他(2007b)で報告された自然会話における使用状況に関する調査方法および研究結果を以下に概観する。

この研究では、若い女性たちによる自然会話の音声データを収録し、同時にアンケート調査も実施した。 調査対象は関東圏に10年以上居住している標準語を話す20代~40代各12名の合計36名であり、職業は、学生、会社員、主婦、 教師などである。調査期間は2005年6月から2006年2月まで、調査方法は、親しい女性同士に30分間の「普通体でのペア会話注1」 (以後「カジュアル会話」とする)を依頼し、それを録音、文字化したものを分析した。

調査対象とした女性文末詞は、水本(2005)により中性化していることが明らかにされた下降調の「~の」と、 現在でも若い女性の間で頻繁に使用されていると報告された「のね」を除く女性文末詞で、表1に示す「かしら」 「(名詞・な形容詞)+ね」「(名詞・な形容詞)+よ」「のよ」「わ」とした。

表1 二項対立表(女性文末詞、使用不使用での対立表)

データの数値化は、上記表1の「二項対立表」に基づき行った。この対立表の導入により、 女性文末詞が使用可能な文末だけを調査対象とすることが可能となり、より正確な女性文末詞使用率を算出できると考えた。 その際、「女性文末詞使用形」と「不使用形」の和を「有効発話数」とし、 有効発話総数中における女性文末詞使用数の割合を「女性文末詞使用率」とした。

3.2 自然会話中の女性文末詞使用実態 

次の図1が示すように、女性文末詞を全く使用していない話者は36名中7名であり、39歳と47歳の各1名を除けば、 全員が20%未満の使用率である。各年代平均使用率は、40代13.22%、30代8.17%、20代2.36%と年代が下がるにつれ低下している。 これにより、現在の若い世代のカジュアル会話での女性文末詞の使用は稀少であることが明白である。

さらに、アンケートを実施し、具体的な使用状況を調査した。「どのような時に女性文末詞を使うか」 という質問に対し得た代表的な回答を以下に記す。(回答者の言葉のまま)

図1  自然会話における女性文末詞使用率

・普段は使っていない。
・「かしら」を使うと少し嫌みに聞こえる。
・気取って言いたい時、ギャグで女っぽくしたい時、冗談で笑いを取りたい時に使う。
・普段の会話では使わないが、無理に使うと「オカマことば」のようになってしまう。
・女性的なことばは妙に気取って聞こえることもあり、故意に避ける場合もある。

このように、現在の若い世代の女性たちの意識の中では、 女性文末詞は特殊な業界人や特殊場面で使用される特別なイメージを持つことばとして捉えられているようである。今や、 若い世代における実際の日常会話の中では、女性文末詞は消滅に近い状況にあると言えよう。

4.日本語教材における女性文末詞の使用状況

4.1 調査対象教材と調査方法面

このテーマに関する先行研究としては、KAWASAKI & MCDOUGALL (2003)が挙げられる。KAWASAKIらは調査の結果、 教科書の中のキャラクターの話し方は男性も女性もステレオタイプ化されていると報告している。しかし、 分析対象もデータ量も限られており、分析方法も筆者らのものとは異なる注2め、 筆者らは日本語教育現場でよく使用されている教科書および関連教材の普通体による会話部分における女性文末詞の使用率を、 前項の自然会話調査と同様な方法で数値化し分析した。調査対象とした教材は、 書店の販売リストを参考に、日本語教育現場で広く使用されている教科書、聴解副教材、日本語能力試験の聴解、 日本留学試験の聴解・聴読解から、発行年が1994年以降のもの全39冊を選出した。それ以前のものを含めなかったのは、 実社会において若い世代の女性たちが女性文末詞を使用しないようになった時期以降に制作されたもので 制作年が出来るだけ新しいものを本研究のデータ収集対象とする必要があると判断したためである。

教科書は、普通体での会話が導入されていない初級前期を除く初級教科書5冊、中級教科書6冊、中上級教科書1冊である。 中上級教科書は大半が読解中心で会話ダイアログが少ないため、1冊しか取り上げられなかった。本研究では、 教科書の中のモデル会話的なダイアログのみデータ対象とした。聴解副教材は、初級6冊、初中級1冊、中上級1冊である。 中級以降のものが少ないのは、能力試験や留学試験対策の聴解練習を行うことが多いため、教材自体が少ないことによる。 日本語能力試験は平成15年から19年の1級、2級、計10回分、日本留学試験は、平成16年~平成20年の計9回分である注3

今回の調査対象としたのは、これらの教材中のカジュアル会話のダイアログで、スピーチや講義などの一方的な発話は除いた。 分析対象とした話者は20代から30代までの若い女性とし、40代以上の中高年女性や年齢不詳と思われる話者は分析対象から外した。 このように教材の調査対象の年代を若い世代に限定したのは、 女性文末詞の使用が稀少である世代における自然会話と教材との使用率の差異を明確にするためである。

数値化は、3.1「(自然会話の)調査数値化の方法」と同様に「二項対立表」を用い、 有効発話総数中における女性文末詞使用数の割合を女性文末詞使用率として算出した。

4.2 調査結果と分析

図2は各教科書の女性文末詞使用率を表したものである。図のX軸の教科書名下の数値は、左が出版年、右が有効発話数を示す。 初級教科書では丁寧体での会話例が多いため、有効発話数は少ない。初級教科書Cは現場で最も広く使用されているものである。が、 ダイアログはすべて丁寧体であるため分析不可能「NA」とした(ただし、 本冊各課の聴解問題部分においては普通体による会話も2割近く出現し、その女性文末詞使用率は有効発話数13文中の92.31%と高い)。 初級教科書では、初級Dのように、中年の女性以外には女性文末詞の使用が全く見られないものもある一方で、初級A、 初級Eのように女性文末詞の使用率が極めて高いものもあり、教科書により大きな差がある。しかし、 カジュアル会話の増加に伴い有効発話数が増える中級教科書においては、女性文末詞使用率が全般的に高くなり、 すべての教科書で60%を超えている。

図2 日本語教科書の女性文末詞使用率

図3は、聴解副教材における女性文末詞使用率を示したものである。ここでは、すべての教材で女性文末詞の使用が見られた。 最も多いのは初級Nで、有効発話数71文中の90.14 %、次いで、初級Mでは、有効発話数59文中の83.05%に女性文末詞が現れている。 最も少ない初中級Sにおいても18%の使用が見られた。

図3 聴解副教材の女性文末詞使用率

図4は、日本語能力試験聴解問題の会話部分の調査結果である。どの年度の試験でも女性文末詞が40%以上の割合で使用されている。 使用率は一般的に2級より1級がやや高い傾向にあり、特に平成15年および平成19年の1級試験においては、81.25%、83.33%と極めて高い。 このように日本語能力試験の聴解問題においては、女性文末詞の高頻度の使用が現在も続いていることが認められる。

図4 日本語能力試験の女性文末詞使用率

図5は、日本留学試験の聴解・聴読解の会話部分の調査結果である。平成16 年第一回の試験では、78.26%であったが、 年を経るごとに減少傾向が認められ、特に平成18年からは30.43%と減少傾向がさらに進み、平成19年以降は5.88%、14.29%、 7.14%と極めて低い数値を示す。平成19年第1回と20年の第1回の数値は自然会話における同年代の使用率とほぼ同程度であり、 高頻度が続く日本語能力試験とは異なる傾向を見せている。

図5 日本留学試験の女性文末詞使用率

4.3 女性文末詞の提示例と使用例

教科書における女性文末詞の導入方法、及び、各教材における具体的提示例を次に示す。

初級教科書3冊においては、カジュアル会話導入の際に、男女の言葉使いの違いを例3から例5のように明確にしている。

例3.
A:この自転車、じゃまなんだけど。
B:え、そう。
A:困る よ。
                わよ。
B:ごめん。これから気をつけるから。
A:しようがない な。
         わね。

例4.〔*よ=used by females, だよ=used by males〕〔Casual Style〕
 A:そつろんってなんのこと?ときどき聞くんだけど。
 B:あ、卒論っていうのは卒業論文の略で、・・・つまり、4年生のときに書く論文のこと〔よ/だよ*〕。

例5. 
<男の人の会話>  <女の人の会話>
 A:天気はどうかな。A:天気はどうかしら
 B:晴れるそうだよ。B:晴れるそうよ

このように、各初級教科書では、常に女ことばと男ことばを対比させ、違いを意識させる方法で導入し、 練習ダイアログに組み込まれていることが特徴となっている。さらに中級教科書になると、会話は男女の話し言葉の違いを前提とし、 中年女性はもちろん、例6、例7のように若い女性にも女性文末詞(下線部)を頻繁に使用させている。

例6.*「女性A, B共に若い女性」との注意書きがある。
女A:鈴木さん、今日は元気がないわね。どうしたのかしら
女B:電話の応対が悪いって、しかられたらしい

例7.* 会話の内容から20代の新入社員と推測できる。
女:仕事にはもう慣れた?
男:少しずつ慣れてきたけど、学生時代と違うよね。
女:そりゃそう。私の方は、通勤時間が長くて大変。毎日うちに帰ったら寝るだけ。佐々木君はいいわね。寮だから。

女性文末詞は日本人話者だけでなく、若い外国人話者である留学生の発話にも多く見られる。 例8から例10は異なる教科書からの留学生の会話例である。

例8. 
日本人学生女:ねえ、夏休みにみんなでどこか行きたいくない?
日本人学生男:海は?みんなで海で泳ごうよ。
留学生女:え~。わたしは山がいい。海は行きたくない

例9.
留学生女:「かていきょうし」って?
日本人女:自分の家か生徒の家で教えること。家庭教師なら、
会話の相手をしてあるだけで、けっこういいお金がもらえるはず
留学生女:生徒って、どんな人かしら

例10.
日本人学生男:12日の4限のあとだけど、時間、大丈夫?
留学生女:12日ってことは、金曜日よね。困った。実はね、
金曜日の夕方はゼミの先生と約束してるの。

以上から、年齢、国籍に関わらず、女性話者は女性文末詞を使用する、というのがほとんどの日本語教科書の特徴のひとつとなっている。
 
次に、日本語能力試験や日本留学試験の聴解、聴読解の問題を見てみよう。

例11. 
男:ねえ、外国に行ったことある?
女:うん、ある。2回。

例12. 
女:あ、よく焼けてるわね。夏休み中に海にでも行ったの?
男:ううん、発掘調査のせい。
女:そういえば、考古学の授業で、夏休みに調査があるって言ってたわね

例13. 
男子学生:他はどんな所で学割が使えるの?
女子学生:そうねえ、動物園や植物園なんかも学割で入れるわよ

例14.
女子学生:飲み物?飲み物は別にいらない
男子学生:でもねえ、ここのコーヒーおいしいんだよ。ぼくは食後にコーヒーにするよ。
女子学生:そう。じゃ、あたしもそうしようかしら。・・・あら、でもずいぶん高いわね。やっぱりやめておく

以上のように日本語能力を測る試験問題においても、明らかに若い女性が女性文末詞を使用して話している例が頻繁に現れる。

5.自然会話と日本語教材・日本語試験との比較

図6は、日本語教材における女性文末詞平均使用率と自然会話の20代、30代の女性の平均使用率とを比較したものである。 自然会話の平均使用率が5.26%であるのに対し、初級教科書は56.85%、中級以上の教科書79.42%、聴解教材54.42%、 日本語能力試験60.64%、日本留学生試験55.33%と、近年(図5で示した平成18年度以降) の日本留学試験を除けば日本語教材はいずれも自然会話の10倍以上である。中でも中級以上の教科書の使用率が最も高く、 実際の約15倍にのぼる。初級教科書の平均使用率が中級より低いのは使用率ゼロの教科書Dを含むためであり、 それを除けば中級同様ほぼ80%の平均使用率になる。

図6 女性文末詞平均使用率比較

以上より、女性文末詞の使用に関しては、 日本語教材で学習者が遭遇する日本語と実社会で耳にする自然会話には大きな隔たりがあることが明確であろう。

6.まとめと考察

本研究では、調査対象とした「女性文末詞」が、日本語教材においてどの程度使用されているのかを、 実社会における女性たちの自然会話との比較をもとに分析した。分析結果は以下の通りである。

  1. 実社会における20代から40代の女性文末詞使用率は極めて低い。殊に20代から30代の若い世代の女性の間では、 女性文末詞はほとんど使用されない。
  2. 日本語教材中に現れる若い女性の女性文末詞使用率は、 近年の日本留学試験を除き実社会における自然会話の10倍から15倍と非常に高い。
  3. 多くの日本語教科書のカジュアル会話において、女性の文末詞は男性の文末詞と対比的に導入され、年代、 国籍に関わらず性別による話し方の違いが存在する。

このように、日本語教材における若い世代の女性文末詞使用は、現在の実社会の使用状況とは大きく異なる。 実社会では、若い女性にとって女性文末詞は冗談や皮肉、あるいは特殊な業界用語などの特殊表現として認識されている。 しかし、日本語教材の中では、若い女性話者にも頻繁に使用されている。日本語教材の多くはCD付きで、 モデル会話や聴解練習用の会話などが聴けるようになっており、中には、 モデル会話を聴きながら声に出して練習することを前書きの「教科書の使い方」で勧めているものもある。 問題は、教材に示された通りに女性文末詞を使った会話を教室で若い女性に練習させれば、 実際とは異なる不自然な日本語を学習者にインプットしてしまうことになるという点である。教科書により、 女性文末詞を年代にかかわらず女性の当たり前の話し方として学習の初期段階に若い学習者に導入してしまえば、 彼らが現実の場面で違和感を持ったり、戸惑ったりする原因のひとつともなりかねない。

日本語能力試験にも類似傾向が認められる。試験は日本語教材類とは異なり一過性のものであるため、実際には受験者にとって、 これらの不自然な女性文末詞使用は耳には残らないかもしれない。しかし、 これらの試験合格を目指し過去の問題を繰り返し聴かせたり、 これらの試験問題を模範として類似した問題集を作成し学習者に学ばせたりする現状を考えれば、 やはり一過性の試験問題とはいえ無視できないであろう。

日本語教材や試験問題で女性文末詞が多用される理由としては、第一に、 教材作成の際の女性文末詞使用実態への無関心が考えられる。 この点は10年から20年近く前に作成された教科書の改訂版が今世紀に入り発行され、 一部取り扱うテーマや内容に変更が加えられている場合でも、 文末形式に関する変更は全くなされていないのが大半である注4ことからも伺い知れる。教科書作成者は、 現在の日本社会における日本語の使用実態を把握せず、固定観念のまま教材を作成しているのかもしれない。第二に、 仮に実態を把握していても、男言葉女言葉の存在は日本語の特徴として教えるべきであると考える教材作成者もいるであろう。 女性文末詞は丁寧な響きを持ち、女性は丁寧に話すことが望ましいという意識に立てば、 「女性の美しい丁寧語は日本語の特徴として継承してゆくべきである」という考え方も確かにある。また、 小説やドラマの中に使用されている以上、知識として教えることに異論はない。しかし、 ドラマでの使用は脚本家により役柄がデフォルメされた言語であり、 現実使用とは場面も用法も異なるということ注5も正しく伝える必要がある。

しかしながら、日本人の若い女性達が実際には使用していない女性文末詞を、 教材を通じて同世代の外国人学習者に運用練習させることの問題点注6は指摘しておきたい。すなわち、 これからの教科書は“recognition”と“production”の弁別を正しく伝え、かつ教育現場でも実践できることが求められよう。 若い世代の女性たちのカジュアル会話において女性文末詞が消え始めてからすでに20年近くが経過しようとしている。 また、現在、女性文末詞を若干使用している中高年以上の年代も、後10年程経過すれば、「使用しない」年代にとって変わられることは予想できる注7。日本語が社会の変容とともに日々変化しているという現実を踏まえ、今後の教材制作のあり方を熟考してゆくべき時機が到来しているのではなかろうか。この女性文末詞使用実態の認識化はほんの一例であり、われわれ教育活動に携わるものは、時代とともに変化する言語使用に対して、今後も柔軟な姿勢を持ち続けることが必要であろう。

最後に今後の課題として、現場で教える教師や教材作成者らの意識調査を実施し、 より実社会に即した教材作成および教授法を目指す研究へと発展させてゆく所存である。

  1. 出来るだけ自然な会話を収録する目的で、ごく親しい友人同士で普通体によるカジュアルな会話をしてもらった。 会話の話題は一切限定しない自由なおしゃべりである。本文に戻る
  2. KAWASAKI & MCDOUGALL(2003)においては、中級の教科書3冊のカジュアル会話から各キャラクターの最初の400発話を スクリプト化し、文末詞別に、Masculine, Neutral, Feminine, Otherの4種類に分類。その上でOKAMOTO(1995)の3世代の女性たち計14名の自然会話データと比較分析した。本文に戻る
  3. 具体的教材名に関しては、巻末リストを参照されたい。本文に戻る
  4. 今回調査対象とした教科書の中には、現状を意識し、改訂版において若い女性の文末表現が、ある程度、修正されたものが認められた(中級K)。本文に戻る
  5. 水本(2005,2006)および水本他(2006,2007a,2008)によるテレビドラマにおける女性文末詞使用に関する研究を参照されたい。本文に戻る
  6. 実際に女性文末詞を若い女性が使用している教科書の会話を学習者に聞かせ、そのまま何も特に説明せずにその会話とよく似た状況設定でロールプレイをさせる実験を実施したところ、学習者は女性文末詞を使用して発話した。水本他(2007b)を参照されたい。本文に戻る
  7. 本稿3.2の自然会話中の女性文末詞使用実態調査でも明らかなように、40代女性では一人をのぞき20%未満であるため、 40代女性でも使用は希少であると言える。したがって、後10年経過すれば、50代においても使用は希少であるという状況が推測される。本文に戻る

参考文献

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調査日本語教材リスト

水本光美 (みずもとてるみ)北九州市立大学基盤教育センター・教授
福盛寿賀子(ふくもりすがこ)北九州市立大学国際教育交流センター・非常勤講師
高田恭子 (たかだきょうこ)九州大学留学生センター・非常勤講師

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