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学会誌6号:研究論文2(寄藤・薫)

家族内における両親の自称・相互呼称における非対称性
―アンケート調査の結果から-

寄藤 昂・董 梦

要旨:本研究では、日本語の家族呼称におけるジェンダー的非対称性を明らかにすることを目的として、愛知県内の女子大生188人に対して実施したアンケート調査を基に、先行研究との比較を含めて考察した。父親/母親の子に対する自称においては、先行研究と同じく「(お)とうさん/(お)かあさん」系が最大を占 める結果となったが、その比率において明らかな非対称性が存在することを示した。夫婦の相互呼称においても、「(お)とうさん/(お)かあさん」系は卓越 しているが、ここでも明らかな非対称性が存在するとともに、年齢による差異があることを明らかにした。これらを基に、金丸(1997)、遠藤 (1987)、小林(1992)、米田(1986)らの先行研究と対比しながら考察を進め、この非対称性について検討した。
 
キーワード:人称詞、夫婦の呼称、自称詞、日本語、ジェンダー
1. はじめに
日本語の家族呼称については、これまでに多くの先行研究が発表されている。中心的な研究者の一人である鈴木は、日本の家族内では目上の者が目下の者に直接話しかけるときは、家族の最年少者の位置から相手を指す名称を使って呼び かけることができること、また、目上の者が話しの中でとりあげる人物が、聞き手より目上の親族である場合には、話し手はこの人物を自分の位置からではな く、聞き手つまり目下の者の位置から言語的に把握すると述べている(鈴木,1973,p171)。
 
また鈴木は、日本語の自称詞及び対称詞は、対話の場における話し手と相手の具体的な役割を明示し確認するという機能を強く持っていること、役割の中に は、たとえば男女の別のような生得的なもの、また階級的身分差のある社会での身分、あるいは各種の職業、家族内における親と子の相互関係のようなものがあ ることを指摘している(鈴木,1973,pp180-181)。このことは、日本語の対話における自称詞と対称詞の使い方が原則として非相称的であること を意味する。
 
一方、日本語のもつジェンダー的な偏りについては、いわゆる「女ことば」の研究が圧倒的に多い。
 
日本語のジェンダーに関する研究について、中村(1995)は、「性差研究の結果明らかになった主要な性差は、『女の言語使用は男よりも標準的言語変種 に近い』というものである。この性差には、①女の言語的保守性、②女のより低く不安定な社会的地位、③隠れた威信、④女らしさのアイデンティティーの説明 が与えられてきた。これらの説明を詳細に見ていくと、すべて、女の言語使用はみな同じであることを前提にしているのが明らかになる。」(p207)と従来 の研究を批判し、「女ことば」は支配集団に使われたり学校で教えられる「規範化」の過程で「権威」を与えられたものであり、女の社会的地位あるいは社会的 役割に動機付けられていると考えられる、と述べている(中村,1995,pp211-213)。
 
「呼称」や「人称」に内在するジェンダー性に注目した研究の一例として、小林(1999)は、女性専用自称詞の衰退と男性専用対称詞の使用という傾向が 生じていることを指摘する一方で、全体的には女性<あたし>と男性<ぼく・おれ>ははっきり分かれているとしている(小林,1999,pp134- 135)。しかし、この小林の記述は「職場」における日本語使用に関する研究によるものであり、家族内など私的な場面には適用し難い。
 
本研究の目的は、アンケート調査を中心に日本語の家族、特に両親の相互呼称と自称に現れるジェンダー的非対称性の存在を明らかにすることである。
2.先行研究
2.1 概要
 
家族内における夫婦の呼称に関する研究では、「家内」「主人」といった役割呼称の強さや、公的・私的な状況による使い分けに注目した研究が多い。
 
遠藤は、1985年に東京都のサラリーマン家庭の主婦 122名を対象として「自分の配偶者のことを第三者に話すときどのように呼ぶのか」に関する詳細な調査を行い、改まった場合では「主人」が79%を占め、 次いで姓(苗字)が14%となる、またくだけた場合では主人が62%、それ以外は姓や「パパ」などと分散する、という結果を示している(遠藤,1987, pp14-15)。
 
米田も1986年に行なった同様の調査で、夫の留守中に電話が恩師からかかってきた場合、妻の72%が、また友人からかかってきた場合63%が「主人」 と呼び、他はわずかであること、一方妻の留守中の夫の場合、改まった場面(恩師に対して)、くだけた場面(友人に対して)とも名前と「家内」に分かれるこ と。「家内」は友人の場合より恩師の場合の使用率が高く、「名前」は逆の傾向であること。「家内」は高年齢層に多いのに対して「名前」は若くなるにつれて 使用率が高くなっていること。主語の部分を言わずに済ませる人の率もかなり高いこと。などを指摘している(米田,1986,p21)。
 
一方、夫婦の相互呼称についての調査・研究では、金丸(1997)、小林(1992)などがある。これらについては次節で紹介する。
 
これらに対して、家庭内において両親が自分の子に対して自分をどのように呼ぶのか、という「自称」に関する先行研究は見いだすことができなかった。
 
2.2  夫婦の相互呼称に関する金丸の調査
 
金丸によると、日本では、夫婦が「おとうさん」「おかあさん」といった父称、母称で相互に呼び合うことが最も一般的である。そのほか、夫が妻のことを名 前で呼び捨てたり、「おい」というぞんざいな応答詞で呼びかけることが多いのに対し、妻は名前に敬称である「サン」をつけたり、丁寧な代名詞「あなた」で 呼ぶことが多いと述べている(金丸,1997)。
 
表1は金丸(1997)が宮城県総合衛生学院で行ったアンケート調査の結果である。
「あなたのご両親は普段家庭でどのように呼び合っていますか?」という質問に対し、101名の女子学生が回答している。彼らの両親の調査当時の平均年齢 は父親が約54歳(昭和18年生)、母親が約52歳(昭和20年生)である。
 
表1 夫婦の相互呼称(金丸調査)
妻→夫 夫→妻
 ■(お)とうさん系  80.1%
おとうさん、パパ、おとうちゃん
とうちゃん、おど
■(お)かあさん系  51.2%
おかあさん、かあさん、おっか
おか、かあ
■名前系       9.6%
名前+サン、愛称
■名前系      27.1%
名前、愛称、名前+チャン
  ■おい       17.1%
■2人称系      9.6%
あなた、あんた、おめさん
■2人称系      4.7%
おまえ、おめえ、あんた、ユー
136(100%) 170(100%)
                  (金丸,1997,p24から再構成注1
 
表1によると、母親から父親を呼ぶときは「おとうさん」系が80%近くを占め、父親から母親を呼ぶ呼称としては「おかあさん」系が最も多いものの51% にとどまり、名前の呼び捨て、そして「おい」なども約20-30%に達している。
 
 2.3  夫婦の相互呼称に関する小林の研究
 
表2は小林(1992)が知り合いの夫婦17組にどのように呼び合っているかを調査した結果である。
 
夫30代、妻20代という比較的若い夫婦では、互いに「あなた」や愛称、また名前に「ちゃん」をつけて呼び合っている傾向があるが、30歳代以上では、 「おとうさん」「お母さん」「パパ」「ママ」と呼び合う例が多くなる。つまり、子供ができてからは子供の立場からお互いを呼び合うという傾向が現れてい る。(小林,1992,pp14-16)
 
表2 17組の夫婦の呼び方(小林調査)
  夫年代 妻に対する呼称 妻年代 夫に対する呼称
30 あなた、愛称 20 あなた、愛称
30 ○○ちゃん 20 ○○ちゃん
30  あなた、お母さん 30 あなた、お父さん
30 ○○、お母さん 30 お父さん
30 ○○ちゃん、お母さん 30 ○○ちゃん、お父さん
30 あなた、○○ 30 あなた、○○さん、○○ちゃん、お父さん
30 呼ばない(おい、ちょっと) 30 あなた、お父さん
30 おまえ 30 お父さん
30 ○○ 30 ○○ちゃん
40 おばちゃん 30 ○○ちゃん
40 おまえ 40  あなた
40 お母さん 40 お父さん
40 きみ 40 あなた、愛称
50 お母さん 50 お父さん
50 おまえ、○○、お母さん 50 あなた、お父さん
50 ママ 50 パパ
60 あんた、お母さん 60 あなた、お父さん
        (注)○○→名前を表わす        (小林,1992,p15)
3.アンケート調査
3.1 調査の方法と経過
 
本研究ではアンケート調査を実施した。調査は2004年10月、中京女子大学の1年生を対象として全学科共通科目と健康スポーツ科学科基礎科目の授業、 さらに短期大学部の授業において、各授業担当教員に依頼して実施した。その結果、29名、19名、140名、合計188名の学生から回答を得ることができ た。ただし、集計にあたって部分的な無回答や無効回答を除外したため、集計対象人数は質問ごとに若干変動している注2。また、学年、専攻の違いによる有意差は認められなかった。
 
アンケートの内容は、1「学生自身は、父親/母親に直接何と呼びかけるか」、2「学生自身は、第三者に対して自分の父親/母親のことをどう呼ぶか」、3 「学生の父親/母親は、学生に対して自身をどう呼んでいるか」、4「学生の父親/母親は、学生に対してそこにいない妻/夫のことを何と呼ぶか」、5「学生 の両親は、家庭の中で互いにどう呼び合っているか」、という五つの質問群で構成され、各々を父親と母親に細分している。さらに、回答学生の年齢、出身およ び両親の年齢を含め、合計16問で構成しているが、本稿では「質問3・自称」と「質問5・相互呼称」についてとりあげる。
 
本稿で検討する「自称」とは、あくまでも親が子に対して発話したときの「自称」である。ただし、対象となったのは大学女子学生であるので、一般的な意味 での“子供相手”ではなく、ほぼ対等の人格をもつ相手への発話と考えられる。
 また「相互呼称」についても、“当事者”への直接調査ではなく、言わば“目撃者”としての学生による回答である。これは間接的であるという短所もある が、一方で自己回答にありがちな“規範化”“美化”といった歪みを少なくする効果も認められる注3
 
3.2 父母の自称
 
3.2.1 集計結果
 
「あなたの父親/母親はあなたに対して自分のことをなんと呼びますか」という質問に対して、170名の学生が回答した。表3と表4はその結果である。
 
 「(お)とうさん」「(お)かあさん」系に分類される呼び方は、方言や「パパ」「ママ」を含めて50%と62%を占め、次に「おれ、ぼく」や「わたし、 あたし」という第一人称の使用が多く、「名前」で呼ぶのは少なかった。
 
これをさらに詳細に見ると、「(お)とうさん」「(お)かあさん」系の使用で母親が約12ポイント上回るのに対し、「おれ、僕」「私、あたし」系の使用 では逆に父親が約10ポイント上回ることが注目される。
 
表3  父の自称
回答 人数
(お)とうさん系 85 50.0
おれ、僕系 75 44.1
名前・他 10 5.9
総計 170 100.0
表4  母の自称
回答 人数
(お)かあさん系 106 62.4
私、あたし系 59 34.7
名前・他 6 3.5
総計 170 100.0
 
3.2.2 父親/母親自身の年齢と自称
 
ここで、父親/母親が子供に向かって自分を称する呼称と自分自身の年齢の関係を調べるため、クロス集計を行った。結果を表5に示す。
 
表5を見ると、全体的には、「(お)とうさん系」と「おれ・僕系」を使う父親の割合は拮抗しているのであるが、詳細に見ると40代後半において「(お) とうさん系」の使用が突出している。40代前半、50代前半・後半では「おれ・僕系」が「(お)とうさん系」より多く使われているのと比べて際立っている。
 
表5 父の年齢と父の自称
  (お)とうさん系 おれ・僕系 その他 総 計
  父の年齢 人数 人数 人数 人数
  40代前半 8 47.1 9 52.9 0 0.0 17 100.0
40代後半 32 59.3 19 35.2 3 5.6 54 100.0
50代前半 24 42.1 32 56.1 1 1.8 57 100.0
50代後半 11 44.0 12 48.0 2 8.0 25 100.0
60代前半 4 50.0 4 50.0 0 0.0 8 100.0
総 計 79 49.1 76 47.2 6 3.7  161 100.0
 一方、母親の年齢と質問3のクロス集計を行った結果を表6に示す。全ての年齢階層において、「(お)かあさん系」を使う母親が「わたし系」を上回ってい る。特に、最も若い層である40代前半における「(お)かあさん系」の比率の高さが目立っている。また、50代前半がこれとは対照的に「わたし系」と 「(お)かあさん系」の比率が最も接近している。
 
表6 母の年齢と母の自称
  (お)かあさん系 わたし系 その他 総 計
母の年齢 人数 人数 人数 人数
40代前半 26 70.3 11 29.7 0 0.0 37 100.0
40代後半 43 60.6 26 36.6 2 2.8 71 100.0
50代前半 27 56.3 19 39.6 2 4.2 48 100.0
50代後半 7 63.6 4 36.4 0 0.0 11 100.0
総 計 103 61.7 60 35.9 4 2.4 167 100.0
3.3 母親・父親の相互呼称
 
3.3.1 集計結果
 
質問、「ご両親は家庭の中でお互いにどのように呼び合っていますか」に対し、179名の学生が回答した。表7と表8にその結果を示す。
 
母親から父親に向かって呼ぶ呼称では、「(お)とうさん系」が約74%を占め、「名前」が約15%で続き、「あなた」「なし」はそれぞれ5%以下であっ た。
 
父親から母親に向かって呼ぶ呼称では、「(お)かあさん系」が62%を占め、「名前」が22%で続き、「なし」は9%、「あなた・おまえ」は4%で、こ こでも母親の「(お)とうさん系」使用が大きく上回っている。
 
表7 母から父への呼称
回答 人数 %
(お)とうさん系 132 73.7
名前 26 14.5
あなた 8 4.5
なし・他 13 7.2
総計 179 100.0
表8   父から母への呼称
回答 人数 %
(お)かあさん系 111 62.0
名前 39 21.8
あなた・おまえ 7 3.9
なし・他 22 12.3
総計 179 100.0
 
3.3.2 母親/父親の年齢と相互の呼称
 
「母の年齢」と「父への呼称」のクロス集計を行った。結果を表9に示す。表9を見ると、母(妻)から父(夫)に向かって「(お)とうさん」と呼ぶのは、 40代後半から50代前半にかけて著しく多く、それぞれ約73%、71%を占めている。40代前半と50代後半ではやや少ない。
 
 「名前」で呼ぶのは、40代前半が一番多く27%を占め、一方50代後半では僅か9%と年齢が上がるとともに比率が下がる傾向が認められる。これとは反 対に、人称詞「あなた」で呼ぶのは、50代後半が一番多く、年齢が下がるにつれて減る傾向が見られる。
 「なし、ねえ」などの省略表現は、50代後半において多い他は目立った傾向はない。

表9 父の呼称
  (お)とうさん系 名 前 あなた なし・ねえ等 総 計
母の年齢 人数 人数 人数 人数 人数
40代前半 24 64.9 10 27.0 1 2.7 2 5.4 37 100.0
40代後半 57 78.1 9 12.3 3 4.1 4 5.5 73 100.0
50代前半 35 72.9 8 16.7 3 6.3 2 4.2 48 100.0
50代後半 6 54.5 1 9.1 2 18.2 2 18.2 11 100.0
総 計 122 72.2 28 16.6 9 5.3 10 5.9 169 100.0

「父の年齢」と「母への呼称」のクロス集計を行った結果を表10に示す。
 表10を見ると、父(夫)から母(妻)に向かって、「(お)かあさん」と呼ぶのは、60代前半が75%を占めて目立っているが、全体として特定の傾向は認められない。「名前」で呼ぶのは、40代前半で一番多く約29%を占める一方で60代前半が明らかに少なくなっており、大きくは年齢とともに名前で呼ぶことが減っている。

人称詞「あなた・おまえ」で呼ぶのは、50代後半が突出しており、その中でも「おまえ」は50代に「あなた」は40代前半に集中している。「なし、ねえ」などの省略表現についても、年齢的に特定の傾向は認められなかった。

表10 母の呼称
  (お)かあさん系 名 前 あなた・おまえ なし・ねえ等 総 計
父の年齢 人数 人数 人数 人数 人数
40代前半 9 52.9 5 29.4 1 5.9 2 11.8 17 100.0
40代後半 38 71.7 11 20.8 1 1.9 3 5.7 53 100.0
50代前半 38 61.3 13 21.0 2 3.2 9 14.5 62 100.0
50代後半 15 55.6 6 22.2 3 11.1 3 11.1 27 100.0
60代前半 6 75.0 1 12.5 0 0.0 1 12.5 8 100.0
総 計 106 63.5 36 21.6 7 4.2 18 10.8 167 100.0

4.考察
大学生の子に対する「自称」においては、父親と母親の間に一定の差異=非対称性が認められた。すなわち、父親では「(お)とうさん系」と「おれ・ぼく 系」がほぼ拮抗しているのに対し、母親では「(お)かあさん系」が全ての年齢階層で「わたし・あたし系」を上回り、全体では62%対35%となっている。 年齢階層別には一定の差異が認められた。
 
「相互呼称」においても、「(お)とうさん系/(お)かあさん系」の使用が、「父→母」では62%であるのに対して「母→父」では74%と12ポイント の差が見られ、対照的に「名前」では「父→母」が7ポイント上回るなど、明らかな非対称性が認められた。
 
この「相互呼称」についても、一部に年齢階層による差が認められたが、その差異の程度は経験的に知られる範囲を超えるものではなかった。例えば「母→ 父」において、「名前」と「あなた」については「年齢階層」との間に相関が認められたが、これが「年代」によるものか「世代」によるものか本調査のみで判 断することはできない。
 
「年代」による違いであれば、今の若年層も年齢を重ねることで呼称を変化させ、次第に年長者と同様になるはずである。しかし「世 代」による違いであれば、年齢を重ねても現在と変わらない呼称を使い続けると考えられるからである。
 
自称・相互呼称の非対称性と年齢階層との関係をさらに考えるために、「(お)とうさん・(お)かあさん系」の比率のみを図化したのが図1である。父親の 60代前半についてはサンプル数が少ないこと、傾向が大きく異なることから除いている。
 
図の実線は「自称」における「(お)とうさん・(お)かあさん系」の比率であるが、父親と母親の年齢階層による変化が近似したパターンを示していること が読み取れる。夫婦の平均的な年齢差を考えると、この2つの曲線の近似は一層強いものとなる。
 
一方、破線で描いているのが夫/妻に対する呼称における「(お)とうさん・(お)かあさん系」の比率であるが、ここで注目されるのは母親の年齢階層別の 変化が特異なパターンを示すことである。
 
すなわち、父親は「(大学生の)子に対する自称で「(お)とうさん系」を使う比率と、妻を「(お)かあさん系」で呼ぶ比率の傾向が一致しているのに対し て、母親ではそれが全く異なる傾向を示しているのである。
 
図1 自称/相互呼称における「(お)とうさん・(お)かあさん系」の比率と年齢階層
 
このことは、「役割人称の使用が母親に多く見られる」という全体的傾向だけでなく、その使用において何か父親とは異なる要因が存在するのではないか、と いう疑問を抱かせるのである。
 
中村の論に従えば、娘を女子大に進学させている、すなわち中流階級以上の社会的地位にあると考えられる母親たちにおいて、「女ことば」を使う圧力は当然 強いはずである、ということで調査に表れた非対称性は説明し得るのであるが、家庭内での私的な会話の実態をかなり“暴露的”に回答していると考えられる今 回の調査結果について、筆者らは別の印象をもっている。
 
それは、実際の母親たちが“社会的圧力”に自覚的・無自覚的に沿っているというよりも、むしろ父親たちと母親たちの間で「役割意識」あるいは「夫婦の関 係」に関する心理的なズレがあるのではないか、ということである。母親の意識の中に、家庭内における“母”という役割がポジティブにかつ強固に形成されて いるのに対し、父親の意識の中では “夫”という役割が“父”という役割と混在していることが、このような結果となっているのではないか、と考えるのである。
 
これはあくまでも仮説であり、これ以上の分析は本調査の範囲では困難である。回答した学生の家庭環境についても両親の年齢しか問うていないが、これは授 業という強制力のある場を利用して調査するため、詳しい個人情報を回答させることが不可能であったためである。
 
いずれにせよ、ここに現れた結果で語り得ることは限られる。家庭環境、特に親の生活スタイルは大きな要因であることから、自発的回答者による詳細な調査 が必要である。また、前出の「年代」と「世代」の問題を解明するためのコーホート調査も実施してみたい。そして何よりも、男子学生への調査を加えて、より 深い分析を進めたいと考えている。
 
 
  1. 金丸(1997)の24ページの表を基に筆者らが再構成した。本文に戻る
  2. 留学生は含まれていない。在日外国人の学生で家では「母国語」の人称を使うという回答があったが翻訳はせず、「その他の呼称」とした。また親の年齢 のみ無回答というものもあったが、年齢とのクロスを除いて集計対象に含めた。本文に戻る
  3. 「おかん」「おとん」といった方言や、「○○クン」(母→父)などといった「本人回答」では隠される可能性のある呼称がかなり回答されている。調査 時に見る限り、学生たちは親への愛情を示しつつ“暴露”を楽しんでいるようであった。本文に戻る
参考文献
  • 遠藤織枝(1987),『気になる言葉-日本語再検討―』,南雲堂
  • 金丸芙美(1997),「人称代名詞・呼称」, 井出祥子編『女性語の世界』,明治書院,pp15-32
  • 小林美恵子(1992),「好きだから『おまえ』なんて―パートナーの呼び方」, 遠藤織枝編『女性の呼び方大研究―ギャルからオバサンまで』,三省堂,pp11-53
  • 小林美恵子(1999),「自称・対称は中性化するか?」,現代日本語研究会編,『女性のことば・職場編』,ひつじ書房,pp113-137
  • 鈴木孝夫(1973),『ことばと文化』,岩波書店
  • 鈴木孝夫(1996),『教養としての言語学』,岩波書店
  • 中村桃子(1995),『ことばとフェミニズム』,勁草書房
  • 中村桃子(2002),「「言語とジェンダー研究」の理論」,『言語』,Vol31-No2,大修館書店,pp24-31
  • 三輪正(2000),『人称詞と敬語―言語論理学的考察』,人文書院
  • 湯川純幸・斉藤正美(2002),「イデオロギー研究としての「日本語とジェンダー」研究」,『言語』,Vol31-No2,大修館書店,pp32-37
  • 米田正人(1986),「夫婦の呼び方」,『言語生活』七月号,筑摩書房,pp18-21
(寄藤 昂 よりふじ・たかし・中京女子大学人文学部教授/
董 梦 とう・もう・ 名古屋大学大学院国際開発研究科博士前期課程)
 
 
 
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