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学会誌12号-第12回年次大会 講演要旨(国廣)

「嫁」をめぐる言語表現と日本文化

國廣哲彌

1.「嫁」をめぐる言語表現

(1) 娘を嫁にやる。
(2) 田中さんのお嬢さんを嫁にもらう。
(3) うちの嫁。
(4) 嫁が家出した。

(5) 雨降りお月さん雲の陰
お嫁にゆくときゃ誰とゆく
ひとりでからかさ さしてゆく
からかさないときゃ 誰とゆく
シャラシャラシャンシャン 鈴つけた
お馬にゆられて ぬれてゆく
(野口雨情 作詞、中山晋平 作曲)

【参考】昔の馬は鈴を鳴らしながら歩いた。正岡子規に次の俳句がある。

馬子唄の 鈴鹿上るや 春の雨 (明治25年)

上に示した諸用法を見ると、「嫁」は「家から外へ出てゆくもの」であることが分かる。また、結婚相手に「与えられる」ものでもある。 「嫁にもらわれて行く」のようにもいう。見方を変えるならば、「嫁」はA家の領域からB家の領域に「移動するもの」である。この場合、 「嫁」の本来の居場所は「うち」である。「うち」は人間存在の本来の領域であると共に、それを取り囲む「建造物」の呼び名でもある。 また「うち」に属する家族全員を指すこともある。その外側の空間は「そと」であり、「そと」に存在する人間は「よそ」を構成する。 「よそ」にはさらに自分に関係のない事物も含まれる。この「うち・よそ」の区別が日本文化では社会の基本的な区別を構成する重要な働きをしている。

2.日本社会の「うち・よそ」構造

「うち・よそ」の区別は基本的には家族に基づくが、実社会ではさまざまに拡張されていろいろの人間グループに適用される。 「うちわのもの・よそもの」「仲間・異分子」「自分の属する会社・他者の属する会社」などである。

この「うち」から「よそ・そと」に移動する動きを「出る」という。「出る」を意味する言語表現はおそらくどの言語にもあると思われるが、 その用法を比較してみると、日本語では非常に発達していて、他言語では別の言い方をするところに「出る」を使う場合が多い。その実態は、 和英辞典などで「でる」を引くと明らかとなる。20種以上の意味が区別されているのが普通である。

3.「電話に出る」という言い方

家庭内に据えてある電話によそから電話が掛かってきたとき、電話機は「うち」にあるのに「電話に出る」と言う。なぜかと言うと、 電話は「そと」とつながった瞬間に「そと」に属すると捉えられるためである。「そと」には「出なければならない」。 英語ならば ”I’ll get it”.あるいは”I’ll take it”.のように言う。

家の中で誰かがピアノを弾くとき、同じ家族が弾くのならそれほどうるさくないのに、隣家の誰かが弾くとうるさく感じられるのも、 うらに「うち・そと」の違いが潜んでいるためである。電車やバスなどの公共の交通機関の中での携帯電話がうるさく感じられるのも同じ理由による。 同じ電車などの中の乗客は、一時的ではあるが「同じ仲間」と捉えられている。そこで「そと」の誰かと通話を始めると、 「よそ者」との対話になるので、心理的に「うるさく」感じられるのである。先日、新聞の「声」の欄に外国の留学生が投書して、 「ほかの乗客も話をしているのに、なぜ携帯電話だけ禁止されるのか理解できない」と言っていたが、これはまだ日本文化を理解していないわけである。

4.「出る」を用いる諸表現と外国語の表現

第2節で触れたように、「出る」は派生義として<出現><発生><生産><到達>などの意味でかなり一般的に用いられている。 日本語ではこれらの意味の場合、主語は人間でないのが普通であるのに対して、 英語などでは人間が主語になるという食い違いがよくみられるので要注意である。

(1)  (宴会の料理) 最初に吸い物が出ました。They served soup first.
(2)  結論が出ました。We came to a conclusion. /We’ve come up with a conclusion.
(3)  風が出てきた。The wind is rising. A wind has risen.
(4)  この本はよく出ます。The book sells well.
(5)  スピードを出せ。Step on it!

(国廣哲彌 くにひろてつや 東京大学名誉教授)

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