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学会誌11号-研究ノート1(松本)

スポーツマンガにおける読者層および登場人物の性による
ジェンダー表現使用の異なり

松本 絵里奈

要旨:読者の対象年齢・性別を考慮して選出したスポーツマンガ12作品を対象として、 男女の登場人物が用いたジェンダー表現について量的な分析を行った。男性登場人物より女性登場人物の方が、 ジェンダー表現使用の選択肢がより中性的であり、男性にも選択肢はあるものの、女性ほど自由に選択させていないという結果となった。 また、女性読者向け作品の男性登場人物と比較すると、男性向け作品の女性登場人物の表現は、 現実から離れる傾向が強いということが示唆された。

キーワード:スポーツマンガ、女性ジェンダー表現、男性ジェンダー表現、文末詞、対象読者層

1.はじめに

現代の若者の日常会話におけるジェンダー表現に関しては、典型的な女性文末詞として扱われる「わ」 の女性による使用はほとんど見られず、若者の男女による文末表現の差がなくなってきていることが実証されている(小川1997)。 しかし、フィクション作品には、必ずしもこのことが反映されているわけではなく、特に男児・少年・男性向け作品では、 女子中高生の人物にも女性文末詞が多用されている(4.2.参照)。マンガの登場人物による発話は、 子どもの成長過程での言語形成に一定の影響を及ぼしていると考えられることから、男児・女児、少年・ 少女向け作品での使用実態の分析がさらに必要であると言える。マンガ作品でのジェンダー表現については、因(2003,2007)、 高橋(2009)によって女性登場人物のジェンダー表現を中心に質的な研究はなされているが、対象読者の性別・年齢別、 登場人物別に量的に研究したものはいまだ見あたらない。そこで、マンガ作品の題材として男性・女性向けともに選ばれている、 スポーツを扱った作品を対象に、男女の登場人物が用いたジェンダー表現について量的な分析を試みた。

2.先行研究

女性ジェンダー表現が、マンガやドラマなどのフィクション作品において、 従来の使用意図とは異なる運用をされているということについては、既に複数の先行研究が指摘している。

因(2003)は、現代の少女マンガ作品でのジェンダー表現の用い方を観察し、女性登場人物は親しい友人同士の会話では 「女性語」をあまり使用しないと指摘している。また、ジェンダー表現は日本語の会話の中で、敬語や丁寧語と同様に話者の人柄や態度、 微妙な感情を表し、「他人格モード」(「他人格」を演じることによって、本音を言いやすい状況を作り出すこと) を実現することによって緊張を和らげるなど、多彩な働きをしていると述べている。また、因(2007)では、翻訳・翻案マンガにおいて、 子供向け作品では、女性文末詞は女性であれば必ず使うものとして用いられ、男性向け作品では、性的魅力(若さ)、 社会的立場の正当性の指標、人間としての上質さの指標として用いられているとしている。しかし、女性向け作品では、 「女らしく見せるための化粧か衣装」、「変装用小道具」として扱われており、男性向け作品に見られるような本質の美しさ、 上品さとは結びつかないことから、対象読者層によって女性ジェンダー標示形式の使用意図に違いがあることを明らかにしている。 山路(2006)は現代小説において使用される終助詞「わ」のイメージについて、著者は「話し手の強気な態度や相手を見下した態度」 をより強く印象づけようとしており、少なくとも若年層の読者にはそのようなイメージが共有されているとし、終助詞「わ」は、 一般的に言われているように、「女性らしさ、やわらかさ」を表現するものであるとは必ずしも言えないと指摘している。水本(2006)、 水本他(2008)は、最近のテレビドラマに登場する10代半ば~30代の女性のうち、約7割が女性文末詞を使用しているのに対し、 現在の若い女性は、従来の女性文末詞を使用しないことから、テレビドラマと実際の会話にずれが生じていることを実証している。 また、脚本家への意識調査においても、上品さ、やわらかさを演出するために女性文末詞を使用させるという意見の一方で、 自己主張や感情的な場面で、意図的に使用させるという意見が見られたことから、テレビドラマにおいて、 やわらかさや女性らしさではなく、強気な態度や攻撃性を表すために女性文末詞が使用されていると指摘している。

以上のことから、マンガ・小説・ドラマ等のフィクション作品に登場する若い女性は女性ジェンダー表現を多用しており、 実際の若い女性の会話表現との間にずれが生じていることが明らかになっている。しかし、 少女向けから成人男女向けの対象読者層によるジェンダー表現使用の違い、およびマンガの登場人物の性による違いについての研究は、 見あたらない。そこで、本稿では、この点について、対象の範囲を女性向け作品だけでなく、翻訳作品以外の男性向け・ 児童向けにまで広げ、分析を行った。

3.方法

3.1対象作品の選出方法

表1 分析対象の作品一覧

( )内は掲載年、雑誌名、出版社名

  女性向けマンガ 男性向けマンガ
幼稚園~小学校低学年(男児・女児)向けとしたマンガ
(以下(小)と略す)
小坂まりこ『ぱわふるチアーズ!!』
(2007-2008、ちゃお、小学館)
ながとしやすなり『ミラクルボール』
(2004-2009、コロコロコミック、小学館)
もりちかこ『とんでる!ポニーテール』
(2009-2010、ちゃお、小学館)
やぶのてんや『イナズマイレブン』
(2008-、コロコロコミック、小学館)
小学校高学年~高校生(少年・少女)向けとしたマンガ
(以下(中)と略す)
朝吹まり『バドガール』
(2008りぼん、集英社)
日向武史『あひるの空』
(2004-、少年マガジン、講談社)
高梨みつば『紅色HERO』
(2003-、別冊マーガレット、集英社)
咲香里『スマッシュ!』
(2006-2010、少年マガジン、講談社)
成人女性・成人男性向けとしたマンガ
(以下(成)と略す)
小川彌生『キス&ネバークライ』
(2006-、Kiss、講談社)
馬場康誌『空手小公子 小日向海流』
(2000-、ヤングマガジン、講談社)
きら『シンクロオンチ!』
(2002-、YOU、集英社)
玉井雪雄『かもめ☆チャンス』
(2008-、ビッグコミックスピリッツ、小学館)

本研究では、2000年代に発表された少年・少女向けマンガ作品に加え、比較対象として成人男性・女性向け漫画作品を研究対象とした。 題材は、対象読者の性別・年齢に関係なく扱われているテーマであるスポーツを扱ったものに限った。なお、読者層は、 掲載雑誌の読者の年齢層、掲載広告、懸賞ページ、ふりがななどから判断し、対象性別、さらに対象年齢を「幼稚園~小学校低学年向け」 (以下(小))「小学校高学年~高校生向け」(以下(中))「成人向け」(以下(成))の3つに分けて全6分類とし、上記の12作品(各分類2作品ずつ)を研究対象とした。

3.2 量的分析の方法

表2 ジェンダー表現分類の主な基準

A 女性専用とされる表現<女性性を意図的に強く打ち出しているもの>
① 女性専用とされる文末表現・間投助詞・人称詞「暑いわ/わね/わよ。」「~するわ/わね/わよ。」「いい天気よ/ね/よね。」「~かしら。」「~なの/の。」「~だもの/もの。」「あたし」
② 同等の関係での尊敬表現「あなた」「してらっしゃる?」
B 女性の使用が多いとされる表現
<男性や子どもにも使われることがあるが、より中立的な表現を選択せずに使用されているもの>
① 女性が多用するが緩和の意図がある場合に男性にも使われる表現「暑いね。」「~するね。」「~なの/の?」
② 同等の関係での丁寧表現「そうです。」「そうでしょ(う)。」「違います。
③ 文末の断定・言い切りを避ける緩和表現「いいけど。」「あるし。*」「ごめんね。」
④ 依頼表現*「待って。」「~しないで。」
⑤ 女性特有とされる感情表現「きゃー!*」「かわいいっ!」「とっても*
⑥ 本来NやCに分類されるが、語尾に記号をつけ女性性を強調しているもの「そうなんだ♡*
N 中立的表現
① B的・C的な選択がありうるのにしていないもの「忘れ物。*
② 元々ジェンダー要素が付け加わることが少ないものの文法的な基本使用「その*」「あのね*
③ 挨拶語の言い切り、スポーツ応援時の掛け声等*「おはよー」「サンキュー」「OK」「がんばれ!」
④ 形容動詞語幹、形容詞のむき出し(感情表出)*「重要。」「好き。」「すごい!」「暑い!」
C 男性の使用が多いとされる表現
<女性にも使われることがあるが、緩和する表現を選択せずに使用されているもの>
① 男性が多用するが、気安さの強調として女性も使用する文末表現・間投助詞・呼称「いい天気だ/だね/だよ/だよね。 *」「暑いよ*/よね。*」「~する*/よ/よね。*」「きみ」「あんた*
② 語調の緩和意図がない言い放ち、言い切り*「いらない。」
③ 乱暴とまではいえない縮約形「こんちわ」「しちゃった*」「しとく*
D 男性専用とされる表現<女性は通常使用しないもの、乱暴さ・攻撃性を強調したもの>
① 男性専用とされる文末表現・間投助詞・呼称「いい天気だな/だよな/だぜ・だぞ。」 「暑いな」「~だろ(う)」「これさ、」「ぼく*」「おれ*」「お前*」「あいつ・こいつ」
② 乱暴な口語・音便、命令・禁止表現「バッチシ*」「うるせー*」「だっつーの。*」「~しろ/するな。」
③ 攻撃、罵倒の意図がある単語、表現「この女*」「~の奴。*」「チビ*
④ 古語的な男性役割語*「~じゃい。」「~わい。」「~じゃ。」「~じゃのう。」
⑤ 標準的な表現を使わずに男性的に表現したもの「うまい(おいしいの意で)」「でかい」「やる(あげるの意で)

高崎(1996)は、テレビドラマの女性登場人物の使用表現を、「女性専用(A)」「女性が多用する(B)」「性に無関係(N)」 「女性があまり使わない(C)」「女性がほとんど使わない(D)」の5段階に、因(2003)はマンガの登場人物の、 男女の使用表現について、「女性語(F)」「女性的中立語(FN)」「中立語(N)」「男性的中立語(MN)」「男性語(M)」 の5段階に分類した。両者の分類結果はほぼ同じであった。本稿では、これらの分類をおおむね踏襲して、 対象作品の登場人物のセリフを「女性専用とされる表現(A)」「女性の使用が多いとされる表現(B)」「中立的表現(N)」 「男性の使用が多いとされる表現(C)」「男性専用とされる表現(D)」の5段階に分類した。なお、両者に例示されていなかった表現 (表中*印)両者の分類とは異なる分類をしたもの(表中†印)については、表2の<>内の基準に基づいて新たに分類した。 その際には各作品の登場人物のセリフを抽出し、高崎(1997)の手法により、セリフを文節で区切り、分析の単位とした。 セリフの抽出を行うに当たり、独言、心の中でのつぶやき、目上の人物に対して敬語を使用している場面、 スポーツの試合中特有の発話(「パス!」「ナイスシュート!」等、日常会話表現とはいえないもの)を除き、 1人物あたり30~100発話を分析対象とした。なお、最小の30発話は、登場場面の最も少ない人物から集められた最大数である。

4.女性登場人物に見られるジェンダー表現についての結果・考察

4.1女性向け作品

4.1.1主人公の使用表現の分析(図1

まず、女性向け作品の女性登場人物のジェンダー表現について分析する(図1,2)。以下、A~Dの分類の内訳は、表1を参照されたい。 女性向け作品の主人公は、対象年齢が低いものほど、文末のジェンダー表現が誇張される傾向(男性専用のDや女性専用のAへの偏り) があるが、年齢に関係なく、典型的な女性文末詞(「わ/わね/かしら」等)が全く用いられていないことがわかった(図1)。 多くの読者は、物語の主人公に感情移入して作品を読むことが考えられるため、 感情移入の対象である主人公に作者が女性文末詞を全く使用させていないことは、 女性文末詞を使う人物には女性読者が感情移入することができないと作者がみなしていると考えられる。(小)作品の主人公(中2、小6) は両者ともAの使用は皆無で、Dの使用が約7割となっている。C・Dを合わせると全体の8割を占め、両者は、ほぼ男の子のような、 かなり乱暴な言葉遣いをしている。これは、思春期である対象読者層が自己の女性性から遠ざかりたい、 女性性を認めたくないと考える年齢にあることの反映とも考えられる。(中)作品の主人公には、 Aの使用は1割に満たない程度に見られたが、女性文末詞の使用は見られなかった。両者ともB・Cの合計が全体の7割を占めており、 (中)主人公1はBが全体の半分、(中)主人公2はCが全体の半分を占めている。一方Dの使用は、 (小)主人公と比べてかなり減少し、それぞれ4%、8%となっている。 同じ読者層の作品であるにもかかわらずB・Cの割合に違いが出た要因として、主人公の性格の違いが挙げられる。具体的には、 (中)主人公1は引っ込み思案で大人しい女の子として描かれているため、語調を緩和させたり、 断定を避けたりするような話し方が多く、(中)主人公2はスポーツ一筋で、 多少荒っぽい面がある女の子として描かれているため、語調の緩和意図がない表現の使用が多く見られる。これらの作品では、 主人公の性格や言動を、現実に存在する少女により近づけ、読者に感情移入させようとしているのではないかと考えられる。 (成)作品の主人公に関しては、前述の4人よりもAの使用率が上がり、1~2割程度となっているが、 典型的な女性文末詞(「わ/わね/かしら」等)はほとんど使用しない。全体の6割程度をB・Cが占めており、 典型的な女性文末表現や極端に乱暴な表現が見られないことから、誇張されていない、現実の若い女性の話し方をさせていると言える。

4.1.2主人公を敵視する人物(「ライバル」)の使用表現の分析(図2

6作品中5作品に、主人公を敵視する同性の人物が登場する。これらの人物は、主人公に比べてAの使用が圧倒的に多く見られ、 典型的な女性文末詞を多用している。設定年齢は12歳~26歳で、 現実では女性文末詞を使用しないと言われている年齢であるにも関わらずこのような結果となったことについて、 彼女たちは物語の中で、主人公(またはその仲間)を侮辱したり罵ったりすることが多く、 そのような場面で読者が使用しない女性文末詞を使用させることによって攻撃性を強め、 より親近感を持たせないようにしているのではないかと考える。この結果は、因(2003)、水本他(2008)、山路(2006) の女性文末詞使用に関する指摘と合致している。

また、高橋(2009)は、少女マンガ「ライフ」で主人公を陥れる人物の女性文末詞の使用を「女の子向けアニメ」 に悪役として登場する女性像と関連させ、「大人の女」の言葉である女性文末詞が「悪女」の役割語としての機能を果たし、 より「悪女」の役割をわかりやすいものにしていたと指摘しており、今回の結果と合致している。

4.2男性向け作品

4.2.1「女の子」の使用表現の分析(図3

次に、男性向け作品の女性登場人物のジェンダー表現について分析する(図3,4)。女性登場人物の中では発話頻度が高く、 主人公に寄り添い、応援する「身近な女の子」として描かれているマネージャー、幼馴染などを、ここでは「女の子」と呼ぶ。 「女の子」の使用表現の特徴として、対象年齢が低いほどAの割合が高くなっていることが挙げられる(図3)。 これは、(小)作品では内面や心の葛藤を描いた場面が少なく、ただ「女の子」という役割となっているが、 (中)(成)作品では、スポーツを離れて現実の女の子としての日常的な場面が描かれることによって、 より現実的な話し方を選択させているためではないかと考えられる。後述の「マドンナ」的存在と比較すると、Cの割合が多い。 しかし、4.1.1で述べた女性向け作品の女性主人公と比較すると、Aの割合が多く、Cの割合は少ない。また、Aには「~わ。」 が含まれていることから、現実に近づけようとしてB、Cを使わせているものの、 現実の若年女性が用いない表現が混在してしまっていると言える。

4.2.2「マドンナ」的存在(図4

主人公や他の男たちの憧れの存在として描かれている、いわゆる「マドンナ」は、Aの割合が5割程度とかなり多く、 女性向け作品の「ライバル」の使用傾向と近似している。しかし、「ライバル」の使用する女性文末詞が、 攻撃性の強調などのマイナスイメージであったのに対し、「マドンナ」の使用するそれは、伝統的な意味での「女らしさ」 を意図しているように見える。これは、水本(2006)の調査結果の、女性文末詞に対して多くの若い女性が抱くイメージとは異なり、 男性が抱くイメージとは合致していることから、男性向け作品特有の女性像とみなしうる。

図1~4 女性登場人物のジェンダー表現の内訳一覧

5.男性登場人物に見られるジェンダー表現についての結果・考察

5.1女性向け作品

5.1.1「ヒーロー」的存在の使用表現の分析(図5

まず、女性向け作品の男性登場人物ジェンダー表現について分析する(図5,6)。作品中で女性主人公との接触場面が多く、 主人公を助けてくれる男性人物を、ここでは「ヒーロー」と呼ぶ。「ヒーロー」によるBの使用は1割以下で、C・Dの使用がほとんどであり、 Dの使用が最多である(図5)。女性向けマンガ作品において、自分(主人公)を助け、守ってくれる「ヒーロー」 としての男性は主に男性専用表現を使用していることがわかる。「ヒーロー」としての男性登場人物全員が、 スポーツ万能でかっこよく、人気もある人物として描かれていることから、読者にとっての「理想の男性像」 の提示であると考えられる。このことからも、読者の年齢を問わず、女性向け作品の中では、読者の理想の男性像である 「ヒーロー」が、多少乱暴な男性専用表現を多用するというイメージが定着していると見なせる。

5.1.2「弱気な」男性登場人物(図6

女性向け作品に登場する「ヒーロー」以外の男性のうち、後述の男性向け作品の主人公に近い人物が6作品中2作品で見られた。 使用表現はB、Cが中心で、「ヒーロー」より中性的なものであった。内面も男性主人公と同じく自信のなさが強調され、 「ヒーロー」と比べると弱気な人物として描かれる。女性向け作品では、 異性である男性登場人物の使用表現にも明瞭な使い分けが見受けられた。

5.2男性向け作品

5.2.1主人公の使用表現の分析(図7

次に、男性向け作品の男性登場人物ジェンダー表現について分析する(図7,8)。男性主人公6人中5人のBの使用率は、 同作品中の他の男性人物と比較すると高く、B,Cを使用することが多い。よって、主人公は、 他の男性人物よりも弱気で自信のない性格が強調されていると考えられる。これらの人物は、女性向け作品の「ヒーロー」ではなく、 「弱気な」男性人物と同じ特徴を持っている。今回の対象作品では、最初はスポーツが特別上手くなく、 平凡な男の子である主人公が成長していくストーリーがほとんどであることから、読者がより感情移入しやすくするために、 このような表現になっていると考えられる。

5.2.2「憧れの先輩」の使用表現の分析(図8

スポーツにおいて主人公よりも優秀であったり、チームのリーダーであったりする、いわゆる主人公の「憧れの先輩」である人物が、 6作品中5作品に登場する。これらの人物全員に当てはまる特徴として、使用表現の8割以上をC,Dが占め、 CよりもDの乱暴な表現の使用が多いことが挙げられる。主人公と比較すると、より強く、男らしく描かれており、乱暴な者もいる。 主人公の「憧れの先輩」は、主人公に感情移入する読者にとっても「憧れ」とみなせることから、本来の自分よりも乱暴な言葉遣いの、 強くてかっこいい先輩が、男性読者の理想の男性像として描かれていると言えるのではないか。そして、 これらの人物は、女性向け作品の「ヒーロー」とほぼ同じ使用傾向にある。

図5~8 男性登場人物のジェンダー表現の内訳一覧

6.おわりに

今回の分析より、まず、男性向け作品の男性主人公の「憧れの先輩」、女性向け作品の「ヒーロー」のように、 男女両方の憧れの的としての男性登場人物は、ともにDの使用が最多で主にC・Dを使用するという、 男性ジェンダー表現使用のステレオタイプの存在がうかがえた。

さらに、主人公は、女性主人公・男性主人公ともに、物語の中で悩み、成長していく人物として描かれ、 より中性的なB・Cを主に使用するという結果となった。女性主人公は、(小)作品では、女性性から著しく遠ざかり、 より男性的なC・Dを使用するという結果が顕著であった。一方、男性主人公の使用はAまでは含まれず、B・Cにとどまっていることから、 男性よりも女性のほうが、類型からの逸脱も含めたジェンダー表現使用の選択肢が広いという結果となった。

また、男性向け作品に登場する「女の子」の使用表現に、「~わ。」等の典型的な女性文末詞が含まれ、 A~Dにわたって分布するという結果となったことも特徴的である。B~Dの使用によって現実の少女のような話し方を装っているが、 Aの典型的な女性ジェンダー表現も使われており、男性向け作品では、同世代女性の現実の言語使用からずれてしまっていると言える。

以上のことより、男性登場人物より女性の方が、アイデンティティ表明としてのジェンダー表現選択の自由度がかなり広く、 男性にも選択肢はあるものの、女性ほど自由に選択させていないということと、男性向け作品の異性(女性)登場人物の話し方について、 女性向け作品の異性(男性)登場人物よりもリアリティが低いということが示唆された。

女性向け作品の女性登場人物による女性ジェンダー表現のステレオタイプ的使用は、悪役や攻撃性発露に特徴的であるのに対し、 男性向け作品の男性登場人物による男性ジェンダー表現のステレオタイプ的使用は、むしろ理想像として用いられていた。 このような男性ジェンダー表現の指標性と、若年男性による現実使用との乖離の度合は、 今回のデータでは十分な分析ができなかったので、今後の課題としたい。

参考文献

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(松本絵里奈 まつもとえりな 東京海洋大学海洋科学部学生)

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