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学会誌11号-年次大会シンポジウム発表要旨(佐々木)

【第11回年次大会シンポジウム:言葉と法を巡って―ジェンダーの観点から 発表要旨】

言葉と法をめぐって―ジェンダーの観点から

佐々木瑞枝(武蔵野大学大学院教授)

はじめに

私たちは「日本国憲法」のもとで「憲法」に守られて日々の生活を送っている。日本国憲法では性別による差別はなく、 また民法750条では「夫婦は夫または妻の氏を称する」とある。しかし、事実は結婚に際して夫の姓に変える妻が大部分ではないだろうか。 「法の下」には平等であっても、社会通念は厳然として存在する。

「妻は夫の姓と同一」という社会通念が広く深く日本人の脳裏に浸透しているために、中国人の夫婦が別姓であると「正式には結婚していないのですか」 「失礼ですが、また結婚前で同居状態ですか」などの質問をする学生もいる。

「中国では夫婦別姓が普通なのですよ」との説明に「なぜ?」と中国のシステムを不思議に思い、日本のシステムには疑問すら抱かない。 こうして、無意識のうちに、「法の下の平等」は「社会の倫理観の下の不平等」として認識されていくのだ。

新聞のテレビ番組表を見ると「女弁護士○○」といったタイトルが未だに多いことが分かる。これも弁護士法では1936年まで 「弁護士資格」を男性に限定していたこともあって、「弁護士=男」という社会通念が生じてしまっているからではないかと思う。

明治時代、大正時代、そして昭和時代の前半まで、この「弁護士は男性」いう法律は生きていたし、また法律が改正されても、 女性が弁護士の資格を得て活躍するまでには長い年月を要した。

現在では全国の弁護士2万6977人のうち、4137人が女性である。(2009年3月1日現在)女性弁護士の数はおそらく増え続けるだろう。

「女弁護士○○」という表現は今後なくなるだろうと予測されるが、「弁護士は男性」という社会通念が残っている限り、そうした表現は有効なのである。

ジェンダー・バイアスとは、たとえ法律が改正されても、社会通念の中に「隠れて存在する」ものであり、「差別がある」という意識すら持たないゆえに、「罪の意識」はない。日本人一人ひとりがジェンダー差別に対して敏感にならなければならないと思う。

1.主権は国民にある

「基本的人権の尊重」が民主主義の原則であるが、歴史的に見てみると、民主主義の国であるはずのアメリカ、イギリス、 フランスも紆余曲折を経て現在に至っている。  

まずアメリカだが、黒人が参政権を得たのが1965年(憲法修正15条)で、黒人が参政権を得てからまだ50年も経っていない。当時、 オバマ大統領の出現は予測すらできなかった。女性は1920年に参政権を得ているが、それでも、まだ100年経っていない。(憲法修正19条)

フランスでは1946年の第四共和制の下でやっと普通選挙(女性も含めた)が実施されている。

日本での歴史を「選挙管理委員会」のホームページから見てみよう。

国民参政 ~ 制限選挙の時代
明治7年 民撰議院設立の建白 自由民権運動の展開
板垣退助外7名
 
明治14年 国会開設の勅諭 明治23年を期して国会 を開設式  
明治22年 大日本帝国憲法発布
衆議院議員選挙法公布
記名投票。小選挙区制

選挙権,満25歳以上の男子
直接国税15円以上

明治23年 第1回衆議院議員
総選挙
投票率93. 7% 有権者数は約45万人で
人口の1. 1%
明治33年 衆議院議員選挙法
改正
大選挙区制 秘密投票
被選挙権の納税要件撤廃
直接国税10円以上
有権者数は約98万人で
人口の2. 2%
選挙権はごく一部の国民にあり、「一部の国民による、一部の国民のための政治」が堂々と行なわれていたのが、明治時代であった。
 
普通選挙 ~ 男子普通選挙の時代
大正元年 憲政擁護大会 第1次憲政擁護運動  
大正8年 衆議院議員選挙法改正 小選挙区制 直接国税3円以上
大正14年 衆議院議員選挙法改正 中選挙区制
選挙運動の規制を設ける
立候補届出制
選挙権の納税条件を
撤廃
昭和3年 第16回衆議院議員
総選挙
  最初の男子普通選挙
有権者数は330万人
から1241万人へと
約4倍になる
昭和10年 選挙粛正委員会令 選挙粛正中央連盟結成
選挙粛正運動始まる
 
昭和17年 翼賛選挙貫徹運動基本要項決定 翼賛政治会結成  
最初の男子普通選挙は1928年で、有権者はやっと国民の半数となった。

婦人参政 ~ 完全普通選挙の時代
昭和20年 衆議院議員選挙法改正 婦人参政権の実現
大選挙区制限連記制
選挙権満20歳以上、
被選挙権満25歳以上
昭和21年

第22回衆議院議員総選挙
日本国憲法公布

婦人79名立候補し、
39名当選

最初の完全普通選挙
昭和22年 参議院議員選挙法公布
衆議院議員選挙法改正
地方自治法公布
参議院全国区制と地方区制
衆議院中選挙区制
 
昭和23年 政治資金規正法公布    
昭和25年 公職選挙法公布    
昭和27年 公明選挙連盟結成    
昭和57年 公職選挙法改正 参議院全国区制を比例
代表制に
 
平成6年

公職選挙法改正 衆議院小選挙区比例代表並立制  
平成12年 公職選挙法改正 参議院比例代表選挙に
非拘束名簿式導入
 

こうして見てみると、日本が普通選挙を行なったのは、1946年であり、もし第二次世界大戦で敗戦していなければ、 未だに普通選挙は実施されていなかったのではないかと思う。

2.現代の日本の法律から見たジェンダー・バイアス

2.1「女性の容貌は男性よりも価値がある」

国民の多くは自動車保険に加入していると思うが、分厚い資料の中にジェンダー・バイアスが隠されていることに気づく人は少ないと思う。

「自賠責保険の保険金額は女子の外貌に著しい醜状を残すもの、1051万円」、「男子の外貌に著しい醜状を残すもの、224万円」 (自動車損害賠償保障法施行令別表)、この金額の差が示すものは暗に「女性の価値は容貌にあり、男性の価値は容貌以外にある」 と示しているのでないだろうか。

才色兼備 女性が優れた知性と容姿の美しさを兼ね備えていること。もっぱら女性に対してしか使われない表現である。これは男性には「才」 は必要だが、
 「色」は不要との前提のもとに存在している。(『日本語ジェンダー辞典』)

女性にとって容貌が重要であり、それを損傷するのは1000万円以上の賠償を必要とするが、男性は容貌に損傷があったとしても、 他の面で補えるではないか、と表面的・金額的には男性差別のようでありながら、女性に対する「容貌重視」のジェンダー・バイアスがかかっている条項だと思う。

2.2 就職規定の間接差別―「身長170センチ以上」

身体によるジェンダー差を逆手にとった求人広告を見たことがある。「身長170センチ以上―男女を問わない」――フライトアテンダントの求人ではない。 身長が職業上必要と思えない職種なのだ。

男性で170センチ以上の割合と女性で170センチ以上の割合を見れば、この会社が暗に「男性社員歓迎」を示していることは間違いなく、 女性が「170センチ以上の身長」だからと応募しても、「招かれざる客」になりうる可能性は充分にある。

男女の均等な機会、および待遇の確保などに関する法律では、1997年の改正によって、募集、採用から退職にいたる過程で、 女性差別は少なくなっているかに見える。しかし、上記のような文章に表れない間接差別は、実際には法律の運用外にあることが多い。 知能犯的募集要項と言えるだろう。

3.結婚年齢 女性は16歳から 男性は18歳(民法731条)から

結婚年齢が女性と男性で違うことを不思議に思う人は多いのではないだろうか。女性は16歳になれば妊娠して子供を出産できるのに対して男性はせめて高校を卒業し、 社会人として妻子を養える年齢に達してからが結婚はふさわしいと考えるのか、そうした社会通念が背景にあるとしか考えられない。

現在、男女とも高校の進学率は90パーセントを超えている。キャリアウーマンも多く誕生していることから、「結婚しない――結婚を選択しない」 女性も増加しつつあり、少子化に拍車がかかっている。

そんな時代に女性と男性の結婚年齢に差別のある法律が存在すること自体、不思議と思う人が多いのではないだろうか。

女手・男手

「女手」の場合は「女手一つで子育てをした」のように、夫のいない身でありながら「自分で働き、収入を得て」という意味が含まれる。 それに対して「男手だけで子育てをした」という場合には、家に妻がいれば当然妻にまかせたであろう「育児」を男性がしたということになる。

男=稼ぎ手・体力のある人、女=家事・育児という図式である。「女手・男手」という表現には、男女役割分担の意識が明確に感じられる。(佐々木 2009)

これら3点の他にも「再婚禁止期間」の問題、強姦罪に関する裁判官の暗黙の差別など問題は多い。法とジェンダーの問題を、 「ジェンダー表現」の問題と関連づけての考察は、本学会にとって重要な問題領域を形成するものなのではないだろうか。

参考文献

  • 大村芳明  (2003)「法とジェンダー各論」第二東京弁護士会司法改革推進二弁本部ジェンダー部司法における問題諮問会議編 『事例で学ぶ司法におけるジェンダー・バイアス』 明石書店.
  • 佐々木瑞枝  (2009)『日本語ジェンダー辞典』東京堂.
  • 第二東京弁護士会 「両性の平等に関する委員会」司法におけるジェンダー問題諮問委員会.
  • 山田卓生  (1992) 『続 日常生活の中の法』日本評論社.

(佐々木瑞枝 ささきみずえ 武蔵野大学大学院教授)

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