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学会誌12号-第12回年次大会シンポジウム発表(レイノルズ秋葉)

【シンポジウム:日本文学の中のジェンダー観 発表要旨】

村上小説におけるにおける「女ことば」
『世界の終わりとハードボイルドワールド』から
『1Q48』まで
 
レイノルズ 秋葉 かつえ

小説の中の会話文は、現実の会話を文字化したもの」あるいは「現実の会話の模倣」と漠然と「考えられている。しかし、Reynolds (2003)で論じたように、ちょっと考えれば、様々な人によって行われる会話文は、作家の想像に基づくステレオタイプでしかないことがすぐに明らかになる。

しかし、会話の運びによってキャラクターを作り出して微妙な人間関係にリアリティをもたせ、読者を引きつける物語を展開することが小説家の仕事でもある。言語の脱性差化が声高だった時代、ステレオタイプ化された女ことばは、言語における性差・性差別の構築維持につながるとして攻撃されたが、そのとき、小説家たちは、当然ディレンマに陥ることになった。小説中の会話文の観察は、いくつかの重要な問題を浮き彫りにしてみせてくれる。

Reynolds (2003)では、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(村上春樹)のキャラクター作りと会話文にこだわってみた。主なキャラクター「老人」(男性)「門番」(男性)「ピンクのスーツを着た太った若い女」(女性)「図書館の女の子」(女性)の会話文をそれぞれ100ずつ取り出し、文末の形を比較点検した。女性二人の会話文は、「女ことば」に特徴的な「わ」あるいは「の」で終わる文、あるいは、コピュラ「だ」を削除した文が大半で、ステレオタイプ化が否定できない。

2008年ハワイ大学日本研究センター主催の村上春樹レセプションで、このことを村上本人に尋ねてみた。

It is just to construct characters…..と、話がはじまりかけたところへ学生が数人どっと集まってきて中断された。

小説における「女ことば」と作家の差別意識はまっすぐにつながっていない。とくに、日本的なポストモダン状況における小説では、「キャラ作り」のための記号素として機能している可能性が高い。過剰にステレオタイプ化された単純な「女ことば」は、生身の女性の声ではなく、あの奇妙な「キャラクター・ヴォイス」として読者に届くのではないだろうか。

『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を書き上げた頃、村上春樹は「デタッチメントからコミットメント」へ転換しはじめている。現実の日本社会から「逃げて逃げて逃げまくっていた」作家は、極端な「固有名消去」と「会話文の過剰なステレオタイプ化」によって現実から遠い記号世界を造形していた1 。しかし、転換期の村上は、意識的にリアリズムに向かった。歴史的現実の世界にコミットし始めたのである。『ノルウェイの森』は「100パーセントのリアリズム」の実験であったと村上春樹は振り返っている。「現実からの、小説手法としてはリアリズムであり、言語戦略的には固有名の全面的回復と会話文の過剰なステレオタイプ化の修正であった。単純な「女ことば」パターンは後退し、女性たちが現実に使っているジェンダー・マーキングのない会話文が多様な女性キャラクターにリアリティをあたえている。

「現実性からの逃亡」(柄谷)と批判された村上春樹は、表現手法としてのリアリズムを通して歴史的な現実にコミットする方向を探り当てたのではないだろうか。2009年ジェルサレム賞受賞スピーチといい、2011年6月9日のカタルーニャ国際賞受賞スピーチといい、確かに村上春樹は「現実世界の真ん中」を渡り歩こうとしているように見える。難しいスタンスである。


「固有名消去」は柄谷行人の指摘、「過剰なステレオタイプ化」は、村上小説における会話文を観察してきたレイノルズ自身の気付きである。村上春樹自身のコメントは、出版されたインタヴュー集から引用した。

 
参考文献

  • 柄谷行人. 1995「村上春樹の『風景』」『終焉をめぐって』講談社学術文庫
  • 畑中佳樹.1989.「村上春樹の名前をめぐる冒険」、『ユリイカ』21.8.
  • 村上春樹.1996.『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』新潮文庫
  • 村上春樹. 2010.『夢を見るために朝僕は目覚めるのです—村上春樹インタヴュー集1997−2009』文芸春秋
  • Reynolds, A Katsue. 2005. Direct Quotation in Japanese;A site for Stereotyping,Proceedings of the Twenty-third Annual Meetings of the Berkeley Linguistics Society.Berkeley,California.
  •  
(レイノルズ秋葉かつえ ハワイ大学教授)

 

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