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学会誌13号-第13回年次大会 研究発表要旨(岡本)

メディア・リテラシーとジェンダー
—メディアのマルチモダリティ分析を通した意味構築—
 
岡本 能里子

1.はじめに

現在社会において、多様なメディアを通し、言語のみならず、音声、映像等の複合的な要素によって情報や意味が伝達される。近年では、テクノロジーの発達によって、動画、映像に代表されるビジュアル要素が台頭し、その優位性が認められる。メディア・リテラシー研究は、早くからこの点に注目してきた。即ちテレビでは、音声や画像、新聞においては、レイアウトや紙面の面積などの複合的な要素に注目し、それらの相互作用を通して意味が創出され、メディアが現実を「構成」し、そこにイデオロギーが埋め込まれることを明らかにした。

このような研究の成果は、メディア研究先進国であるイギリス、カナダ、オーストラリアなどでは、既に国語教育、英語教育に取り入れられ、言語がこれらの要素の1つでしかないことを、実践を通して教えている。

一方日本では、言語教育において、文法能力かコミュニケーション能力かという焦点の違いはあったが、基本的には、言語表現能力に焦点が置かれ、非言語要素は副次的なものとされていたといえる。

そこで、本研究では、The New London Groupという英語教育研究者集団が提唱している、‘Multiliteracies’という概念をもとにして、新聞のスポーツ記事を中心に、分析し、いかにジェンダーイデオロギーが埋め込まれ発信されているかを考え、日本語ジェンダー研究への新たな視点を見出したい。

2.メディア・リテラシーとジェンダー研究

2-1 メディア・リテラシーの定義とメディア・リテラシーの8原則

まず、メディア・リテラシーの定義を確認しておきたい。これまでいくつかの定義があげられているが、以下の定義が、コミュニケーションをつくり出すという能動的な視点を射程に入れている点で、本研究での定義としたい。

「メディア・リテラシーとは、市民がメディアを社会的文脈でクリティカルに分析し、評価し、メディアにアクセスし、多様な形態でコミュニケーションをつくりだす力をさす。また、そのような力の獲得をめざす取り組み」 (鈴木1997p.18、2001 p.4 下線筆者)。

その具体的な視座としてカナダ・オンタリオ州教育省が提示しているメディア・リテラシーの8原則は以下のとおりである。

  1. メディアはすべて構成されたものである。
  2. メディア表現は現実を構成する。
  3. オーディアンスは、(メディア表現から)独自の意味を読み取る。
  4. メディアは商業的意味をもつ。
  5. メディアはものの考え方(イデオロギー)と価値観を伝えている。
  6. メディアは社会的・政治的影響力をもつ。
  7. メディアの様式と内容は密接に関連している。
  8. メディアはそれぞれ独自の美的=感覚的形式aesthetic formをもっている

カナダ・オンタリオ州教育省 (1992)

これらの定義と原則に加え、筆者は、OECD DeSeCoプロジェクトにより国際社会に共通となる能力として選択されている以下の「キー・コンピテンシー」を教育実践の基礎として位置づけている。

「言語を含めた多様な道具を媒介として、対象に働きかけ主体的に判断し多様な他者との協働を通して社会を創っていくという能力」 (ライチエン,D.S&サルガニ 2006,岡本2007, 2010)

2-2  リテラシーからマルチリテラシーズへ

The New London Groupの提唱するマルチリテラシーズ(複数のリテラシーズ)とは、規範となる「正しい」「一つの」英語という言語観を認めないことと、言語のみならず意味を伝える複数のモードに着目することである。意味を創り出す複数のモードとして「言語」「視覚」「聴覚」「身体」「空間」をあげており、それらを統合した「多相的なデザイン」を通して意味が構築されるとする。

2-3 メディア・リテラシーとジェンダー研究の相性の良さ

なぜジェンダー研究に必要な視点としてメディア・リテラシーを取り上げるのかについては、正に相性が良いからである。先の8原則の中で特に最も重要とされる原則1は当然のこと、2、5、6に示されているとおり、ジェンダーもメディアも社会文化的に「構成され」ており、それが「現実を構成し」、「ものの考え方(イデオロギー)と価値観を伝え」、「社会的・政治的影響力をもつ」のである。

よって、メディアに埋め込まれ、創り出されるイデオロギーに注目し、クリティカルに分析、考察することは、クリティカルリテラシー育成に貢献するといえるからである。

2-4 背景としてのメディア環境

研究の背景となる現在のメディア環境の特徴として、テレビが生まれてから、最近のインターネットに代表される、多様なメディア出現に至って、文字、音声、動画といった言語のみならず、視覚、聴覚など多様な感覚を総動員させる複数モード(マルチモーダル)のコミュニケーションが日々行なわれていることが指摘できる。その中で特に今回は、視覚的な要素(ビジュアルモード)としての写真に加え、文字のレイアウトをビジュアルモードとして捉え、見出しのことばの意味、写真との相互作用を通してどのようなメッセージが伝えられたのかに注目した。

2-5 ジェンダー研究とマルチリテラシー研究の接点としてのスポーツ記事

今回はデータとしてスポーツ記事を取り上げた理由は以下である。

  1. スポーツは「男らしさ」「女らしさ」「ナショナリズム」などのイデオロギーが埋め込まれやすい。
  2. メディアにおける写真、図、表、イラストなどの複数モードによる意味伝達がなされている。
  3. 「見出し」は、限られたスペースに意味を込め、レイアウトやフォント等で、躍動感や興奮を伝える。
  4. テレビとは異なり、言語による意味伝達が中心であると見られがちな新聞の中で、上記2、3の特徴から、意味伝達の言語偏重の問題点に気づきやすい。

以上から、新たな「日本語とジェンダー」研究の可能性を提示できると考える。

3.分析と考察

3-1   リサーチクエッションと分析手法

以下のリサーチクエッションを設定し、上記メディア・リテラシーの観点から、複数の伝達モードの相互作用を通して伝えられる意味を分析し、考察した。

  1. どのように紙面がデザインされているか
  2. どんなジェンダーバイヤスが埋め込まれているか
  3. どんな価値が伝えられたのか

3-2  データ

今回のデータは以下のとおりである。

1.女子フィギュアスケート バンクーバー五輪 浅田真央 キム・ヨナの記事
朝日新聞埼玉版
2010年 2月25日〜2月26日
韓国版 ネットニュース
 
 2.高校野球 朝日新聞埼玉版
2005年 8月7日〜8月18日
2009年 8月8日〜8月20日

 

4.結論

上記のリサーチクエッションをもとに、新聞記事を分析した。その結果の概要をまとめる。

4-1  女子フィギュアスケート

1. どのように紙面がデザインされているか

写真の位置:浅田が左、キムが右、浅田が後ろ、キムが前に配置されている。
写真の表情:浅田が不安そうな表情である一方、キムが自信あり気な表情となっている。
記事内容:2人が同じ14才であることや、「ライバル」という表現で説明されている。

それによって、以下の意味が伝えられていることを示した。

  ①   ビジュアル・グラマーの観点から、上記左右の配置は、過去=浅田 未来=金という図式になる。
  ② 精神的に弱い浅田と精神的に強いキムという対照的なイメージを創り出す。
  ③ それによって、浅田を応援しないと負けてしまうのではという不安を与え、「国民」みなで弱い女性を応援しようというメッセージを伝えることとなる。

 

2.どんなジェンダーバイヤスが埋め込まれているか

強さにではなく、弱さに女性性を見出し、男性やみなから支えられてはじめて勝てるという浅田のイメージを構成しているのではないか。

更に注目したい点は、韓国版ネットニュースにおいては、2人の位置関係や表情が全く逆になっていたことだ。韓国では、キム・ヨナは、日本で伝えられるような「強いイメージ」ではなく、「国民の妹」と言われ、かわいく頼りないイメージがあるようだ。上記日本と韓国の対照的な記事からも、強さが求められるスポーツという場面においても、弱さという女性性が女性アスリートに付与され、女性というジェンダーが再構築されていく過程が垣間見えるのではないだろうか。

4-2 高校野球

1.どのように紙面がデザインされているか

写真:負けた方の選手にフォーカス
写真の説明:「……が……できず」という定型文が見られる。
例「松商学園の打球に沖縄尚学の比賀が飛びつくが届かず」

上記はボールに飛びつこうとしたが取れなかった写真に付された説明である。ベースに滑り込んだが、アウトになったなど、懸命に戦っている写真が多い。
 見出し:「悔いなし」「燃焼の…」「さわやか」「夢…」という語彙がちりばめられる

2.どんなジェンダーバイヤスが埋め込まれているか

上記の写真と説明、見出しなど、多相的な意味表現体から以下のような点が見出せるのではないか。

① 日本のあるべき青年像の再構築
負けた方への同情、共感
チャレンジした2番目の立場を称賛
努力、ひたむきさ、あきらめない
たとえ適わなくても夢を追うことに価値
② 「高校野球物語」の協働の再構築
 球児のアイデンティティー:
   ① のような姿をもった日本の理想の青年像=日本のあるべき青年アイデンティティー
5.今後に向けて:日本語ジェンダー研究への示唆

新聞のマルチモダリティ分析により、社会実践としてのディスコースを捉えることによって、受信者としても発信者としても、メディアディスコースにおけるジェンダー研究に対して、以下のような示唆が得られると考える。

  1. 多相化する意味表現体による意味構築への気づき
  2. メディアに埋め込まれた権力やジェンダーイデオロギーへの気づき
  3. 自己のジエンダーバイヤスへの気づきと、「常識」の見直し

 日本では、まだ言語教育現場におけるメディア・リテラシーの取り組みでさえ、始まったばかりである。言語教育は、ことばの意味を理解するだけでなく、他者を理解すると同時にことばを使って自己を表現し、社会を構築していく主体を育成することにある。日本語は男女の位相差が大きく、言語におけるジェンダー研究の歴史は長い。しかし、このような益々多相化するメディアの意味表現体にうめこまれたイデオロギーとしての「男らしさ」「女らしさ」についての研究は、まだ少ない。

メディアが創り、再生産するイデオロギーとしての「男らしさ」「女らしさ」「青年らしさ」などの価値観や「常識」をどのように脱構築するか。メディアをクリティカルに読み解き、コミュニケーションをつくり出し、新たな価値を構築し、ジェンダーイデオロギーを脱構築していく能力の育成が急務である。そのための地道な研究は、ジェンダー研究が正に担うに値するテーマであろう。

参考文献

  • Cope, B. &Kalantzis, M.2000: Multiliteracies--Literacy Learning and the Design of Social Futures, Routledge Fairclough, Norma. 1989.Language and Power:Longgman
  • 伊藤 守編2006『テレビニュースの社会学—マルチモダリティ分析の実践—』世界思想社
  • 門倉正美2011「コミュニケーションを<見る>—言語教育におけるビューイングと視読解」『早稲田日本語教育学』第8,9号、115-120
  • 門倉正美・岡本能里子・奥泉香 2008「ビューイング教育を日本語教育に導入する試み」日本語 教育国際研究大会予稿集. pp. 288-291
  • カナダ・オンタリオ州教育省編/FCT(市民のテレビの会)訳1992『メディア・リテラシー-マスメディアを読み解く-』 リベルタ出版
  • Kress, Gunther2003 Literacy in the New Media Age, Routledge
  • Kress, G. &van Leeuwhen, T. 1996 Reading Images--The Grammar of Visual Design, Routledge
  • 水越伸2002『新版・デジタル・メディア社会』岩波書店
  • 奥泉香 2006「「見ること」の学習を、言語教育に組み込む可能性の検討」『リテラシーズ』第2号37-50くろしお出版
  • 岡本能里子2007「未来を切り拓く社会実践としての日本語教育の可能性-メディア・リテラシー育成を通した学びの実践共同体をデザインする」小川貴士編著『日本語教育のフロンティアー学習者主体と協働—』79-110.くろしお出版
  • 岡本能里子2008「日本語のビジュアル・グラマーを読み解く-新聞のスポーツ紙面のレイアウト分析を通して-」岡本能里子・佐藤彰・竹野谷みゆき編『メディアとことば3』26-55ひつじ書房
  • Okamoto, N., K. Okuizumi, S. Sato, Y. Kumagai & M. Masami 2009‘Multimodal literacy in Japanese: Theory, Practice, and Application to Language Education’ Conference Proceeding, the 11th International Pragmatics Conference, Melbourne,Australia
  • 佐藤慎司・熊谷由理編2011『社会参加を目指す日本語教育—社会に関わる、つながる、働きかけるー』ひつじ書房
  • 鈴木みどり編1997『メディア・リテラシーを学ぶ人のために』世界思想社
  • 鈴木みどり編2003「Study Guide メディア・リテラシージェンダー編」リベルタ出版
  • The New London Goup 2000 in Cope, Bill &Kalantzis, Marry (eds.) Multiliteracies Literacy Learning and the Design of Social Futures, pp.9-37. Routledge.
  • ライチエン, D.S&サルガニ, L.H 編著 立田慶裕監訳 2006 『キー・コンピテンシー:国際標準の学力を目指して』明石書店

 

(岡本能里子 おかもとのりこ 東京国際大学教授)

 

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