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学会誌9号-第9回年次大会 研究発表要旨(池澤)

土佐弁におけるジェンダー標示

池澤 明子

要旨:本稿は、土佐弁注1における男女差の表れ方を見る端緒として、 談話分析から土佐弁における女性性標示形式および男性性標示形式の有無またはその様相を見ようとするものである。男女による土佐弁普通体談話の談話分析から、土佐弁の言語形式においては、呼称以外では特に女性性標示形式は使われず、 男性も男性性標示形式を使用しない場面があることや特別な条件下で男性性標示形式を使用するということが分かった。 つまり、土佐弁の言語形式においては、女性性標示形式は呼称以外に特になく、男女ともに共用の形式が主に使用され、 特別な場合に男性によって男性性標示形式が使用されるということが示唆された。
 
キーワード: 土佐弁 地域語 女性性標示形式 男性性標示形式 文末表現 男女差
1.はじめに
地域語の形式面での地域差、年齢差に着目した研究は数多いが、男女差に着目した研究は少ない。中村(2007)は「女ことば」 が言説によって形成されてきたという歴史的過程を明らかにし、「女ことば」を「言語イデオロギー」 としてとらえる新しい見方を提案している。「女ことば」が「つくられた」ものであると一般に認識されているとは言いがたいが、 標準語においては明白であると考えられている男女差が地域語でどうであるのかということに関しても 実態が広く認識されているとは言えない。中村(2007, pp.2-3)も書いているように、「女ことば」は標準語においては意識されているが、 地域語話者には普段意識されないものであると指摘されることがある。地域語において男女差はどのようになっているのであろうか。
 
筆者は日本国内では5地域に居住経験があり、何種類かの地域語を使用して生活してきたが、これまで呼称 (自称、対称、親族呼称など)以外の女性性標示形式を特に意識したことはなかった。実は、 標準語使用においてもさほど意識していなかったのであるが、東京には大学時代に4年間在住した経験があり、東京在住の親戚や友人が多くいるのにも関わらず、いまだに標準語の普通体会話に苦手意識、というより自分の人格が十分に表現されていないという違和感がある。そのため、普通体会話においてはコードスイッチングを多用し、自分のものになっているとは言い難い各地の方言やいわゆる「男ことば」をも頻繁に使用している。一方、国内のどの地域においても、学校や職場などのフォーマルな場面においては標準語の丁寧体を使用してきており、その際には違和感や困難をまったく感じていない。それは、「女ことば」の使用および不使用に関して違和感を感じているからではないか、つまり標準語普通体会話においてどのようなアイデンティティーを形成してよいか未だにわからないからではないか、という仮説を持っている。ジェンダー標示形式が普通体会話でより顕著に使用されるものであることは既に指摘されている通りである。筆者は日本語教育に携わっているが、日本語学習者からも筆者と同様の戸惑いを聞くことがある。母語と対応しない言語形式を使用してアイデンティティーを表現しなければならない時に戸惑いと混乱が引き起こされることは容易に想像できる。
 
本稿では、地域語における男女差の実態を明らかにする手がかりを得るために、談話分析に基づき、 土佐弁におけるジェンダー標示形式使用の有無およびその様相を質的に検証する。談話データには、 土佐弁話者による実際の談話の録音データを用いる。
 
言語行為における男女差がそれぞれのジェンダー標示形式にのみ表れるわけではないことは、 既に多くの研究によって明らかにされている。専用形式の有無にのみ注目して男女差を論じることはできないが、 人々が「女ことば」「男ことば」という時には多くの場合言語形式、特に文末表現が注目されている。よって、 まずは言語形式から地域語における男女差を見ていきたい。
 
明治政府による標準語制定以前には、日本には数々の地域語があるのみであった。そして、 標準語は一部の地域語を利用してつくられたものである。現在でも、標準語話者のうちの多くは、地域語の話者でもある。 地域語における男女差の表れを見ていくことは、日本語のジェンダー研究に新たな視点を提出するのではないだろうか。
 
以下では、まず、土佐弁における男女差の一般的な特徴を見た後、談話分析の方法とその結果について述べる。
2.土佐弁の男女差
土佐弁の男女差として地域語の専門家によって挙げられているものは、主に呼称と文末表現である。この違いは、 標準語と同様に顕著である。以下、一般的に挙げられる男女差について述べるが、それらは3章以下の談話分析においても検証する。
 
2.1 自称・対称代名詞
 
自称代名詞では、「あて」「うち」が女性専用、「おら」「わし」「僕らぁ」(複数、単数とも)が男性専用としてよく挙がる。 しかし、筆者(1970年代生まれ)の親世代(1940年代生まれ)以降は、女性が「あたし」「わたし」、男性が「おれ」「ぼく」 が一般的であり、標準語と同様である。対称代名詞としては、筆者の親世代以降は、女性はよく「あんた」「あんたらぁ」 (複数)を使用し、男性は「お前」「お前らぁ」(複数)を使用する。伝統的には女性が使用するとされる「おまん」、 男性が使用する「おんし」「われ」がある。自称および対称代名詞においては、現在でも明確な男女差があると言える。
 
2.2 文末表現など
 
文末表現には男性専用のものがある一方で、女性専用のものは特にないとされている。男性専用の文末表現としては、「~ぜよ」 (標準語の「よ」にあたる)、「~にゃあ」「~ねや」(同じく「ね」にあたる)が代表的なものである。女性が使用する表現(「~ぜよ」に対応する「~で」、「~にゃあ」「~ねや」に対応する「~ね」)は男性も使用可能であり、ごく普通に使用されている。この場合、男性専用表現を使用すると、男性性が強調されるが、中立表現を使うからといって、特に女性的になるわけではない。
 
「嘘言いな」のような表現について、吉田(1982)は「<動詞連用形+終助詞「ナ」>による禁止表現は、とくに女性がよく用い、 男性は小さな子どもに対する場合など、やさしいもの言いに用いることが多い」と説明している。これは重要な指摘である。 ある表現は、必ずしも女性専用の形式ではないが、女性が多く用い、男性が用いる場合には「やさしい」もの言いになるという。 地域語においては、丁寧な話し方は女性的な話し方に相当すると指摘されることがあるが、このことをさらに広く検証する必要があるだろう。
 
また、同じく吉田(1982)は、文末表現ではないが、過去の否定表現に言及し、「行きはしない」は「行キヤセン」となり、 「行きはしなかった」は「行カザッタ・行キャーセザッタ」が主であるが、若年層には「行カンカッタ・行キャーセンカッタ」 の形が一般的になりつつあると記述し、女性には壮年層にもこの表現が認められると注釈している。より高い年齢層で女性が多く用いる、 あるいは男性より女性が早く用い始める形式が存在し、 それが男女を問わない若年層と共有されるという時系列変化の可能性も検証される必要があるだろう。
3.男女の土佐弁普通体談話の分析
3.1 談話分析の方法
 
本研究では、一人の土佐弁話者(以下、TF1)を協力者に選定し、2007年12月22日から1月2日の期間、 録音可能な土佐弁および標準語の普通体による会話(電話での会話も含む)を録音してもらった。 TF1は高知県の土佐弁地域で生まれ育った、談話録音時点で30歳代の女性である (以下、年齢層を表記する場合はいずれも談話録音時点の年齢層とする)。TF1は高校卒業まで高知市に在住し、 その後は高知市以外の国内の地域に在住しているが、常に家族や友人と土佐弁を話す機会があり、土佐弁を保持している。同時に土佐弁話者以外とは主に標準語を用いて会話している。
 
TF1を選定したのは、本人の年齢と、性別・年齢層・居住地にバリエーションのある会話相手を持つこと、 調査に協力的なことの3つの理由による。年齢層に関しては、世代差を見るために、30~40歳代とその親世代である60~70歳代を選定した。 子世代がそれ以上の年齢だと親世代が既に他界している場合があるし、 10~20歳代になると若さゆえに意図的に逸脱した話し方をする可能性が高くなる(つまり、 一時的に使用している話し方を含む可能が高くなる)と判断したからである。また、将来的に筆者が、 ジェンダー標示形式における土佐弁と標準語の比較、地域語話者と東京圏出身者の標準語普通体談話の比較を行うことを予定しているため、 土佐弁と標準語のどちらでも話す可能性のある話者としてTF1を選んだ(よって、TF1が録音した談話には、 本研究で使用しないものも含まれている)。最後に、以上の条件を持つと同時に、 一定期間の会話を録音することを引き受けてくれる調査協力者を見つけることは非常に困難であったという事情もある。
 
TF1に録音してもらった談話は最終的に18の談話で、合計341分13秒にのぼる(各談話には録音順に01から18までの番号をつける)。 談話の相手は、女性が12人、男性が9人で、年齢層は20歳代2人、30歳代8人、40歳代2人、50歳代2人、60歳代4人、 70歳代2人、80歳代1人と、性別および年齢層は分散して分布した(各発話者には発話者コードをつける。コードのTは土佐弁、 Hは標準語、Fは女性、Mは男性を表し、番号は録音順につける。例えば、TF2は、最初に録音された談話の相手で、 土佐弁話者の女性である)。ちなみに、土佐弁談話は14談話、標準語談話は4談話で、これに偏りが見られるのは、 以下に述べる事情にもよる。
 
まず、TF1に5日間にわたって、土佐弁と標準語の普通体による電話での談話を録音してもらった。電話での談話は録音がしやすく、 時間的にも比較的短時間で完結するため、分析の利便性が高いと考えたためである。ところが、次節で見るように、 土佐弁談話の分析を始めたところ、時間も話題も限定された電話の談話では、呼称以外のジェンダー標示形式が見られなかった。 それはそれでひとつの興味深い結果であるが、異なる条件下での談話を見るべく、 電話によらない対面での比較的長時間にわたる土佐弁普通体談話を録音するよう再依頼した。そして、2日間にわたり、 7つの談話を録音してもらった。
 
本研究では、その中から、時間数、話題、発話者の数・性別・年齢層の構成の観点からひとつの談話(談話番号12、以下「談話12」) を選んで、分析を行う。「談話12」では、TF1を含む6人の発話者(女性4人、男性2人、30歳代1人、40歳代2人、60歳代1人、70歳代2人) が約40分にわたって話すので、単なる用件の交換になりがちな電話談話とは異なる条件が出現し、ジェンダー標示形式も観察された。
 
「談話12」の分析に際しては、地域語の専門家と筆者の基準のみによらず、一般の土佐弁話者にもジェンダー標示形式の判定を依頼した (方法の詳細は後述する)。それらを通して、土佐弁普通体におけるジェンダー標示形式の有無およびジェンダー標示形式の出現条件を見る。
 
3.2 短時間の電話談話における土佐弁ジェンダー標示形式の出現の有無と様相
 
まず、協力者TF1が電話で男性と話している短時間の談話を分析したところ、TF1にも、 二人の電話相手にもジェンダー標示形式が見られなかった。
 
TF1が録音した電話談話のうち男性土佐弁話者が相手の談話は2つ(「談話02」および「談話04」)であった。 相手の年齢層は30歳代と60歳代で、子世代と親世代との年齢であるし、 元同級生と父親というともに非常に近く親しい関係の相手であったので、世代差およびジェンダー差が出やすいと判断され、 この2つの談話を分析した。
 
「談話02」の電話相手であるTM1は、協力者TF1の中学校および高校を通しての同級生で、30歳代、高知県在住である。 40秒の短い談話なので全体を掲載する。発話数はTF1が7、TM1が6である。注2
 
<談話02(40秒):土佐弁普通体による男女2人(30歳代、元同級生)の談話>
 TF1:もしもし。
 TM1:はいはいはい、どういた↑
 TF1:あ、いやあ、何か、歌舞伎に出るが↑ おめでとうを言おうと思うて。
 TM1:いやあ、別にもうそんなん、もう、大袈裟なことじゃない。
 TF1:<笑い>
 TM1:毎回のことで。
 TF1:毎回のことで、失礼しました。
 TM1:もう2,3回出ちゅうき。
 TF1:あっ、そうやったがや。知らんかった。
 TM1:いっつもの助六の地方やき、大したことないが。
 TF1:いやいやいや、とんでもない。おめでとうございます。いつもながら。
 まあ、それだけです。
 TM1:ちょっと、お客さんところに来たき、また電話するわ↓。
 TF1:うん、うん、ありがとう。ほいたらね。とにかく、それだけ。
 
二人は10歳代からの親しい間柄であるが、挨拶程度の内容の会話において、 いずれにもまったくジェンダーを標示する形式が使用されていない。自称および対称、親族呼称の使用が見られないこともあり、 この談話文を女性同士または男性同士が読んでも違和感はない。男性の方が特に丁寧にまたはやさしく話しているという印象もない。
 
次に、TF1が父親(60歳代。以下、TM2)と話している談話を見る。離れて暮らしている父と娘の連絡事項を伝える会話らしく、 ターンの短い、そっけないような会話であるが、ここでも呼称以外に特にジェンダーを標示する形式はどちらの発話者にも使用されていない。 3分ほどの談話で、発話数は二人とも40ずつである。以下に、談話の一部分を抜き出す。
 
<談話04(03分08秒):土佐弁普通体による父娘(60歳代と30歳代)の談話>
 TM2:もしもしー↑
 TF1:もしもし、お父さん↑
 TM2:電話くれた↑
 TF1:うん、電話した。
 TM2:うん、どういた↑
 TF1:いや、あのー、年末に帰るがを言おうと思うて。
 TM2:何時↑ 何日に帰って来るが↑
 TF1:28日の夕方の便で帰ってー。
 TM2:うん。
 TF1:時間言うた方がえい↑ 忙しいろう、もう↑
 TM2:28日、夕方やったら、迎えに行っちゃれるで。
 
(中略)
 
 TF1:着いたら、まあ、5時か5時半か。
 TM2:うん、分かった。
 TF1:そればあ、で。
 TM2:迎えに行っちゃらあえ。
 (中略)
 TM2:今もね、[名前]さんところ行って、わいわい言うて飲みよって、
 帰ったところ。
 TF1:おお。そらあ、えい。[名前]さん、元気かね↑
 TM2:元気。相変わらず、バカやけど。
 TF1:<笑い>
 TM2:<笑い>
 TF1:まあ、そこがえいところよね。ほんで、あのー。なんやったっけ。
 TM2:よっし、分かった。はいはい。
 
 (後略)
 
TF1、TM2、いずれの発話にも、特に女性的な形式も男性的な形式もない。 TM2の発話に男性的と解釈されるかもしれない部分を探すと、前半部分の傍線部「迎えに行っちゃれるで」「迎えに行っちゃらあえ」 が挙げられる。標準語で言うと「迎えに行ってやれるよ」「迎えに行ってやるよ」となるだろうか。「Vちゃる」 は標準語に直訳すると「Vてやる」にあたる。このような親密さを表現する下向きの待遇表現とも言える「やる」の使用は、 標準語においては「男性的」と言えるだろうが、土佐弁においては男女共用の形式であり、「Vてやる」というよりは「Vてあげる」 の感覚で使われることが多い。この点は、九州などの他の西日本方言とも共通していると思われる。
 
談話の後半部分では、TM2が自身の親友を「相変わらずバカ」と低める発言が行われ、これも親密さを表す行為であるが、 特にここで男性的な形式が使われているということもない。もっとも、 相手や話題の人物を下に置くことで親密さや愛情を表現することが男性に多いという指摘は既になされてきた。 土佐弁においても同様である可能性はある。
 
話に区切りをつけるために発された感嘆詞「よっし」は、男性的な印象があるが、 実際には標準語においても女性にも普通に使われている表現であり、土佐弁でも同様である。
 
以上の2談話においては、ジェンダー標示形式が観察されなかった。挨拶や用件のみの、特に強い感情の表出を伴わない、 短時間の談話においては、ジェンダー標示形式が使用されない可能性が示唆された。では、長時間にわたる私的なおしゃべりで、 時に感情が表出されるような談話ではどうだろうか。
 
3.3 長時間の談話における土佐弁ジェンダー標示形式の出現の有無と様相
 
3.3.1 談話資料について
 
3.1で述べた通り、協力者TF1が録音した、対面での比較的長時間にわたる土佐弁普通体談話7つの中から、 談話12を選んで分析を行う。談話12を選んだのは、時間数(約42分)、話題(家族・親戚同士による昔話や遺産相続)、 発話者の数(6人)・性別(女性4人、男性2人)・年齢層(30歳代1人、40歳代2人、60歳代1人、70歳代2人)の構成による。 発話者6人の属性などは、以下の表の通りである。
 
<表1:談話12の発話者の属性など>

談話
コード
録音日 談話時間
(分:秒)
談話の場面 発話者
コード
性別 年齢層 出身地 協力者TF1
から見た関係
異なり発話数
12 2008年1月1日 41:37 TF6・
TM4宅の
居間
(高知)
TF1 30 高知 本人 115
TF5 60 高知 53
TF6 70 高知 伯母 202
TF7 40 高知 従姉 87
TM3 40 高知 従兄1 39
TM4 70 高知 伯父 123
談話12では、正月に集まった家族・親戚が打ち解けた雰囲気の中で雑談を行っている。話題は主に、発話者の一人で (TM3、40歳代)であるその家の息子が子ども時代どうであったかという昔話、家業の話、遺産相続の話であった。 異なり発話数が多い発話者はその家の主であるTF6とTM4(ともに70歳代)で、それぞれ202と123であるが、 聞き手役にまわっているTF1も115あり、一番少ないTM3は39である。
 
以下、2章で挙げた、一般に土佐弁の男女差が表れると言われる呼称と文末表現について見る。
 
3.3.2 呼称における男女差
 
まず、呼称は、確かに男女で大きく異なっていた。自称詞、対称詞、親族呼称において、まず、使用する形式が異なっており、 男性がバリエーションを持っているのに対して、女性はバリエーションがほとんどない。この点は標準語と同様である。そして、 自称詞、対称詞においては、女性が標準語と共通の形式に移行しているのに対して、 70歳代の男性は土佐弁特有の形式も並行して使用していた。
 
自称詞は、引用部分に登場するものを除くと、女性による使用は、「あたし」のみであった(TF6:28例、TF5:1例) のに対して、男性によるものは「おれ」(TM4:9例、TM3:1例)、「おら」(TM4:3例)、「あし」(TM4:2例)、 「おらあ」(TM4:2例)、「わしゃあ」(TM4:1例)と5つもの形式が使用されていた。もっとも、「おらあ」は「おれは」、 「わしゃあ」は「わしは」が音便化したものと解釈される。そして、バリエーションを見せたのは70歳代のTM4のみであった。 息子である40歳代のTM3は発話数が少ないこともあり、「おれ」使用1例のみであったが、この世代の男性が 「おら」「あし」「おらあ」「わしゃあ」を普段使用することは非常に考えにくい。やはり、 男性の自称詞もバリエーションが減少しつつあり、同時に土佐弁特有の形式が使われなくなりつつあると言えるだろう。 同じ年齢層(60、70歳代)である3人を見たところでも、土佐弁特有の自称詞を使用したのも、 バリエーションがあったのも男性であった。
 
自称詞にバリエーションがあったTM4の発話で、自称詞の言いかえが起こった部分を見ると、嘆き、怒り、凄み、 自慢などの特別な感情を表出する場面で起こっていた。また、音便化はそのような感情をこめた話し方の調子(リズム) を整えるために起こっているようであった。以下に例を示す。例1は嘆き、例2は怒りと凄みがこもっている。
 
例1 TM4:  まあ、とにかく、まあ、高校、の、出るまで、まあ、わしゃあ、なんちゃあ、言わざったけんど、頭が痛うて、 痛うて、たまらざった。もう。
例2 TM4:  ほんでよにゃあ、分かりきって、なんちゃあ、おまんら、そら、それでえいか、知らんけど。おら、もう、 大体あがっちゅうき、いっぺん全部出せえと。
 ほんで、あの、話し合いの場に。<言いさし>
 
 
一方、対称詞も、自称詞と同様の傾向にあった。4種類の自称詞が観察されたが、女性は親世代も子世代も「あんた」 のみを使用している(TF5:1例、TF6:18例、TF7:4例)、男性はTM3が「あんた」1例、「お前」1例、「お前」 は冗談ぽくながら、乱暴な言い方で抗議する場面で使用された。対称詞においても、 土佐弁特有の形式を用いかつバリエーションを持っているのは、TM4であった。「お前」1例、「おまん」2例、 「おんしゃあ」3例である。息子のTM3が基本的には「あんた」を用い、特別な場面で「お前」 を使用していると思われるのに対して、父親のTM4は「お前」を基本として、強調、怒りなどの特別な場面で「おまん」 「おんしゃあ」を使っているように思われる。以下の例3は怒り、例4は強調と解釈できる。
 
例3 TM4:  くれちゅうけどよ。兄貴らあ、あの、あっちの工場の建っちゅう土地やちよ。
 売っちゅうろうが。ありゃあ、おんしゃあ、なんちゃあ、おれに言わんとやね、そ、そんながは、おらあ、絶対に。<言いさし>
例4 TM4:  そうよ。おまん。ピリ、ピリから2番ぜよ。
 
親族呼称には、特に土佐弁特有のものはなかったが、標準語と同様の傾向が見られた。男性(TM4)は「親父」「おふくろ」 「兄貴」「女房」など男性特有の形式を用いる一方で、女性はそれらを使用せず、一貫して「お父さん」「お母さん」「お兄さん」 などを使用していた。
 
以上、自身や他人をどう呼ぶかに関して、男女では明らかな違いが観察された。形式面のみでなく、世代差、 時系列変化の面でも男女に違いがある可能性が示唆された。
 
文末表現における男女差を見る前に、文末に限らず、どのような形式が男女差に関わるのかを知る手がかりにする目的で、 談話12を文字化したものを土佐弁話者である男女各1名ずつに渡し、談話中の発話者が男女いずれかであると判断できる発話に男 (M)または女(F)の印と、その根拠となる文字部分にも印をつけてもらった。判定者には、共通の土佐弁環境で生まれ育ち、 生活している者同士がよいと考え、きょうだいを選んだ。姉と弟のいずれも高知県の土佐弁地域で生まれ育った30歳代で、 二人は2歳違いである。30歳代を選んだのは、協力者および会話に登場する子世代と同年代であり、 会話の親世代と同年代の親を持つことによる。二人とも談話12の発話者との面識はない。
 
なお、判定者に渡した談話の文字化資料では、発話者の性別が特定できないように自称詞、対称詞、親族呼称、個人名、 職業名などは伏字にした。また、別の発話から類推されないように、発話者コードもつけず、改行によって発話者の交代を示した。
 
判定者によって発話者のジェンダーを示す部分として注目されたのは、多くが文末表現であった。文末表現のほかは、 2.2で述べた吉田(1982)が指摘している過去の否定表現や、感嘆詞・接続詞であった。過去の否定表現に関しては後述するが、 感嘆詞・接続詞に関してはここで簡単に述べると、男性判定者が多くの感嘆詞・接続詞、特に「ほんま」(=「本当」)、 「ほんで」(=「それで」)にマークし、それを発話者が男性と判断する手がかりにしていたが、ほとんどの場合、 実際の発話者は女性であった。女性判定者は、一例以外はすべて文末表現にマークした。例外の一例は、人物を「あれ」 と指示した部分で、それを根拠に発話者が男性であると判断していたが、実際は女性であった。
 
判定者が発話者の性別を判断した発話の数は、全619発話(女性457、男性162)中、女性判定者32発話(女性と判断3、男性と判断29)、 男性判定者127(女性と判断33、男性と判断94)であった。判断と実際の発話者の性別が一致した割合は、 女性判定者が78.1%、男性判定者が55.2%であった。男性判定者の判断した発話数が多く、 一致した割合が低い理由は主に先に述べた感嘆詞・接続詞の多さに起因する。二人とも、女性と判断した発話数は、 男性と判断した発話数と比較して格段に少ない。が、女性と判断した場合の、実際の発話者の性別との一致率は高い (女性判定者では100%、男性判定者では93.9%)。
 
二人の判定者の判断が一致した発話は合計15発話に過ぎない(女性と判断2、男性と判断13)。しかし、ここでも、 女性と判断した場合は、いずれも実際の発話者の性別と一致していた。男性と判断した場合は、 13例中3例が実際は女性による発話であった。ちなみに判断の基準とされたのは、いずれも文末表現であった。
 
つまり、「いかにも女性」と思われる形式は「いかにも男性」と思われる形式に比べて非常に少ないが、 そういう形式も存在する可能性が示唆された。これに関しては以下で検証を行う。いずれにしても、 女性が土佐弁話者の持つ認識よりも「男性的」な話し方をしているということは言えるのではないか。
 
ジェンダー標示に関わる可能性のある文末表現は数多いが、本研究は限定された談話時間数と発話者数の調査に基づくものであるので、 一般および専門家によって指摘されているジェンダー標示形式と二名の判定者がマークした形式を中心に見ることとする。
 
談話12においては、2.2で挙げた代表的な男性性標示形式に挙げられる「ぜよ」(標準語の「よ」にあたる)は1例、 「にゃあ」(=「ね」)6例、「ねや」(=「ね」)1例があり、「ぞ」「ぜ」も2例ずつあった。 発話者はいずれも70歳代男性であるTM4であった。二名の判定者の判断も「にゃあ」4例、「ぞ」1例において一致していた。 協力者TF1が録音した他の談話の女性話者の発話の中に観察されなかったことからも、これらはやはり男性性標示形式と言えるだろう。 そして、特に土佐弁らしい「ぜよ」「にゃあ」「ねや」は若い世代にはあまり使われなくなっている形式と言えるかもしれない。TM3には、後述するように親密さを示しつつも乱暴に抗議したり、相手の発話を否定したりする場面があったが、そこでは別の男性性標示形式が使用されていた。
 
出現条件を見ると、嘆き(例5、例8)と怒り(例6、例9)が強調され、特に感情がこめられている印象を受ける。 例7の「ねや」は前の発話者の発話を受けてのあいづちのようなものであるが、前の発話内容に対する強い肯定が感じられた。
 
例5 TM4:  そうよ。おまん。ピリ、ピリから2番ぜよ。
例6 TM4:  その、ほ、ほんでにゃあ、あの、[地名7]のそんなほら、家がまだ、10軒ばあ、まだあったき。(後略)
例7 TM4:  まあ、まあ、ねや。
例8 TM4:  まあ、とにかく、まあ、勉強が、どいつもこいつもできいで、めったぞ、ほら。
例9 TM4:  いや、言わん言うて、分かるか。ほんで、おんしゃあ、[地名1]でもほら、あの、♯♯♯♯、何をやね、 持っちょったき、うちゃあ、[地名7]も10軒 ばあ、あったぜ。  
 
 
二名の判定者の判断と実際の発話者の性別が一致した例は、男性においては上述の他に「わや」(=「じゃないか」)3例、 「きに」(=「から」)1例、「かや」(=「かよ」)1例があった。いずれの形式も談話12中では女性によって使用されることはなく、 実際には「わや」5例、「きに」3例、「かや」1例が談話12中で観察された。「きに」はTM4のみの使用であったが、 「かや」はTM3によるもので、「わや」にもTM3が1例あった。
 
例10 TM3:  脚光らあ、浴びる必要ないわや。
例11 TM4:  まあ、えいわや、もう。考える、考えんでも、えいわや。
例12 TM4:  えいかえ、まあ、そういうことはあっちゅうきに。ほら、ほんで、もう、一切関係ないということでやね、行くきに。 えいかえ↑
例13 TM3:  知らんわ、お前の子どもやないがやないかや。
 
以上の4例はいずれも非常に強い調子で発されているものである。例10、11、 13は直前の発話者の発話に対する否定的な態度を強く示している。例12は理由や状況を聞き手に有無を言わせない勢いで言い含めている。
 
男性性標示形式は確かにあり、強い感情表出の場面で使用される傾向があるようだ。では、女性はどうであろうか。 二名の判定者の判定が一致し、なおかつ実際の発話者の性別と一致していたのは2例のみであった。「わねえ」注3と「わえ」 である。談話12を通しても、この形式は女性発話者にのみ観察された。「わねえ」4例、「わえ」2例である。 親世代と子世代のいずれにも観察されたので、世代差はないと思われる。「わねえ」は標準語と同様に詠嘆や軽い主張を表している。 「わえ」は標準語の「ってば」にあたり、強い主張を感じさせる。
 
例14 TF7:  れっちゃあ、けんど、できんき、さびしいわねえ。
例15 TF6:  えいわえ。もう、ほんで。<言いさし>
 
これらは女性性標示形式と言えるのだろうか。標準語の感覚からは「わねえ」は女性的に響くことだろうが、 アクセントが「え」で下がるために音としてはそれほど女性的な響きはない。語尾を伸ばさない形式の「わね」は男性にも観察された。 全6例中、TM3およびTM4が1回ずつ使用していた。軽い主張や説明を表している。
 
例16 TM3:  ちゃんと行かんわね。そんなめんどくさいとこ。
例17 TM4:  (前略)うちへ、それでほら、うまいこと言うてきてやね。[名字5]が、ほいで、売ってやね。それで、代わりにやね、 今の土地へ来たわね。
 
「わえ」は、談話12では女性にしか使用されなかったが、他の談話においてはTM3が使用していた。談話の相手は弟(30歳代)である。
 
例18 TM3:  全然、あんたねえ、そうやって、無理からやろうとしたち、わざとらしいわえ。
例19 TM3:  ほんで↑じゃないわえ、あんた、しらじらしい。
 
ここでも「わえ」は強い主張を表しているが、上述の「わや」がこれをさらに強く男性的に響かせる形である。 この「わや」は、談話12においても男性にのみ使用されている。父親のTM4は専ら「わや」を使用し(4例)、 息子のTM3は通常は中立的な「わえ」を用い、特に強く主張する際に「わや」(1例)を使用していると言えるかもしれない。
 
吉田(1982)が女性がよく用い、男性が使用すると「やさしい」物言いになると指摘した、禁止を表す「動詞+な」 を見てみよう。この形式は4例観察された。いずれもTF6の発話において見られたのであるが、 TF6が男性による発話の引用を行った時の、その引用部分に表れたものであった。
 
例20 TF6:  ほいたら、どう言うたと思う↑ まちごうちょっても絶対言うなって言うき、その、まちごうちょってもえいき、 とにかくして行けって言うたら(後略)。
例21 TF6:  あの、[名前4]がねえ、勉強する♯♯♯♯、できん時に、[名前9]さんがね、[名前8]さん、心配しなや、あの、 中学卒業したら、一輪車ひっとつ買うてね、市場へ行かしって言うが。(後略)
 
つまり、女性に専用の形式とはいえないということは示唆された。男性が用いて「やさしい」印象になるかどうかであるが、 これはいつでも必ずそうであるとは言えないだろう。例20は、強い命令である。男女共通の普通の禁止の表現なのではないか。
 
文末表現ではないが、吉田(1982)による過去の否定表現における男女差と年齢差に関する指摘を談話12において見てみる。 標準語「行かなかった」が意味するところを表現するのには、「行カザッタ・行キャーセザッタ」が主であるが、若年層には 「行カンカッタ・行キャーセンカッタ」の形が一般的になりつつあり、女性には壮年層にもこの表現が認められるという指摘であった。 談話12中では、「~なかった」が「~ざった」で表されたものが28例、70歳代の夫婦TM4とTF6によるものでそれぞれ14例ずつであった。「~んかった」で表されたものは11例、内訳は多い順にTF5(60歳代、女)とTF7(40歳代、女)とTM3(40歳代、男)がそれぞれ3例ずつ、TF1(30歳代、女)とTF6(70歳代、女)が1例ずつであった。つまり、過去の否定表現の主な形式とされる「~ざった」形を使用したのは70歳代の男女二人のみであり、それ以下の年齢層の発話者は全員男女を問わず、若年層に一般的になりつつあるとされる「~んかった」形を使用していたということである。そして、70歳代女性であるTF6は、「~んかった」形1例に対して、「~ざった」形が14例あることを考えると、主として「~ざった」形を使用していることは明らかである。しかし、「~んかった」形も使用しているということは注目に値する。一方、夫であるTM4には、「~ざった」形14例に対して、「~んかった」形は1例も見られなかった。
 
例22 TF6:  何にもいかざった。
例23 TM4:  うん、小学校はできざった。
例24 TF5:  小学校の1年の時から、勉強せんかったがやないろう↑
例25 TM3:  ほら、ちゃんと高校行ってよう、留年せんかったがやき、上等よ。
 
談話12においては、主な過去の否定表現「~ざった」に対して、若年層では「~んかった」が一般的になりつつあり、 それはより年配の世代では女性にも見られるという吉田(1982)の指摘が支持された。
4.おわりに
以上のことかから、限定された談話の分析からではあるが、土佐弁普通体における男女差の研究の端緒としては、 以下のようなことが示唆されたと言えるのではないか。
 
  1. 自称、対称、親族呼称に関しては男女差があり、男性によりバリエーションがある。 女性とより若い世代の男性が標準語と共通の形式に移行しているのに対して、 より年配の男性は土佐弁特有の形式も並行して使用している。
  2. 呼称以外で、特に女性性を標示する形式はない。
  3. 呼称以外では、文末表現に男性性標示形式がある。
  4. 用件や挨拶のみの短時間の談話においては、男性性標示形式も使用されないことがある。
  5. 男性性標示形式は、詠嘆、主張、抗議、怒りなどの強い感情表出の際に使用される傾向がある。
  6. 男性より女性が、より早く新しい形式に移行することがある。言い換えれば、男性がより古い形式を保持することがある。
本研究で得た示唆をもとに、今後はより豊富な談話例から土佐弁における男女差についてみていきたい。特に、 同じ性別の者同士の談話でどのようなことが生起しているかを見る必要があるだろう。また、地域語話者の話す標準語普通体と、 東京で生まれ育った話者の話すそれとの間に、ジェンダー標示形式の使用における差があるのかについても研究を行いたいと考えている。
 
  1. 方言の区分の仕方や名称は研究者によって異なるが、本稿では「土佐弁」という名称を採用する。高知県における話者自身にも、 また全国的にも、最も一般的に使用されている名称であるからである。また、高知県内には、大きく分けて西部の「幡多弁」 とそれ以外の地域の「土佐弁」の二つの方言が対立するものとして存在しているからである。 土佐弁は京阪式アクセントを用いるのに対して、幡多弁は東京式アクセントを用いるなど、かなり異なった特徴をそれぞれに有している。 「高知方言」または「高知弁」と称すると、両者が混同されるおそれがあるので、ここでは「土佐弁」を使用する。 土佐弁の一般的な特徴としては、アクセント形式は前述したように京阪式アクセントで、文法や語彙においては周辺の近畿・中国・ 九州の方言との共通点が多い。本研究で特に土佐弁を取り上げるのは、筆者自身の方言が土佐弁であるので、協力者が得やすく、 分析がより精密に行えることによる。本文に戻る
  2. 談話の文字化にあたっては、読みにくさを避けるため、今回の調査項目とはあまり関連しない、 あいづちや重なりなどの発話の同時性は示していない。本文に戻る
  3. 語尾の母音でアクセントが下がるため、語尾を伸ばしているというよりは母音を付け足しているように聞こえる。 そのため「ねー」ではなく「ねえ」と表記している。本研究では、音に忠実な表記を目指して、 同様のことが生じる他の語においても長音記号ではなく母音を使用している。本文に戻る 
参考文献
  • 飯豊毅一(1998)『日本方言研究の課題』国書刊行会, 30-31, 86-91.
  • 小川小百合(2004)「話し言葉の男女差――定義・意識・実際」『日本語とジェンダー』第4号 日本語ジェンダー学会
  • 中村桃子(2007)『「女ことば」はつくられる』ひつじ書房, 2-3.
  • 藤原与一(2000)『日本語方言文法』武蔵野書院, 81, 94.
  • 吉田則夫(1982)「高知県の方言」『講座方言学8―中国・四国地方の方言―』国書刊行会, 440, 448.
 (池澤明子 いけざわめいこ 北九州市立大学非常勤講師)
 
 
 
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