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学会誌13号-第13回年次大会 基調講演要旨(樋口)

私の日本語ジェンダー体験 

樋口 恵子

「ごめんあそばせ」の中学時代

私は戦前の1932年生まれ、80歳です。東京の大学教師という、お金はありませんが、まずは中流家庭で育ちました。幼時期から女の子へのことばづかいのしつけはかなり厳しかったと思います。そもそも父は母を「おい」と呼び、代名詞は「おまえ」でした。母は父を私たち子どもと同様「お父さま」と呼び、「~なさいますか」「おっしゃったとおりに致しました」と敬語を使い、それがあたりまえと思って育ちました。私の年代は中学校からが戦後です。高校は活発な少女の集団でしたが、先生が出欠をとるとき隣席がお休みだと「欠席でございます」と言い、廊下でぶつかると「ごめんあそばせ」と言い合い、それも不思議とは思いませんでした。もちろん女の子だけに対することばづかいのしつけでした。

呼び捨ての英語文化に驚く

ことばの上下関係、男女の違いに気を留めたのは中学で英語を学び出してからです。1人称2人称代名詞がIとYouにだけというのは驚きでした。男女の区別がつきません。さらに高校で、気鋭の女の先生が、ラム兄弟『シェイクスピア物語』を副読本に使い、そこで私の驚きは決定的になりました。王も王妃も臣下も代名詞はほとんど同じ、それどころか、夫と妻もおたがいに、日本流にいえば“呼び捨て”で語り合っているではありませんか。ハムレットに対してオフィーリアは恋人であり貴族の娘かもしれませんが、何と言っても相手は王子様。こちらは臣下のしかも女。日本の常識では二重に格差があるはずなのに、畏れ多くも「ハムレット」と呼び捨て。『オセロ』も、妻のデスデモナが夫を呼ぶとき日本語訳では「オセロ様」と訳されているのに、原文は「オセロ」と呼び捨てです。『ロメオとジュリエット』の幼い恋人同士も「ロメオ」「ジュリエット」と呼び合っています。

私の世代が結婚したのは、戦後も十年以上を経た1950年~60年代でしたが、結婚して妻が夫を呼ぶときは「さん」付け、夫は妻を呼び捨て、舅姑は嫁を呼び捨て、という例が多かったと記憶しています。夫と妻が固有名詞を呼び合うのは日本の夫婦には座りが悪いらしく、子どもが生まれると「パパ、ママ」「お父さん、お母さん」と呼び方が変わり、ここで夫婦がある意味で対等になるのでした。

ことばの性別をめぐる教科書問題

女ことば・男ことばが、男女平等とのかかわりで語られるようになったのは、やはり世界にひろがるフェミニズムの波を受けて国連が1975年を国際婦人年と定めたころからだと思います。初期には国文学者・寿岳章子の著作があり、女性学の一分野として取り組む研究者が出てきました。市民レベルでは、母親や教職員による教科書点検運動がひろがりました。私の関与した限りでは「国際婦人年をきっかけに行動する女たちの会」の教育分科会が熱心に取り組み、教科を問わず、さし絵や例文でのステレオタイプな男女の取り上げ方などを指摘していました。私が見た例でも、保健体育の表紙裏に「人体解剖図」として男子だけしか載っていないので、びっくりしたことがあります。女子は本文の中に小さく掲載されていましたけれど。

そのころ私がはからずもかかわった、女ことば・男ことばが女性の存在を消去しそうになった事例を一つお話しましょう。舞台はやはり教科書。主役は女教師。ときは1982年のことです。1980年には、国連が女子差別撤廃条約を作成してデンマーク・コペンハーゲン会議で発表、日本の代表も批准への決意表明を示しました。5年後のカイロ会議での批准宣言に向けて、日本政府も男女雇用機会均等法制定や家庭科男女共修実現などに向けて大わらわで取り組みはじめたころのことでした。

1982年、私は神奈川県の小田原市の講演会に呼ばれ、そこで少し前に小学校教師を定年退職し、久しぶりに紅一点の女性市会議員に選ばれたという女性から話しかけられました。今だったら当然校長先生になっていた方だと思いますが、当時は女性の優秀なベテラン教師でも学年主任止まりがほとんどでした。

この先生、どちらかと言えば保守的な体育系。6年の学年主任として一組の担任となり、最後の年を迎えました。世の流行語は「もやしっ子」。運動不足で陽の当たらぬ場所でひょろひょろ育つような子どもにはしたくない。先生はホームルームで子どもたちに「この一年みんなでマラソンして大阪まで行こう」と提案、子どもたちも大乗り気で取り組むことになりました。学校は長い直線距離が取れる河川敷のそばにあります。途中だれる日もあるのですが、先生の巧みな誘導で、ついに全員が大阪どころか博多までたどりつき、最後の一人が走るときは全員が併走して感動を分かち合う、というハッピーエンドとなりました。これをクラスの女子の一人が作文に書いたのですが、学校文集に掲載されたその文章が教科書編集委員の目にとまり、最もシェアが大きい教科書会社の6年下巻に収録されることになりました。

定年直前の教壇から得たこの名誉。先生も学校も大喜びで先生は間もなく生まれる初孫にも伝えたいと楽しみにしていました。途中、教科書会社から「若干の手直しをする」と連絡がありましたが、全国に標準化されるのだからごもっとも、と内容は聞かず了承したそうです。

「男」にされた熱血先生

そして送られてきた白表紙本。白表紙本というのは、表紙はこれからですが、内容的にはきびしいと言われる文科省検定を通ったということです。期待に満ちて頁を繰った先生は、呆然としました。

 「私がいない!」「私は男にされてしまった!」

児童の作文の中では、先生は「先生」で男女の別は指定されていません。しかし会話の中で明らかに女の先生と思わせる二つの語尾がありました。一つは、だれてきた子どもたちをたしなめる「みんなもうあきてしまったの」。もう一つが最後の結論「マラソンは自分自身とのたたかいなのよ」です。この会話が「もうみんなあきたのかい」「マラソンは自分自身とのたたかいなのだ」に変わっていたのです。女ことばと男ことばの違いは、代名詞や敬語に加えて、日常会話では語尾に大きな違いがあります。方言ではあまり違いがない地域があり、最近の若い世代はあまり差がなくなってはいますけれど。ひらがなにすればたった数文字で、前者は中年のしっかり者の女の先生、後者ではごつい男先生のイメージが浮かび上がってきます。

 「どうも納得できないけれど、女はすぐイチャモンをつけると言われたくな  いし」と先生はかなり悩んでいましたが、結局、東京にいる私に、教科書  会社に理由を聞いてほしい、ということになりました。

教科書会社は自信満々で会見に応じました。2~3人の仲間とともに訪れた私たちに「意識的に男の先生に変更した」と言明しました。

理由①低学年で女の先生を出し過ぎたので6年のしめくくりには男の先生を出したい。理由②マラソンは伝統的に男子の競技であり男の先生が指導するのが自然である。

理由①のほうは、5年生までの教科書をその場で調べたところ約50%で、現実の女教師の性比をやや下回り、決して「出しすぎた」わけではないことがわかりました。

理由②は問題です。たしかにマラソンは伝統的には男性の競技ですが、ちょうどそのころオリンピック競技種目に次回オリンピック、つまり1984年ロサンゼルス大会から女子マラソンが正式種目となることが決定していました。さらに、それに先立って、世界の公式記録に初めて認められることになった「東京国際女子マラソン」が1979年賑々しく開催されるという、その直後のできごとだったのです。

「伝統は大切にすべきですが、事実は時代を映して時々刻々変化し、新たな伝統を紡ぎ上げ加えています。未来を生きる子どもたちの目を、そんな動きから背けていいのでしょうか」「そもそもここでいうマラソンは競技のマラソンのようなタイムレースではありません。それぞれのペースで目標を達成しようという一つの学習活動です。どうして男の先生でなければいけないのでしょうか」

女も男もあるがままでいられる表現を

私たちの質問に会社側は返すことばがなく、「検討させてください」。しばらくして「児童の作文をもとにした教材でありながら必要以上の改正を加えすぎた」と理由書をつけて、再検定を取り直し、先生は個人的には自らの女性というアイデンティティーを取り戻し、社会的には女性の存在そのものを回復しました。教科書会社も良心的に対応してくれたと思いますが、ほかにも、ホームルームで提案したとされる児童を「〇〇くん」と表記し、いかにも男の子がリードしているように見せるとか、たしかに、「必要以上の改正」がありました。

教科書の一応の規定では、女の子が相手を呼ぶときは、男女を問わず「さん」と決まっていて、「くん」は男同士の関係でのみ使われます。そう言えば、国会では議長が発言議員を呼ぶときはすべて「くん」でした。男しか議員がいなかった時代の名残でしょう。土井たか子さんが参議院議長になったときは、全員を「さん」で呼び話題になりました。

ことばも文字もまさに昔々からの文化遺産ですから、あまり窮屈に考えるとあれもこれも差別だろうか、というおそれが出てきて表現が貧しくなることもあり得ます。しかしここでお話ししたように、語尾を換えただけで、無断の性転換手術が行われたり、現に存在する女性を消去するような男ことば、女ことばの使い方には厳重に注意する必要があります。女も男も、その存在があるがままに表現されますように、かつ未来志向を忘れませんように、と祈りつつ私の話を終わります。 ご清聴ありがとうございました。

(樋口恵子 ひぐち けいこ 東京家政大学名誉教授)

 


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