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学会誌9号-研究論文2(有泉)

「女ことば」と「男ことば」の使用基準が切り替わる心理過程―プライミング手法を用いた検討―

有泉優里

要旨:本研究では、「女ことば」や「男ことば」の使用基準を人々が無意識に切り替える心理過程に着目し、 状況によって言語使用基準をどのように使い分けているのかについて実験法を用いて検討した。実験では、 女性話者や男性話者が用いる文末表現を男性形式、女性形式、中性形式から選択する課題を大学生が行った。 その結果、一般的な会話表現の知識が問われる状況では、女性話者には女性形式、男性話者には男性形式が選択される傾向があったが、 同じ課題をジェンダー問題が活性化された(思いつきやすくなる)状態で行った場合には、 女性話者について女性形式の選択の減少傾向と男性形式の選択の増加傾向がみられた。以上の結果から、状況に応じて、 人々は女性話者の「女ことば」と「男ことば」の使用基準を無意識に切り替えていることが示された。また、 ジェンダー問題と女性役割規範に反する言語使用基準が結びついていることが示唆された。
 
キーワード: 女ことば 男ことば 文末表現 使用基準 無意識
1.序論
1.1 はじめに
 
日本語の話し言葉には「女ことば」と「男ことば」という区別があり、会話文末表現はその代表といえる。例えば、 「でしょ」や「なの」は女性用の文末形式(以下、「女性形式」)、「だろ」や「だ」は男性用の文末形式(以下、 「男性形式」)に識別することができる1。女性形式や男性形式の文末表現は、小説や漫画、 ドラマや映画などの会話表現で登場人物の特徴や会話の意図に合わせて頻繁に用いられている(中村,2008)。 これらのフィクションでは、実際の女性以上に女性登場人物が多くの女性形式を用いる傾向があるにも関わらず (水本・福森・高田,2008)、読み手や聞き手は違和感なく会話を理解しているとみられる。 現代の女性があまり用いないような文末表現(「わ」など)が多用されていることなどは、 言われて初めて気が付くということも珍しくないだろう。このことから、「女ことば」や「男ことば」の使用基準は様々あり、 人々が意識している以上に、それぞれの場合に応じて自動的に使い分けていると考えられる。本研究では、 「女ことば」や「男ことば」の使用基準を人々が無意識に切り替える心理過程について検証し、 状況によって言語使用基準をどのように使い分けているのかについて考察することを目的とした。
 
1.2 「女ことば」と「男ことば」の使用基準
 
「女ことば」と女性、「男ことば」と男性という結びつきは、人物判断における言語資源の役割を果たすといわれている(中村,2008)。 フィクションの会話表現で女性形式や男性形式の文末表現が多く用いられるのは、 これらの表現が話者の性別を判別する手がかりになるだけではなく、話者がどのくらい男性的・ 女性的かを判断するための材料にもなるためだと考えられる(有泉,2007)。一方で、「女ことば」と「男ことば」の区別には、 男女の行動や特徴を制約するジェンダー役割規範という側面もあり、とりわけ女性は女らしい言葉遣い(すなわち「女ことば」) を用いるように社会的働きかけを受けてきたことが指摘されている(中村,2001)。しかし、使用傾向に関する調査研究では、 女性話者による女性形式の使用傾向の減少や一部の表現の消滅、あるいは女性話者による男性形式の使用等が報告されていることから (水本,2005;中島,1999;小川,2004;尾崎,1999)、「女ことば」 と女性の結びつきは日常会話における言語使用基準の役割を果たしているとは言い難い。また、 女性の社会進出や男女平等意識の向上など「ジェンダー問題」という視点では、女性自身が「女ことば」 を使用することを否定的に捉える傾向も伺える(小林,1993;中村,2001)。このことから、「女ことば」や「男ことば」の使用基準は、 女性用・男性用という捉え方以外に様々あると考えられる。
 
1.3 自動的切り替え
 
日常会話におけることばの選択や判断は自動的に行われ、置かれた状況によって「女ことば」と「男ことば」 の使用基準も多様に変化していると考えられる。その中でも、ジェンダー役割規範に沿った「女性は女ことばを用いる」 という使用基準の対極にあるのが、「女性は女ことばを用いない」、あるいは「女性は男ことばを用いる」 というジェンダー役割規範に反した使用基準であろう。 フィクションの会話を理解する際には一般的な言語知識として前者の基準が適用されるが、 伝統的性役割からの解放等のジェンダー問題が語られる際には、ジェンダー役割規範に反した後者の基準が適用されるとみられる。 例えば、テレビドラマを見ている際には、女性登場人物が「女ことば」を多用したとしても特別な印象を持つことはあまりないが、 ジェンダー問題について考えるような文脈では、「女ことば」を多用する女性話者に対して「時代遅れ」や「媚びている」 等の否定的印象を持ちやすくなるだろう。以上のような状況に応じた言語使用基準の切り替えは、 多くの場合に認知者本人が気づかないうちに行っているものと考えられる。
 
そこで本研究では、無意識のうちに「女ことば」と「男ことば」の使用基準がどのように切り替わるのかを検証するために、 一般的な会話表現の知識が問われる状況とジェンダー問題が関わる状況とで、 文末表現の使用基準がどのように異なるのかを検討することにした。また、 従来の言語研究では女性話者の会話表現に限定して研究がなされる傾向があったが、 本研究では女性話者と男性話者について並行して検討する。
 
1.4 プライミング手法
 
本研究では、状況によって無意識に適用される言語使用基準について検討するために、社会心理学・ 社会的認知研究の実験法のひとつであるプライミング手法を用いる。この手法は、 特定概念が本人の気付かないところで物事の判断に及ぼす影響を測定するもので、 実験参加者が研究目的を察知したり社会的望ましさを懸念したりして回答を歪めてしまう可能性を排除できる利点がある。 プライミングとは、人がある情報に接することによって関連する概念が自動的に活性化される(思いつきやすくなる)ことで、 この概念活性化によって後に行う物事の判断や処理に影響を与えることをプライミング効果という(Higgins, Rholes, & Jones, 1977;山本・外山・池上・遠藤・北村・宮本,2001)。ジェンダー役割規範に反する言語使用基準が「ジェンダー問題」 と結びついているとすれば、「ジェンダー問題」が活性化されることにより、 その後に行う判断で無意識のうちにジェンダー役割規範に反する言語使用基準が適用されやすくなると考えられる。
 
プライミング手法では、実験参加者には真の実験目的を伏せた状態で、特定概念(ここでは「ジェンダー問題」) の活性化を操作するため先行課題と、プライミング効果を測定するための後続課題(ここでは会話表現についての判断課題) を実施する。まず、先行課題で特定概念を活性化させる群(活性化あり群)と特性概念が活性化されない群(活性化なし群) に実験参加者を無作為に振り分ける。先行課題遂行後に両群とも同じ後続課題を行い、 その結果を比較することで活性化された概念が物事の判断にどのように影響したかを検討することができる。 すなわち、先行課題で「ジェンダー問題」に関する情報に接した実験参加者は(活性化あり群)、「ジェンダー問題」 と同時にジェンダー役割規範に反する言語使用基準も自動的に活性化されるため、 会話表現についての判断課題に回答する際にその影響を受けると予測できる。一方、「ジェンダー問題」 に関する情報に接しない実験参加者は(活性化なし群)、 同じ判断課題を行った際にジェンダー役割規範に沿った一般的な言語使用基準を適用させやすいと予測される。
2.方法
2.1 実験参加者
 
実験には東京都内の大学に通い日本語を母語とする学生47名(男性26名、女性21名、平均年齢21.28歳)が参加した。 キャンパス内で学生に声をかけ(一度につき1名から4名)、空き教室か学内休憩所で質問紙に回答してもらうよう協力を求めた。
 
2.2 実験計画
 
「ジェンダー問題」の活性化の有無、話者の性別、及び、話し相手の性別を独立変数(影響が検討される変数)とし、 女性話者や男性話者の用いる文末表現の選択を従属変数(効果が測定される変数)とした。実験は「ジェンダー問題」 の活性化を被験者間要因(いずれかの群に参加者が割り当てられる)、話者の性別と話し相手の性別を被験者内要因 (すべての水準について参加者が回答する)とする2(活性化の有・無)×2(男性話者・女性話者)×2(男性相手・女性相手) の混合計画で行った。文末表現の選択肢には男性形式、女性形式のほかに、いずれにも区別されない「中性形式」も含めた。
 
2.3 実験材料
 
2.3.1.先行課題
 
「ジェンダー問題」を活性化させるため、「日本語能力試験」と称する日本語の読解問題を用いた。この課題は、 「本調査(実際は後続課題)」を実施する前に日本語の能力を確認するという名目で行うものであった。「ジェンダー問題」 の活性化あり群と活性化なし群で異なる読解問題を用意し、それぞれ同程度の量の文章と4択問題2問によって構成された。 活性化あり群の課題では「ジェンダーを科学する(松本・金,2004)」から、活性化なし群の課題では「生物はなぜ進化するのか (ウィリアムズ,2005)」からの抜粋文を用いた。両群で提示した読解問題を付録Aに示した。
 
2.3.2.後続課題 
 
女性や男性の言葉遣いに関する考え方を測定するために、「日本語感覚調査」と題する質問紙を用いた。表紙には、 日本語の会話感覚を調べることを目的とした学術的調査であること、匿名であること、回答には正解や不正解はないこと、 本人の自由な意思で回答を中断してもよいことを明記した。また、課題の後に参加者の性別や年齢を記入するページを設けた。
 
課題は、文末が空欄になっている女性話者や男性話者の会話文を、男性形式、女性形式、中性形式(男性形式・女性形式の省略) の選択肢から選んで完成させるものであった。例えば、「最近、体がなまってきたから、朝ジョギングすることに____。 」という会話文では、「したんだ」、「したの」、「した」、のいずれかに○をつけてもらった。 課題で提示した会話文と文末表現の選択肢を付録Bに示した。
 
課題のはじめに会話文の背景説明を行い、「親しい友人同士の会話として最もふさわしいと思う表現を選択して、 会話文を完成させてください」と指示した。会話文の話者と話し相手(ただし話し相手の会話文は提示されない) は20代の大学の同級生または会社の同僚で、上下関係のない親しい友人関係であるとした。
 
課題は4ページに渡り、各ページに会話場面の説明が付いた会話文4種類を1セットとして提示した(「話者から話し始める」、 「話し相手の質問に答える」、「話者が話している途中」、「話し相手が話している途中」)。 ページの上方に話者の性別と話し相手の性別を提示し、ページごとに話者と話し相手の性別の組み合わせが異なっていた (女性話者と女性相手、女性話者と男性相手、男性話者と男性相手、男性話者と女性相手の4組)。 話者と話し相手の組み合わせが4組あるため、会話場面の説明と選択肢が同じ会話文セットを4つ用意した。ただし、 特定の話者・相手組と会話文セットが偏らないように、いずれの話者・ 相手組にもすべての会話文セットが割り当てられるように複数の質問紙を作成した。
 
選択肢となる男性形式と女性形式には、話者の性別に関わらずどちらを選んでも不自然にはならないように、 男性用か女性用の区別は容易にできるが、実際には男女どちらとも使用すると認識されていることを確認したものを採用した。 「話者から話し始める」場面と「話者が話している途中」場面では「んだ(男性形式)」と「の(女性形式)」を用い、 「相手の質問に答える」場面と「相手が話している途中」場面では「だろ(男性形式)」と「でしょ(女性形式)」を用いた。 なお、男性形式、女性形式、中性形式の選択肢が提示された順番は会話文ごとにランダムであった。
 
話者や話し相手の性別が提示される順序が回答に及ぼす影響を相殺するため、半数の質問紙では女性話者を先に提示し、 残り半数では男性話者を先に提示した。また、その中の半数では女性相手の組を先に、残りの半数では男性相手の組を先に提示した。
 
2.4 実験手続き
 
各実験参加者に、調査の前に日本語能力を確認する必要があると称して、「ジェンダー問題」の活性化あり群と活性化なし群のいずれかの「日本語能力試験」を無作為に配布した。回答後、実験参加者ごとに「日本語能力試験」の答え合わせをし、2問中1問正解であれば「合格」とした(全員が合格となった)。その後、「日本語感覚調査」の質問紙を配布し、課題には正解や不正解はないので思ったそのままを回答してほしいこと、表紙や回答方法をよく読んでほしいこと、各ページで話者や話し相手が変わるので注意してほしいことを実験者が口頭で伝えた。質問紙の回収後、実験参加者に2つの課題に何か関係があることに気づいたかどうかを尋ねてから(全員が気づいていなかったと答えた)、実験の目的を説明した。
3.結果と考察
3.1 女性話者が用いる文末表現
 
3.1.1 文末表現の選択傾向
 
「ジェンダー問題」の活性化の有無によって、 後続課題において女性話者が用いる文末表現を選択する傾向にどのような違いがあったのかを検討した。女性話者について男性形式、 女性形式、中性形式が選択された度数を会話場面ごとに合計し、結果を表1示した。
 
表1によると、活性化なし群では、すべての会話場面で女性話者に男性形式や中性形式よりも女性形式のほうが選択されたことが分かった。 この結果パターンは話し相手の性別に関わらずみられ、一般的な会話表現の知識を問われる状況では、女性話者が女性形式を使用すると判断されやすいことが分かった。一方、活性化あり群では、女性話者に女性形式や中性形式よりも男性形式が選択される傾向があった。唯一「相手が話している途中」場面では、活性化あり群であっても、女性形式の選択数が男性形式の選択数を上回っていたが、活性化なし群と比べると男性形式の選択数が大きく増加していた。したがって、すべての会話場面で、「ジェンダー問題」が思いつきやすい状況では、女性話者が男性形式を使用すると判断されやすい傾向が示されたといえる。
 
このほか、中性形式の選択に関して、活性化あり群のほうが活性化なし群よりも多くなる傾向がみられた(ただし 「相手が話している途中」場面を除く)。すなわち、「ジェンダー問題」の活性化によって、女性話者が用いる文末表現を選択する傾向が、 女性形式から男性形式だけではなく中性形式にも移行しやすいことが分かった。以上の結果から、「ジェンダー問題」の活性化によって、 女性話者が用いる文末表現の使用基準が、無意識のうちに女性役割規範に沿ったものから反するものに切り替えられたことが示唆された。
 
表1 女性話者の文末表現として選択された度数

会話場面 相手性別 「ジェンダー問題」の活性化 選択された文末表現
男性形式 女性形式 中性形式
話者から話し始める(んだ・の) 女性 12 (8/4) 5 (3/2) 7 (2/5)
5 (3/2) 14 (7/7) 4 (3/1)
男性 10 (6/4) 6 (5/1) 8 (2/6)
6 (2/4) 16 (10/6) 1 (1/0)
相手の質問に答える(だろ・でしょ) 女性 13 (3/10) 7 (6/1) 4 (4/0)
5 (3/2) 16 (9/7) 2 (1/0)
男性 11 (3/8) 9 (7/2) 4 (3/1)
3 (2/1) 18 (10/8) 2 (1/1)
話者が話している途中(んだ・の) 女性 17 (8/9) 5 (5/0) 2 (0/2)
8 (3/5) 11 (7/4) 4 (3/1)
男性 12 (6/5) 5 (4/1) 8 (3/5)
5 (2/3) 15 (8/7) 3 (3/0)
相手が話している途中(だろ・でしょ) 女性 12 (2/10) 11 (10/1) 1 (1/0)
5 (2/3) 17 (10/7) 1 (1/0)
男性 11 (4/7) 13 (9/4) 0 (0/0)
2 (2/0) 21 (11/10) 0 (0/0)

括弧内の数値は、(男性参加者の度数/女性参加者の度数)を示す。
 
3.1.2 統計的分析
 
「ジェンダー問題」の活性化によって文末表現の選択傾向に変化があったかどうかを、χ2検定によって統計的に分析した。 その結果、「話者から話し始める」場面、(女性相手:χ2(2)=7.95, p<.05、男性相手:χ2(2)=10.97, p<.01)、「相手の質問に答える」場面(女性相手:χ2(2)=7.73, p<.05、男性相手:χ2(2)=8.22, p<.05)、 及び「話者が話している途中」場面(女性相手:χ2(2)=6.14, p<.05、男性相手:χ2(2)=11.51, p<.01)では、 話し相手が男性・女性の両方の場合で「ジェンダー問題」の活性化の効果が有意であった。したがって、以上の会話場面では、 「ジェンダー問題」の活性化によって女性話者が用いる文末表現の選択傾向に変化があったことが統計的に示された。
 
一方、「相手が話している途中」場面では、話し相手が男性の場合には「ジェンダー問題」の活性化の効果が有意であったが、 χ2(2)=8.10, p<.01)、話し相手が女性の場合は有意でなかった(χ2(2)=4.15, ns、)。このため、この会話場面では、「ジェンダー問題」 の活性化によって文末表現の選択傾向が変化したことが統計的に示されたのは話し相手が男性の場合のみであった。 表1を見る限りでは、話し相手の性別に関わらず、活性化なし群よりも活性化あり群のほうが、 男性形式の選択傾向が増加する傾向がみられている。しかし、女性相手の場合に「ジェンダー問題」 の活性化の影響が統計的有意とならなかったのは、同性間の会話と異性間の会話の特徴の違いが関係しているとみられる。 内田(1997)によると、異性間の会話のほうが、 同性間の会話よりもジェンダー役割規範に沿った言語行為を行いやすいことが報告されている。このことから、 「相手が話している途中」場面で話し相手の性別によって統計的検定結果に違いが生じたのは、「ジェンダー問題」 の活性化なし群で、男性(異性)よりも女性(同性)の話し相手に対して、男性形式を用いる (ジェンダー役割規範に反した言語行為)と判断される傾向があったためだと考えられる。
 
3.1.3 女性形式とポライトネス
 
表1によると、「相手が話している途中」場面では、「ジェンダー問題」の活性化の有無に関わらず、 他の会話場面の結果に比べて女性形式の選択が多かった。このことから、 女性話者が用いる文末表現の選択に会話場面が影響したことが示唆された。この会話場面のように、 話し相手が話している途中て割り込むという言語行為は、その相手の会話の主導権を侵害することになる。 ポライトネス理論によると、このような言語行為は話し相手のフェイス脅威(望ましい自己像を傷つける)となるため、 話者は話し相手に何らかの配慮を示す必要が生じる(Brown & Levinson, 1987)。このため、この会話場面では女性形式が単なる「女ことば」としてではなく、配慮表現として選択された可能性が考えられる。
 
文末表現の機能を比較すると、男性形式は断定的で話者の主張を強める機能があり、 女性形式は協調的で話者の主張を和らげる機能があるとされる(鈴木,1997)。女性形式の他者配慮機能については、 男性形式よりも女性形式を使用するほうが話し相手に配慮しているという印象を与えやすいことや(Ariizumi & Yamaguchi,2006)、 ドラマの脚本で女性話者の主張を和らげる目的で女性形式が使用されやすいことなど(水本・福盛・高田,2008)、 実証的研究においても指摘されている。また、他者配慮という言語行為自体が女性役割のひとつである。したがって、 「相手が話している途中」場面では、女性話者による女性形式の使用がポライトネス(配慮) 規範とジェンダー役割規範の両方に適うものであったといえる。以上の知見から、「女ことば」と「男ことば」の使用基準は、 話者の性別と文末表現のジェンダーの一致・不一致という枠組みのほかに、言語行為としてポライトネス(配慮) 規範に沿っているかどうかという枠組みによっても規定されることが示唆された。
 
このほか、「相手が話している途中」場面では、実験参加者の性別によって文末表現の選択傾向に違いがみられた。表1によると、 活性化あり群において、女性話者が用いる文末表現として男性形式を選択した多くは女性参加者であったのに対し、 女性形式を選択した多くは男性参加者であった。すなわち、「ジェンダー問題」が活性化によって、 女性参加者はジェンダー役割規範に反した言語使用規範を適用する方向に変化する傾向があったが、 男性参加者は活性化の有無に関わらずジェンダー役割規範に沿った言語使用規範を適用する傾向があったといえる。 以上の結果が「相手が話している途中」場面でみられたのは、女性話者がポライトネス(配慮) 規範に沿うこと男性参加者が重視する傾向があったためだと解釈できる。このことから、 ジェンダー問題と女性話者の言語使用基準の結びつきの認識には性差がある可能性が示唆された。
 
3.2 男性話者の用いる文末表現の選択
 
後続課題において男性話者が用いる文末表現を選択する傾向に、「ジェンダー問題」 の活性化の有無によってどのような違いがあったのかを検討した。男性話者について男性形式、女性形式、 中性形式が選択された度数を会話場面ごとに合計した結果を表2示した。表2によると、活性化あり群と活性化なし群の両方で、 女性形式や中性形式よりも男性形式が選択されたことが分かった。この傾向は、すべての会話場面で、また、 話し相手の性別に関わらずみられた。また、「ジェンダー問題」 の活性化によって文末表現の選択傾向に変化があったかどうかをχ2検定によって統計的に検討したが、 いずれの会話場面でも有意な効果はみられなかった。したがって、本研究では、男性話者の用いる文末表現の選択に関して、 「ジェンダー問題」の活性化による変化を示す結果は得られなかった。
 
表2 男性話者の用いる文末表現として選択された度数

会話場面 相手性別 「ジェンダー問題」の活性化 選択された文末表現
男性形式 女性形式 中性形式
話者から話し始める(んだ・の) 男性 13 (9/4) 2 (0/2) 9 (4/5)
11 (6/5) 5 (2/3) 7 (5/2)
女性 11 (8/3) 4 (2/2) 9 (3/6)
 16 (10/6) 5 (2/3) 2 (1/1)
相手の質問に答える(だろ・でしょ) 男性 14 (7/7) 6 (4/2) 4 (2/2)
12 (8/4) 7 (3/4) 4 (2/2)
女性 14 (6/8) 7 (6/1) 3 (1/2)
13 (8/5) 9 (4/5) 1 (1/0)
話者が話している途中(んだ・の) 男性 15 (9/6) 3 (0/3) 6 (4/2)
11 (7/4) 7 (2/5) 5 (4/1)
女性 12 (8/4) 5 (2/3) 7 (3/4)
11 (7/4) 6 (2/4) 6 (4/2)
相手が話している途中(だろ・でしょ) 男性 18 (9/9) 4 (3/1) 2 (1/1)
14 (9/5) 8 (3/5) 1 (1/0)
女性 15 (7/8) 8 (5/3) 1 (1/0)
13 (9/4) 10 (4/6) 0 (0/0)

括弧内の数値は、(男性参加者の度数/女性参加者の度数)を示す。
4.まとめ
本研究では、プライミング手法を用いて、人々が無意識に「女ことば」と「男ことば」 の使用基準をどのように切り替えるのかについて検討した。その結果、一般的な会話表現の知識が問われる状況では、 女性話者には女性形式が、男性話者には男性形式が多く選択される傾向がみられ、 ジェンダー役割規範に沿った言語使用基準が適用されやすいことが分かった。一方、「ジェンダー問題」が活性化された状況では、 女性話者について女性形式よりも男性形式のほうが選択されやすい傾向がみられ、女性役割規範に反する言語使用基準が適用されやすいことが分かった。以上の結果より、ジェンダー問題が思いつきやすい状況では、女性話者の会話表現について、ジェンダー役割規範に沿った使用基準からジェンダー役割規範に反する使用基準に無意識に切り替わる傾向があることが示されたといえる。このことから、ジェンダー問題と女性役割規範に反する言語使用基準が結びついていることや、女性話者の「女ことば」と「男ことば」の使用基準が状況に応じて自動的に切り替わることが示唆された。
 
一方、女性話者の結果と異なり、男性話者が用いる文末表現の選択傾向については「ジェンダー問題」 の活性化によって変化する傾向は示されなかった。この男性話者と女性話者の結果の違いは、ジェンダー問題に関する認識において、 男性の言葉遣いが特に問題とされていないことが原因のひとつだと考えられる。しかし、実験で用いた「ジェンダー問題」 を活性化させる課題内容が、(多くのジェンダー問題に関する記述がそうであるように) 女性に関する問題に偏っていたことが影響した可能性も考えられる。したがって、 今後は男性に特化したジェンダー問題を活性化させる手続きを用いて、 男性話者の会話表現の使用基準が変化するかどうかを検討する必要があるだろう。
5.今後の課題 
実験において、女性話者に対する女性形式の選択傾向が特定の会話場面で強かったことから、話し相手への配慮の必要性によって、 他者配慮機能があるとされる女性形式の使用基準が変化することが示唆された。このことから、 今後の研究では、協調的な女性形式や断定的な男性形式という様々な機能・特徴や会話場面における使用の適切さを踏まえたうえで、 「女ことば」や「男ことば」の使用基準について検討・考察する必要があるだろう。
 
本研究では、人数不足のために、実験参加者の性別の影響について統計的な検討を行うことができなかった。しかし、 一部の会話場面で実験参加者の性別による文末表現の選択傾向の違いがみられたことから、 ジェンダー問題とジェンダー役割規範に反した言語使用基準の結びつきについて、 男性と女性で異なる意識を持っている可能性が示唆された。したがって、十分な人数を確保して、 会話表現の知識や「ジェンダー問題」 の活性化による言語使用基準の変化傾向に男性参加者と女性参加者でどのような違いがあるのか検討する必要があるだろう。
 
1.「わ」等に代表される女性話者に特有の会話文末について、先行研究では「女性専用の文末形式(尾崎,1999)」、 「女性的疑問表現(中島,1999)」、「女性文末詞(水元・福盛・高田,2008)」と様々に表記されているが、 本論文では有泉(2007)に従い、女性用・男性用に識別できる文末表現(終助詞・助動詞を含む文末部分)を「女性形式」、 「男性形式」とした。
 
引用文献
  • ARIIZUMI, Yukari & YAMAGUCHI, Susumu (2006) Effects of gender-differentiated sentence endings on politeness perception. 日本グループ・ダイナミックス学会『第53回大会発表論文集』,170-171.
  • 有泉優里(2007)文末形式のジェンダーが話者の印象に及ぼす影響 『社会言語科学』,3-16.
  • BROWN, Penelope & LEVINSON, Stephan C. (1987) Politeness: Some Universals in Language Usages. Cambridge University Press.
  • HIGGINS, E. Tory, RHOLES, William S., & JONES, Carl R. (1977) Category accessibility and impression formation. Journal of Experimental Social Psychology, 31, 218-243.
  • 小林恵美子(1993)世代と女性語―若い世代のことばの「中性化」について 日本語学,12(5),181-192.
  • 松本伊瑳子・金井篤子(編)(2004)『ジェンダーを科学する』 ナカニシヤ出版
  • 水本光美 (2005). テレビドラマにおける女性言葉とジェンダーフィルター―文末詞(終助詞)使用実態調査の中間報告より―『日本語とジェンダー』Vol.5,日本語ジェンダー学会: https://www.gender.jp/
  • 水本光美・福盛壽賀子・高田恭子(2008)ドラマに使われる女性文末詞―脚本家の意識調査より『日本語とジェンダー』Vol.8,日本語ジェンダー学会:https://www.gender.jp/
  • 中村桃子(2001)『ことばとジェンダー』頸草書房
  • 中村桃子(2008)『〈性〉と日本語』日本放送出版会
  • 中島悦子(1999)疑問表現の様相 現代日本語研究会(編)『女性の言葉:職業編』ひつじ書房,59-82.
  • 小川早百合(2004)話し言葉の男女差:定義・意識・実際『日本語とジェンダー』Vol.4,日本語ジェンダー学会:
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  • 尾崎喜光(1999)女性専用の文末形式のいま 現代日本語研究会(編)『女性の言葉:職業編』ひつじ書房,33-58.
  • 鈴木 睦 (1997)女性語の本質:丁寧さ,発話行為の視点から 井出祥子(編)『女性語の世界』明治書院,59-73.
  • 内田伸子(1997)会話行動に見られる性差 井出祥子(編)『女性語の世界』明治書院,74-93.
  • 山本眞理子・外山みどり・池上知子・遠藤由美・北村英哉・宮本聡介(編)(2001)『社会的認知ハンドブック』北大路書房
  • ジョージ・C・ウィリアムズ 長谷川真理子(訳)(2005)『生物はなぜ進化するのか』草思社
  •  
付録A:読解問題
<「ジェンダー問題」に関する文章(活性化あり群)>
近代資本主義社会は、性別役割分業社会であり、(中略)。女性たちは良妻賢母の役割を遂行する見返りに、 物質的に恵まれた生活を手にしたが、「夫や子どものほかに、私はもっと何かがほしい」(Friedan, 1963)という欲望、自己実現の欲求を持つ自己に目覚めたのである。他方、大部分の働く女性は労働と家事の二重負担に苦しむ一方、 家事労働責任ゆえに、補助的・二次的労働に就くことが多かった。
 
しかしこのような男女の抑圧装置としての社会体制(性別役割分業)や、社会規範(男らしさ、女らしさ)から自由になり、 男女が自由に個人の選択と責任において生きていけるようにしようという考え方にたどりついた。 これがジェンダー・フリーの考え方であり、性別に縛られることなく、 各人の個性と能力が発揮できる男女共同参画社会を実現しようとする働きが、体制側のレベルにおいてさえ出現する時代になった。
(松本伊瑳子・金井篤子編「ジェンダーを科学する」より抜粋)
 
問1 働く女性の多くに関係のあるものを、選択肢から一つ選んでください。
 
1 労働と家事の二重負担
2 補助的・二次的労働
3 自己実現の欲求
4 1~3すべて
 
問2 ジェンダー・フリーの考え方に反するものを、選択肢から一つ選んでください。
 
1 性別に縛られることなく、個性や能力を発揮できる社会を実現しようという働き。
2 性別役割分業制や、男らしさ、女らしさといった社会規範からの自由。
3 女性が良妻賢母の役割を遂行する見返りとしての、物質的に恵まれた生活。
4 男女が自由に個人の選択と責任において生きてけるようにしようという考え方。
<「ジェンダー問題」と無関連の文章(活性化なし群)>
言うまでもなく、人間の部品は老朽化や化学物質の攻撃を免れることはできない。(中略)
また、爪は摩擦によってすりへる。これは、爪やすりを使った場合とよく似ている。歯も磨耗したり、 機械的な力を受けて欠けたりする。しかし、こんなことはどれも、老化とは関係がない。皮膚や爪、 そして消化器や呼吸器の内壁などの組織は、はがれおちると再生する。自動車のタイヤも磨耗するが、 それを補充するためにタイヤ内部で新しいゴムがつくられることはない。車が一秒走るごとに減っていく一方である。
年をとった人の皮膚は若い人の皮膚とは違うが、それは古くなったからではなく、新陳代謝を行ったり、 体温を維持したり、傷を治したりなど、健康状態を良好に保つ諸々の機能が低下したことによるものだ。 年をとった皮膚の細胞もやはり一時的なもので、ほとんどは数日のうちに、長くても数週間でなくなってしまう。
(J・ウィリアムズ「生物はなぜ進化するのか」より)
 
問1 3行目の「老化」とは関係ないものを、選択肢から一つ選んでください。
 
1 爪がすりへること
2 歯がすりへること
3 消化器や呼吸器の内壁がはがれおちること
4 1~3すべて
 
問2 7行目の「年をとった人の皮膚」の特徴にあてはまるものを、選択肢から一つ選んでください。
 
1 皮膚組織がすりへること
2 若い人の皮膚より古いこと
3 新陳代謝等の機能が低下すること
4 古い皮膚の細胞が蓄積されること
 
付録B:会話文と文末表現の選択肢(太字部分は会話場面の説明;(原文は「ゴシック体部分」であるが、htmlでは区別ができないため「太字」に変更した。))
<会話文セット1>
話者から話し始める「最近、体がなまってきたから、朝ジョギングすることに____。」(したんだ/した/したの)
相手の質問に答える「今日は、○○先生の授業は____。」(休講でしょ/休講/休講だろ)
話者が話している途中「天気予報では、一日中くもりだって____。」(言ってたんだ/言ってたの/言ってた)
相手が話している途中「確かこの仕事は、明日までに仕上げなきゃ____。」(いけない/いけないんだろ/いけないんでしょ)
 
<会話文セット2>
話者から話し始める「どうしても、今日は寄るところが____。」(あるんだ/ある/あるの)
相手の質問に答える「たぶん、このサイレンは____。」(防災訓練でしょ/防災訓練/防災訓練だろ)
話者が話している途中「まだ、富士山は世界遺産に登録されて____。」(ないんだ/ないの/ない)
相手が話している途中「このまえ、この課題は簡単にできるって____。」(言ってた/言ってただろ/言ってたでしょ)
 
<会話文セット3>
話者から話し始める「冬休みいっぱいは、卒業旅行に行くことに____。」(したんだ/した/したの。)
相手の質問に答える「来週から、2週間ずっと試験が____。」(続くでしょ/続く/続くだろ。)
話者が話している途中「今朝の地震で、地下鉄が一時____。」(止まったんだ/止まったの/止まった。)
相手が話している途中「前にも、同じところで間違えたこと____。」(あった/あっただろ/あったでしょ。)
 
<会話文セット4>
話者から話し始める「胃の調子が悪くて、あまり辛いものは食べたく____。」(ないんだ/ない/ないの。)
相手の質問に答える「確か、今度の成人の日は、14日が____。」(休みでしょ/休み/休みだろ。)
話者が話している途中「今朝5時半頃に、この辺で大きな地震が____。」(あったんだ/あったの/あった。)
相手が話している途中「まさか、会議がそんなに早く終わる____。」(わけない/わけないだろ/わけないでしょ。)
 
(有泉優里 ありいずみゆかり 仁荷大学経営学部)
 
 
 
 
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