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学会誌8号-第8回年次大会シンポジウム 発表要旨(宇佐美)

【シンポジウム:ジェンダーの視点から呼称を考える】

社会変化の指標としての「主人」という呼び方 
-「主人」は、「単なる符号」のか?-

宇佐美まゆみ

1.はじめに
女性が配偶者に言及する際の「主人」という呼称については、古くから様々な議論がなされてきた。「単なる符号」と捉える人、相手や場面によって使い分ける人、使いたくないと考える人、考えたこともなかったという人、そして、もう議論したくないという人、等々。本発題では、「主人」という呼称について、その問題提起の趣旨、その後の議論の変遷、そして最近の大学生の反応などを紹介しながら、この呼称が内包する問題とそれが引き起こす問題を改めて整理し、問い直す。というのは、「主人」という呼称は、女性たち自らが選択して用いているという意味において、ジェンダーの問題にかかわる他の呼び方(「美人弁護士」や、「出もどり」等々)の問題とは、決定的に異なるからである。「主人」の使用率は、今後の社会がどうなっていくのか、或いは、女性たち自身が今後の社会をどうしたいのかという目には見えない意思を反映する「指標」として捉えられるということを論じる。
2.「主人」という言葉の歴史的変遷
まず、「主人」という言葉の歴史的変遷を簡単にまとめておく。遠藤(1997)によると、「主人」は、「あるじ」に漢字を当てる形で、明治以降に一般化したもので、「おっと」「やど」「あるじ」「うち」「たく」等のうちの一つであり、昭和10年代くらいまでは、上流階級の奥さんが使用するくらいで、一般の人は使っていないとある。戦後、テレビドラマの影響で普及したのではないかと見られている。
 
「主人」という言葉についての問題提起は、いろいろな形でなされてはいた。昭和20年代には、「この言葉は民主的でないからやめたほうがよい」と言われ、昭和30年代初めには、母親大会で、「これは、本当に封建的な言葉だからやめましょう」(丸岡秀子)などと言われた。
 
しかし、戦後の民主化の流れを受けて呼称選択の自由度が高まると、上品に響く「主人」という言葉が一般家庭の女性にもよく使われるようになった。民主化され選択の自由の度合が高まったのはよいが、配偶者を表す言葉については、「主人」が、女性の従属性を表す言葉であることまでには、気づかなかったという点が逆説的である。
3.「主人」の使用についての3つのタイプ 
「主人」という言葉のとらえ方とその使用については、大きくは次の3つのタイプに分けることができるだろう。
①「単なる符号」と捉え、使っている人
「主人」という言葉に問題があるとする人がいるのは知っているが、自分は、配偶者を「あるじ」、「仕える人」とは思っていない。「主人」は、あくまで配偶者を表す記号だと捉えている人
② 使わない人
「主人」という言葉には問題があると意識し、使わない人。
③ 時や相手や場面によって使い分ける人
「主人」という言葉の問題性に気づいているが、相手の反応や場面などを考え、相手や場面に応じて使うときは使うという人。
4.現代大学生の反応
男子学生には、「主人」という言葉の問題性を「論理的」に理解し、他の言葉に替えることに反対しないという立場を取る学生が多い。一方、女子学生は、先述の3つのタイプに分かれる。
 
積極的に「使いたくない」とする人は、そう多くない。まだ身近なものとして考えられなかったり、「問題性」に気づきながらも、現実はどうしたらよいのかわからない、と、意見をはっきりさせられない学生が多い。
 
その原因は、「主人」という言葉の使用の問題は、女性にとっては、現実の問題であるため、理想や理念だけでは考えられないが、男性にとっては、直接自分自身の言語使用にかかわるわけではないので、そのことが、男子学生のほうに、かえって客観的、論理的な反応を引き起こしたと思われる。
5.社会変化の指標としての「主人」という呼び方
「主人」という呼び方を社会変化という観点から見てみると、「戦前の家制度」においては、庶民は、「主人」以外の他の呼び方をしていたが、戦後の民主化と経済発展とともに、一つ上の階級の響きのする言葉を使いたいという庶民が増加したことと関係していそうである。それでは、現代はどうなっているのだろうか? 
6.結語
「主人」という言葉は、女性たち自身が選択することができる言葉であるという意味で、「美人弁護士」、「出戻り」など、ジェンダーに関して問題のある言葉とされる他の言葉とは、異なる。そういう意味で、「主人」という言葉の使用傾向は、「女性たち自身が、今後の日本の社会をどうしたいのか」という目には見えない「意思の総体」を反映する指標となるだろう。
 
参考文献
  • 宇佐美まゆみ(1992)「言語・思考・アイデンティティー」『ことば』13、現代日本語研究会: 52-59.
  • 宇佐美まゆみ(1997)『言葉は社会を変えられる』明石書店
  • 遠藤織枝(1997)『女のことばの文化史』学陽書房
 
(宇佐美まゆみ うさみまゆみ 東京外国語大学大学院教授)
 
 
 
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