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学会誌4号:論文3(太田)

国語教科書をジェンダーの視点で検証する
太田 美恵子

要旨:「男女共同参画」という政策が日本でも推進されているせいか、私達の生活に最も身近な市のレベルでのそうした取り組みが多くなってきている。今回は、東 京23区外の多摩地域での中心地となりつつある立川市で行われた2つの女性セミナー(2002年9月・2003年2月)での「ジェンダーと教科書」に関す る実際の模様をお伝えすると共に、子供を持つ父兄が最も聞きたい文部科学省認定の「教科書」を基に授業をする教師側の“生の声”をご協力頂けた範囲内での 数名のご意見をご紹介しながら、義務教育課程の小学校・中学校、それから高校での教科書について、自分達が使用した時代の教科書や授業の様子を思い返しつ つ、ご一緒に考える事が出来れば幸甚である。なお、「中学校の国語教科書」を編集している光村図書と学校図書の女性編集者の“生の声”も明記するが、「国語教科書とジェンダー」に関する企画はまだ 立川市でも立ち上がっておらず、私が個人的にしかも昨年秋からの短期間で調査した途中経過であるため、不充分な点が多々あると思われるが、今後こうした研 究が一層盛んになる事を祈りつつ、ご助言・ご協力を頂きたく願っているので、何卒ご了承願いたい。

キーワード:男女共同参画・ジェンダー・教科書・国語・副教材・テーマ別学習・小説

1.はじめに―東京と立川の歴史を辿って―

東京での国語教科書使用の模様を語るに当って、意外に日本の首都“東京”及び多摩地域の中心である“立川”の地理や歴史が日本人にさえ把握されていない ようであるので、海外から日本に来た人達にはなおさらであろうから、ここで簡単に私が調査できた範囲内でご紹介しておきたい。日本のような狭い国でも、地域ごとにこんなにも特徴があり、こうした中でジェンダーという新しい視点からの公教育、しかも日本史と密接した国語という教科の教育が如何に難しいか、をご理解頂けると思う。

現在、立川市の市長は青木久氏であるが、都立立川高校の前身である東京府立第2中学校39回卒で、同期には防衛庁長官を務めた石川要三氏、そして著書 「武蔵野ものがたり」で立川の旧家を通して歴史を辿った、元文化庁長官であり作家:曽野綾子氏のご主人である三浦朱門氏など、男子校であった戦前は多くの 有名人を輩出したが、戦後男女共学となった同校に入学した女性らがどのような活躍をしているかは正直なところ余り耳にしていない。

三浦氏の調査によると、青木氏の先祖は戦国時代越後の上杉謙信と互角のままで勝敗はつかなかったものの才能の誉れ高い武田信玄の家臣であったらしいが、 信玄亡き後息子の勝頼が継いだものの鬼才織田信長・徳川連合軍により滅び、生き残った家来達などが甲州街道を伝わって、その頃は荒れ野であった現在の東 京・立川周辺に居を構えたという事である。映画などで“風林火山”―疾き事風の如く、静かなる事林の如し、侵略する事火の如く、動かざる事山の如し―とい う武田騎馬軍団の旗に書かれた文字を目にした方は多いのではないだろうか。

武田信玄の家臣達は様々に姓を変えて現存している事は分かったが、ライバルの上杉謙信の家臣達はどうなったのかと、立川市中央図書館にある「戦国時代人 名辞典」なるもので調べてみると、上松頼母という名前と墓碑銘が分からなくなった墓石がごろごろしている写真が目に留まった。どうも武田と上杉の血を引い ている者らしいが、政略結婚が上手くいかなかったのか、気の毒な事に寺の住職でも始末に困る状態になっているらしい。

そこから、教科書にも時代劇でも出て来ないのだが、一粒種と言われた勝頼に妹のいる事が名前は明記されていないが分かった。武田勝頼で「インターネット 検索」をしてみると、彼には姉も妹もいて、そのうち菊という武田信玄の4女に当る妹が22歳の1579年、上杉謙信の養子かつ後継者で25歳の上杉景勝に 嫁いでいる。上杉謙信に妻も妾もいない事から、養子を長尾正景の2男:上杉景勝と北条氏康の息子:北条氏政とを迎えた訳だが、謙信の死後に家督争いとな り、武田勝頼は最初の妻である織田信長の養女:遠山雪が亡くなった後暫く独り身だったのだが、1577年北条氏康6女で氏政の妹蘭14歳を32歳の時正室 に迎え一女が産まれたのだけれども、妻の兄:氏政と妹の夫:景勝が争い始め、妹の嫁ぎ先を支持したために、妻の実家:織田家と北条家それに加わった徳川家 の連合軍に滅ぼされたという経緯があった。

それでは、上杉景勝の正室となった武田勝頼の妹:菊は幸せな夫婦生活を送れたかというと、インターネット情報では夫:景勝の“ラブ・トーク”は上手くな かったようで、菊が不満に思って尋ねても納得できるような回答は得られなかったとの事である。景勝と菊との間には1人息子:定勝が産まれたと言われ、この 上杉定勝は佐賀藩:初代鍋島勝茂の娘である市を妻に迎え、菊と虎という姉妹がその間に産まれ、姉の菊は前田利家の孫で加賀藩の前田利治に嫁ぎ、妹の虎は母 の実家で2代目鍋島光茂に嫁いでいるが、江戸城の松の廊下で赤穂藩主:浅野内匠頭が恨みの余り切りつけた吉良上野介の妻も定勝の娘であり、菊と虎とは異母姉妹だったというのである。

今年2003年は徳川家康が東京の前身:江戸に幕府を開いてから400年目を迎えるという事で、様々な記念事業が催されるようである。家康が関が原の合 戦にも伴ったという側室の勝は、江戸幕府の礎となる「江戸城」を築いた室町時代の武将:太田道灌の子孫であるらしい。長尾景仲の娘を母に持つ太田道灌だ が、その才を妬んだ主君:上杉定正に伊勢原市上粕谷の館に招かれ入浴中に、道灌を守ろうとした7人の家臣と共に暗殺されている。

太田道灌は歌人としても知られるが、“山吹伝説”は余りにも有名である。鷹狩りに出て雨に遭い、雨具の蓑を借りたいと農家に立ち寄ると、“少女”が山吹の花一輪を差し出したが意味が分からず帰ったところ、近臣の中村重頼が「後拾遺集」の醍醐天皇皇子:中務卿兼明親王が詠まれた“七重八重 花は咲けども  山吹の 実の(蓑)ひとつだに なきぞ悲しき”が出典であると告げた。その後道灌は歌道に勤しみ、江戸城で歌会を開くまでになるというのだが、この少女と 道灌とのエピソードは心温まるものではないか。

平安時代の大陰陽師の末裔:三善里沙子氏の最新刊「東京魔界案内」(P.72-82)では、「江戸」という地名は鎌倉幕府の正史「吾妻鏡」に出てくる江 戸太郎重長の一族が平安時代以降住んでいた事に因んでおり、太田道灌はその末裔から土地を買い江戸城を1457年築いたという事なのだが、この江戸太郎は 今から一千年以上の昔平安中期の939年関東を平定していた桓武天皇の子孫:平将門に連なる血筋だというのである。将門を討った俵藤太(藤原秀郷)の妹: 桔梗は将門の愛妾であったというのだが、将門は女性には優しかったそうで、男性中心社会となお非難される今日の日本で、非業の死を遂げた太田道灌共に人気 があるのもそうした“レディー・ファースト”気質ゆえだからだろうか。

2.立川市女性セミナー(2002年9月・2003年2月)講座

日本全国で「女性のためのエンパワーメント」「男女共同参画」講座が開かれているようだが、ここでは立川市で開催された2つの企画の模様をかいつまんでお伝えしたい。

2.1「教科書をのぞいてみれば―ジェンダーの視点でチェック!―」於:立川市女性総合センターアイム(2002年9月29日)企画・運営:女性のためのエンパワーメント講座第7回「ワークショップに挑戦」受講者約5名(太田・柴田・多田・畑野・松田)
 立川市では平成8年から、初回に1名の女性講師(評論家 駒野陽子、ジャーナリスト コリ―ヌ・プレ、ジャーナリスト 福沢恵子、山梨県立女子短期大学 教授 米田佐代子、フリーライター 上野いく子、一橋大学教授 関啓子)によるエンパワーメントに関するテーマ別「公開講座」の後、自主グループの有志参 加による「ワークショップ」(わくわく会・ウェル・ゆうきの会・ほのぼの会・わはは会・エンパワーズ)を開催してきたようである。今年は例年と少し趣向が 変わり、(有)インフォメーション・プランニング代表:結城美惠子氏の初回公開講座の後、男女共生係井上係長の誘いなどでばらばらに集まった主に立川市在 住の主婦が“夫と子供のいる家庭生活ではあるけれども”常日頃不満に思っていた事の中から問題を絞り、「ワークショップ」として一般に問題を提起して企画 者・参加者一緒に解決の糸口を探ろうという趣旨になったらしい。

第7期の受講者は2つのグループに分かれ、9月29日午前中約2時間で一般に公開された「ワークショップ」のグループでは「小学校低学年算数の教科書」 の“挿絵”をジェンダーチェックした後に、当学会の有志の先生方にもご協力頂いた「アンケート集計結果」:①クラスの名簿の順番(男女別・男女混合)②名 前の呼び方(さん・くんなど)③身体検査の順番(男・女・名簿順など)④教科書のイラストや文章表現中の男女差別・性別役割分業(有無)⑤掃除などの男女 役割分担(有無)⑥その他教室内のジェンダー⑦隠れたカリキュラム(未知・既知)発表があり、それから「隠れたカリキュラム」というビデオの一部を見て ディスカッションを行なった。
 参加者は20代から70代に渡るが、20代早々に結婚した男女が離婚したくなる年代も40代に多いという事が反映され、40代・50代の子育てが一段落 した女性が最も多く、動機として日頃女性の扱いに疑問を感じていたところ今回こうしたワークショップが開催されたのでテーマに惹かれて参加したという事で ある。「教科書をのぞいてみれば…」のワークショップではテーマ・教科書のチェック・ディスカッションが好評であった。

2.2「男の子と女の子の同じところはなあんだ?」於:立川市健康会館内高松公民館

(2003年2月6日)講師:「ノルウェー男女平等の本を出版する会」代表 荒川ユリ子 
URL:http://www.original-style.com/BOOK/

このセミナー(計3回)は立川市で初めて開催されたもので、第1回目は早稲田大学大学院生でノルウェーからの留学生:アンネ・ランデ・ペータースさんに より北欧ノルウェーのお国事情や生活・学校の様子などの説明があり、第2回目と3回目にジェンダー・フリー教育の先進国ノルウェーで出版された子供用(小 学校1年生から中学生)6冊と教師用マニュアル2冊の翻訳・出版に携わっている代表者:荒川ユリ子氏により、具体的に本の内容に関して説明・解説がOHP 使用などの手法を用いてなされた。ノルウェーで生徒が使用している教科書は、全て“ジェンダー”の視点から検証済みのものであるそうだ。ノルウェーが決し て天国ではなく、日本にも良い点がたくさんあるが、女性も男性も共に“仕事と家庭の両立”が出来るノルウェーのゆとりある暮らしには学ぶべき物が大いにあ るという荒川氏の言には非常に感銘を受けた。

3.「国語教科書」に関する様々な意見と考察

―千葉県及び東京都立川市の公立校と都内私立中高一貫校との比較を基に―

本発表のメインテーマである文部科学省認定「国語教科書」に関しての様々な問題を「国語教科書批判」の著者で元千葉県公立中学校教諭:安藤操氏(現千 葉・秀明大学)と“東京大学に一番近い女子校”として注目を浴びている東京都私立桜蔭学園国語科講師:矢萩礼子氏と英語科教諭:植野伸子氏から伺ったご意 見並びに「光村図書」と「学校図書」の中学校教科書編集に携わっている橋本真里氏と真鍋桃子氏から伺った編集方針を基に、中学校国語教科書に掲載されてい る“小説・物語”を検証してみたい。

3.1千葉県公立中学校(元教諭:安藤操氏)・東京都立川市公立中学校及び都立立川高校(同窓生:高5期 森田八重子氏)・東京都私立桜蔭学園中学高等学校(同窓生兼国語科講師:矢萩礼子氏及び英語科教諭:植野伸子氏)における実態と意見

千葉県でベテラン国語科教諭だった安藤操氏は、その著書「国語教科書批判」で公立校でしかも国語という窮屈な教科の中で生徒の創造性を伸ばしてやるには “思い切って国語教科書を使わず、図書館で各自好きな本を紐解き、‘テーマ’を決めた討議や意見発表・好きな詩の朗読などをした方が良い”という大胆な意 見を最初から吐露し、使用教科書の問題点として‘教科書検定’はさる事ながら‘広域選択’という方法が‘教育現場を無気力にし、ユニークな教科書編集を妨 げている’と公立高校なら各校が教科書を決定できるものの公立中学校は各教育委員会が決めるという事らしいが真相は藪の中であるようだ。‘表現の自由が一 握りのエリートやアウト・ロウだけでなく未来を担う全ての青少年に不可欠’とし、1972・1978年の中学校及び1980年の小学校国語教科書を詳細に 渡って分析し、‘殊に光村の手引きは子供と現場教師とをおかしな方向にねじ曲げかねず充分な注意が必要で、作品は学図が良い’(P.135)、中学校の文 学教材(物語・小説・戯曲)では‘学習の手引きに当ってみると、光村以外は、作者の意図に触れている’(P.148)‘新鮮味と編集意欲という点では光村 は停滞している’(P.163)という意見である。立川市の公立小学校・中学校は「光村」を使用しているのだから穏やかではいられないが、早稲田大学文学 部出身で作家兼現立川市教育委員会委員長を勤める志村順子氏からは、この件に関してご回答は未だ頂いていない。

安藤氏曰く、“日本にも世界中の子供がいるのだから‘日本語教科書’の方が望ましいが、戦後の同和教育と同じように、差別用語としてジェンダーの‘言葉狩り’になるのは疑問だ”という事で、‘女性らしさ’‘男性らしさ’の美点まで槍玉に挙げるのは好んではいない。

都立立川高校での使用教科書についてPTAの某役員に伺ったところ、“教科書ガイドを生徒達はよく書店で購入している”と、詳細については口をつぐんだ。東京書籍・三省堂・角川書店出版の物を使っており、現代文1冊・漢文を含んだ古典1冊の計2冊位らしい。

昭和25年当校に入学した森田八重子氏が“あのころのこと”(同窓会会報『紫芳』41)で、3つの事件:①夏に男子は水泳を習い始めたが、‘女子が入る と穢れる’という教師の判断でプール掃除の日にのみ泳ぎが許可された②数学のN教師が授業中に‘女はバカだ’と暴言を吐いた③旺文社のラジオ講座:英文和 訳の部門で銀賞を取り‘志望校’が明らかになったところ、同校同学年の見知らぬ男子生徒に‘志望先のH大に絶対合格できっこない’と嫌がらせを受けた、と 投稿をされていた。当校は‘今年東大合格者ゼロ’になり、“中高一貫校運動”をしていたものの許可されず、‘進学指導重点準備校’として当面改革を行うよ うだ。

都内“私立中高一貫女子校”の桜蔭学園で、教壇に立たれている矢萩礼子氏と植野伸子氏に現在使用している「国語教科書」について情報をお寄せ頂いたので ご紹介したい。ご両人共当学園の卒業生であるからか責任感をよりお持ちで、センター試験や中学入試でお忙しいところご協力頂いた事を感謝する。「国語科教 科書」については当校国語科教諭全員で決め、中学では‘学校図書の検定教科書’・高校では‘右文書院’出版の現代文・古典及び‘明治書院’の古文読本など 現代文3時間・古典3時間(古文2時間・漢文1時間)のカリキュラム通りだが、センター試験が現代文1/2・古文1/4・漢文1/4の割合で出題されてい る為、現代文では‘小説と評論’を重視し、‘漢文’はパターンが決まっていて良い点が取りやすいので力を入れている、と‘進学対応’もきちんとされてい る。紫式部の時代には‘男性が漢文・女性が古文’と思われていたのだから、全く逆の不健康な読書をしてきたのかもしれない。試験対策だけでなく、“自我” が目覚める成長期という事も考慮に入れられ、高1では「三月記」・高2では「こころ」を読むことが必修だが、吉本ばななのような女流現代作家の小説や詩歌 にも目が向けられている。最も試験対策のお蔭か‘古文’は「万葉集」「古今集」「新古今集」「芭蕉・蕪村」をまんべん無く読み、武蔵・学芸大のような大学 付属の高校で大学入試を気にしないですむせいか、1年間担当教師の好きな物(例:江戸時代の版本・源氏物語)で読み通しを強いられたという事にはならず、 オーソドックスで教師の好みに偏らないという事だ。

「教科書」だけでなく「副教材」として中学では‘正進社の文学シリーズ’・高校では‘明治書院の現代評論文選’から適宜選び、さらにオリジナルのテキス トやプリントも使用しているという先生方も非常に研究熱心で意欲的である。また当学園の中学校3年生には、有名な「自由研究」(URL: http://www.oin.ed.jp/)という各自好きな“テーマ”で調査・研究をし高校入試が無い代わりに中学卒論のような形で提出する事が慣例 となっている。

3.2「中学国語教科書」:‘光村図書’と‘学校図書’の“編集方針”に関する意見と考察

“ジェンダー”という視点から編集をどのようにしているかと伺ったところ、光村図書の橋本真里氏からは‘そのような視点からは全く考えた事が無い。挿絵 や教材を選ぶのには注意を払っているが、人間全体で物事を考えているので、女性・男性という性差から見た編集はしていない。’と短刀直入な返答であった一 方、学校図書の真鍋桃子氏からはすぐにA4版2枚に渡って電子メールによる回答があった。‘常にジェンダーについては配慮しており、①なるべく女性の書き 手の教材を積極的に掲載する②イラストや挿絵などで男女の配分に配慮する 例1:特に群像(大人数)が図やイラスト内にあるときは女性の数を男性より多く する 例2:女性=専業主婦という像は極力避ける③短歌など比較的女性の作家の多い分野については女性作家を多く取り上げている④生徒の作文例などでも女 性をとりあげるようにして全体のバランスを取る’という事だが、物語などで登場する母又は主婦としての女性像の場合は変更せずそのままにしており、明らか に分かるようなあざといジェンダーの教材は無く、配慮は以上のようにしているものの表面では分からないようにしているそうだ。

光村の編集趣旨要項を拝見すると、「読むこと」の配慮として冒頭に‘リード文’を付けたという事だが、「小説・物語」では作者・訳者とも男性ばかり7人 で女性作家や翻訳家が出て来ない。中2の‘葉っぱのフレディ’という物語の翻訳家:みらいなな氏がたった一人の女性で、またノーベル文学賞作家:ヘルマ ン・ヘッセの‘少年の日の思い出’やその候補となった太宰治の‘走れメロス’も良く言えば応用、選択図書としての扱いになっていた。

学校図書では「読むこと」を4種類に分け、最初に「小説・戯曲」を挙げ、‘中学校・高校では行間にしか表れないような作者の気持ちを理解できる力を付け る事がいじめや荒れが社会問題になっている現在こそ必要’で、‘想像力は、特に文学作品に登場する他者に成りきって迷いや揺れを受けとめられる優しくて力 強い言葉に触れることから’とし、自分の内面が深まるように国内外の作品を名作から近現代の良作までバランス良く集めたと分かり易い一覧表にしている。 フィンランドの作品「アルベルト」を冨原眞弓氏・アメリカの「種をまく人」を片岡しのぶ氏と、女性翻訳家は2人登場している。魯迅の「故郷」は勿論、ヘッ セの前出作品も、被爆をテーマとした井伏鱒二の「黒い雨」も入っており、安藤氏が分析した頃から現在に至るまで、当社の意欲的な編集方針が感じられる結果 となっている。

4.おわりに

一昨年の夏頃天満美智子氏(前津田塾大学学長)が、ある新聞記事の‘日本でノーベル賞候補が出にくい背景’として日本のやたらに謙遜する文化と身近な人 の成功を妬む国民性にある、と講演で取り上げられていたが、女性で大学の文学部に進学する率は多いものの、体力のいる「小説」のような長い物を書き上げる のは周囲の無理解などで多くないのか、「国語教科書」で女性作家の「小説」を採用したくても探せども無いという現状である。折角の‘良い種’も良い土壌に 良い肥料を施さなければ開花しないし、その花を周囲が楽しむ事も出来ないのである。日本の男尊女卑文化では、仕事も家庭も両立でき何らの不自由も感じない 男性方と違って、特に才能ある女性が犠牲となり埋もれてきたような気がしてならない。

最近NHKで岸川悦子氏(茨城県竜ヶ崎市在住)という主婦が児童文学作家となり話題を集めている様子が放映されていたが、“魂の再生”をテーマとし、 ‘人は愛されるために生まれてきた、その愛を次代に引き継ぐために生きていく’という、書き終わると肩も背中も痛くなり疲れ切るが“書く事が神から与えら れた自分の使命”という言葉には胸にこみあげるものがあった。今後このような女流作家が若手の中からも生まれる事を願いたい。

参考文献
安藤操著(1980)「国語教科書批判」三一書房
三浦朱門著(2000)「武蔵野ものがたり」集英社
三善理沙子著(2003)「東京魔界案内」光文社
その他 冊子・検定教科書・新聞記事 など

(太田美恵子 おおたみえこ 東京都立川市教育委員会生涯学習課指導協力者)

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