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学会誌11号-研究ノート4(増田)

言葉づかいの実用書にみる言語規範の男女
―1970年代から1990年代の資料を題材に 

増田祥子

要旨:本稿では、言葉づかいの規範について書かれた実用書のうち、女性を対象にした資料と男性を対象にした資料から、 社会における男女に要求される言語規範の違いを調査した。結果、以下の3点が明らかになった。①女性に対しては、 美しい言葉を話すべきという規範が存在するが、男性にはその規範は示されない。②会話において求められる役割が異なり、 男性に対しては会話を進める役割とその手法を示すが、女性に対してはよい聞き手であることのほうが重要視される。③男性に対しては相手に近づくための言語行動や、そのために規範を逸脱することをも容認する意識があるのに対し、 女性にはこれらの行動が実用書に示されることはない。
 
キーワード:言葉づかい、言語規範、女ことば、男ことば
1.はじめに
本稿では、話し方や言葉の使い方のマナーについて書かれた実用書を資料とし、示される言語規範の男女の違いについて考察を行う。
 
言葉づかいの実用書は、言語使用において存在する「こう言うべき・言うべきでない」という規範を示し、 遵守することを促す媒体である。これら実用書は様々な対象、場面に対して書かれており、性別に応じた実用書も存在する。 実用書には、読者の知りたい「言うべきこと」を示すという体裁をとりつつ、著者による選定を受けた「言うべきこと・ 言うべきでないこと」が示されている。本研究では、書き手側が社会の“常識”として要求する規範が、 女性・男性に対する実用書でどのように異なるかを論じる。
 
以下、2では先行研究と本稿の位置づけを論じる。3では調査資料に関して、4以降は男女の言語規範の違いの分析を行う。 4は話すことへの目的の比較を行い、5、6、7ではそれぞれの性別に対して向けられる規範を取り上げ、8ではまとめを行う。
2.先行研究と本稿の位置づけ
女性の言語規範を取り上げた研究には中村(2007)、女性向けの言葉づかいに関する実用書を取り上げた研究には岡本(2010)がある。
 
中村(2007)は、室町期から江戸期、明治期の女性の言葉に関する言説の分析や、 戦後の1960年代までの女ことばの記述の分析を行っている。
 
岡本(2010)は、比較的最近の女性向けの言葉づかいの実用書の分析を行っているが、 双方とも男性向けの言葉づかいの実用書の分析は行っていない。しかし、言葉づかいの実用書には、男性に向けられたものも存在する。 本研究では、言葉づかいの実用書で示される女性、男性に対する言語規範がどのように異なるかについて論じる。
 
本稿の目的は「書き手が世の男女に求める言語規範」を調査することである。言葉づかいの実用書は、一般の人々に 「こうあるべきである」という規範を示すことのできる権力を持つ存在である書き手の規範意識が現れたものと考えられる。 そのような規範意識が特定の性別に対してどのように向けられるのかを分析したい。
 
実際には、著者の肩書きや知名度、多くの本を出版しているかなどによって、 実用書に示されるテキストが社会に与える影響力には差が存在すると考えられる。また、 社会に示された規範がどのように受容されているのか、どのような影響を与えているのか、という点からも調査を行う必要はあるが、 本研究では「誰に向けて何を言っているか」という点に注目し、考察していきたい。本稿で注目したのは、 1)女性/男性の目指すべき話し方が異なるか、2)特定の性別に偏って示される規範があるかどうか、という点である。
3. 資料
3.1 資料の選定
 
本稿では、1970年代から1990年代に出版された言葉づかいの実用書40冊を調査資料とした。本稿の目的は、 男女の言語規範の比較である。そのため、男女とも資料が揃っている1970年代から1990年代の資料を対象とした注1
 
調査では、国立国語研究所が刊行する『国語年鑑』の「話し方」の項目にある書誌情報と、 国立国会図書館の蔵書検索(NDL-OPAC)を用い、実際に入手できた資料を用いた。同一の著者による内容の偏りを避けるため、 同じ著者の書物は1冊とした。言葉づかいの実用書は毎年膨大な数が出版されているが、同じ著者が複数出版するケースや、 同じ著作が改訂や再版されるケースが非常に多い。そのため、一人の著者につき1冊のみを調査対象とすることで、 多くの著者の資料を調査することが可能になる。
 
3.2 対象性別の判断
 
収集した資料の対象性別は以下の基準で判断した。
・書名や前書きに「女性」「男性」などの語、「おしゃれ」など、性別を連想させる語、 「OL」や「ビジネスマン」など性別が判断できる語が入っている。
・ 書中の登場人物の設定やイラストが特定の性別に偏っている。
・ 本文中の読者への呼びかけが特定の性別に偏っている。
 年代別の冊数、事例数注2は以下の表1に示す。
 
表1 性別・年代別の調査資料数

出版年代
女性向け資料
男性向け資料
1970年代
6冊
608例
9冊
607例
1980年代
7冊
445例
4冊
219例
1990年代
7冊
443例
7冊
455例
20冊
1496例
20冊
1281例
3.3 取り扱われる場面
 
実用書で扱われる場面を性別ごとに示したものが表2である。
 
表2 性別別の場面

 
ビジネス場面のみ
日常・ビジネス両方
日常場面のみ
女性向け資料
3冊
13冊
4冊
男性向け資料
10冊
10冊
0冊
仕事の場面と日常生活の場面に分けて見ると、性別によって傾向が異なることがわかる。女性向け資料では、 ビジネス場面のみを取り扱う本は3冊、日常・ビジネスの両方を扱う資料が大半であるが、日常生活の場面のみを扱う資料も存在する。 男性向け資料では、ビジネス場面のみを取り扱う資料は10冊、日常生活の場面のみを扱う資料は見られない。男性向け実用書では、 「ビジネス場面での話し方」を問題とし、扱っているのに対し、女性向け実用書では、「ビジネス場面での話し方」ではない 「日常生活での話し方」も問題としていることがわかる。
4. 話すことの目標の男女差
言葉づかいの実用書では、前書きや冒頭部分に話すことに対する目標が論じられている。ここでは、前書きから女性/ 男性がどのように話すべきとされているかという点と、女性/男性の言葉に対してどのような評価・ 批判を行っているかという点に注目し、男女の違いを論じる。
 
4.1 女性向け実用書
 
女性に対する資料では、「女性は美しい言葉を使うべきである」という規範に集中する。
 
  (1) 女性のことばは美しい:話すということは、自分の考えや感情を相手に伝える行為です。日常の生活のなかで、自分の思っていることを、美しく、 じょうずに話せたら、どんなにすてきなことでしょう。美しいことばで、要領よく話せる女性は、きっと相手にいい印象を与えるにちがいありません。 話し方ひとつで、人に好かれる、愛される女性になり得るのです。(小滝光郎(1983)『ことばづかいの研究 女性を生かす言い方・話し方』p.3)
  (2) たとえば、話の組み立て方やことばづかいなどに注意しないと話の内容がわからないばかりか、相手に人柄までもうたがわれてしまいます。 美しくお化粧をして、すばらしいきものを着ていらっしゃっても、いったん口を開くと『きのううちの亭主、夜遅うに酒飲んで帰ってきやがってなあ』 といった調子の奥さんをよくお見かけいたします。これでは、いくら外見ばかり飾っていてもすぐにボロが出てしまいます。(坂上肇(1974) 『愛される女性の話術』p.3)
 
(1)では、女性は美しい言葉づかいをすべきであること、それによってよい印象を与えると述べている。(2)では、 美しい外見をした女性が話した言葉によって、その女性の評価が下がった例を示し、言葉づかいと人柄が結びついていると主張する。これらの例から、 女性は美しい言葉を使うべきであるという規範と、話し方と外見や人格の評価とが結びつけてとらえられていることがわかる。
 
女性の話し方のあるべき姿を論じるとともに、現在の女性の言葉づかいの批判も行われている。 (3)では女性が男性と同じ言葉づかいをしていることを批判している。 
 
  (3) こうしたやさしいことばや、かな文字をつかう美しい習慣を、最近の一部の女性が捨ててしまって、男性と同じことば、同じ調子でしゃべるのは、 いったいどうしたわけでしょう。まさか、これで男性と肩を並べたつもりでいるのではないでしょうが、もしそうだとすれば、 これもひとつの現代社会の公害というほかありません。(酒井美意子(1974)『会話のおしゃれ―実用89の秘訣集―』p.4)
 
女性は美しい言葉を使用すべきであるという規範と、言葉づかいを人格や外見と結びつける言説は、 女性向け資料の20冊中16冊に見られ、女性が美しい言葉を使うべきであるという規範が重視されていることを示している。
 
4.2 男性向け実用書
 
女性の話し方は美しさと結びつけられて論じられるのに対し、男性の話し方の実用書においては美しさを問題にする本はない。 その代わりに男性にとっての話すことは、人生や仕事の成功や人間関係と結びつけられる。
 
  (4) 筆者も会社に入ってかなりの年月を過ごしてきましたが、これ迄の会社生活をふり返ってみましても、 話し方の良し悪しがその人の仕事の成果をも左右する大きな影響力を持っていることを改めて痛感せずにはいられません。 (宮崎浩(1980)『これだけは知っておきたいビジネスマンの話し方』)
  (5) 人間の生活は言葉の上で成り立っている。だから、言葉を上手に扱うか否かで、世間が広くなったり狭くなったりする。 (中略)よりよい「人間関係」を保とうと思ったら、何よりも言葉を中心としたコミュニケーションを大切にしなければならないのは自明の理であろう。 (斎藤茂太(1995)『口のきき方私の人間学 私も本当は口べただった』p.3)
 
(4)では、話し方の良し悪しと仕事の成果が結びつけられ、(5)では言葉を上手に使うことと人間関係が結びつけられている。
 
4.3ビジネスでの目標の違い
 
女性向け資料では、ビジネス場面を対象とした資料であっても、仕事の成功は目標とされず、 言葉づかいと話し手の人柄が結びつけられている。ビジネスの場における女性の言葉づかいも、 やはり美しい言葉を話すべきであると捉えられているのである。
 
(6) この本はオフィスで働く若い女性の皆さんに読んで頂きたいと思って書きました。 (中略)適切でよい応対は会社のためばかりではなく、 あなた自身の評価にもつながります。また、言葉づかいの美しさは人柄を反映しますから、あなたの魅力を一層増すことにもなります。 (磯浦康二(1992)『好感をもたれるOLきれいな言葉づかい』p.2)
5.語句の使用に関する男女差
以下では、女性/男性という性別に偏って見られる言語規範について見ていく。
5.1語句の選択規範
 美しい言葉づかいに関する規範として語句の選択規範がある。語句の選択規範とは、使用する語句や語種に対する規範であり、 流行語や俗語、専門用語や外来語などの語句・語種が取り上げられる。
 女性に対しては、(7)のような汚い言葉や俗語の使用を避けるべきであるという規範が示される。 品のない言葉の使用を回避するべきなのは、品のない言葉を使うことによって話し手の評価が落ちるからであると述べられている。
 
(7) 男性が使う「そいつ」「こいつ」「あいつ」「きゃつ」「どいつ」などは、 若い女性の使うことばではない。たとえ、友達同士でも、 こういうことばは使わないほうがいい。誰かに聞かれれば評価を落すだけでなく、 ふだん使っている言葉がつい口をすべって出てくることがあるからである。(巻正平(1975)『愛される女らしい言葉』p.54)
 
下品な言葉の例として挙げられている流行語や俗語は、特定の仲間内や年代などで使用される集団語の性質も持ち、 場面や相手によっては意味が伝わらない可能性がある。その意味で使用することは情報伝達の点からも問題となる。 男性に対する実用書の例(8)は、流行語や俗語の使用を情報伝達の観点から問題にしているのに対し、 女性向けの実用書の例(9)では、話し手の評判が落ちるため、流行語を使用すべきでないと述べられ、 男女で語句の使用を規制する理由が異なっている。
 
(8) 専門語、外国語、職場語、方言など、一定の範囲の人だけに通用する言葉は、相手にわかるかどうか、 よく考えて使わないと、わからなかったり、 極端な場合は反対の意味にとられることもありますから注意しましょう。流行語や俗語も同様です。(金光達太郎(1995) 『話し方の秘密「人間の心」をどう理解するか』p.135)
(9) 何を言っても、「エーッ、ウッソー」「ウッソー、ホントー」「カッワイーイ」の連発で答えたり、 「ルンルンしちゃうわ」 「クラいのよ、ネクラなのね」「ダサいんだよ」「おばんには似合わないの」、口を開けば流行語だったりでは、いくら服装がナウくても興ざめです。 (後藤美代子(1983)『女性のための話し方のエチケット』p.60)
 
男女の言葉の選択に関する規範を、話し手への評価(評価)と情報伝達(伝達)という目的別に集計したものが図1である。
 
女性では話し手への評価が20冊中17冊(115例)見られるのに対し、男性に対しては20冊中3冊(5例)のみであった。 情報伝達という理由からは男性向けが20冊中9冊(40例)、女性向けが20冊中6冊(30例)と男性に対するほうが多く見られた。
 
図1 性別ごとの事例数
 
語句の選択規範は、そのほとんどが女性に対して向けられており、男性に対しては向けられる場合はごく限られている。また、 女性は使用による使用者への評価が問題とされるのに対し、男性は使用者への評価は問題とはならず、 情報の伝達の問題から言葉を選ぶべきであると捉えられている。
 
また、男性向け資料で、話し手への評価が問題とされる5例は、いずれもビジネス場面での使用が問題となっており、 ビジネス場面とそれ以外の場面を区別されずに使用を回避すべきと言われる女性向け資料よりも規制の範囲が狭い。
 
5.2女性に対する批判
 
語句の選択規範の多くが、女性に対して向けられると考えられる根拠として、男性向け資料の中の“女性の言葉づかいへの批判”がある。
 
(10) 気をつけたいOLの言葉づかい:男性の場合は、会社という組織に入って、そこで気がつき、 だんだん「ケジメ」がついてくるのですが、 女性の場合は、たとえ会社に入っても、組織というものを意識しないので、とうとうそのまま、友だち語・ 学生用語から抜け出せない人ができてしまうのです。それが、会社の中で、際立って”乱れている”という印象を与えているのだと思います。 (大森和子(1979)『ビジネスマン 話し方上達法』p.67)
 
(10)では、男性の言葉づかいは問題とならないがOLの言葉づかいは問題であると述べ、女性の言葉づかいのみが非難の対象とされている。 また、1冊を通じて男性のビジネスマンの言葉づかいに関して述べているにも関わらず、「最近の女性の言葉づかい」として、女性向け資料と同様に、 流行語や俗語などを使う女性を取り上げ、批判する資料もある。批判の対象となるのは、あくまで女性の言葉づかいであることが伺える。
6.会話における役割の男女差
ここでは会話参与者の会話に対する役割の男女差について論じる。(11)では、会話の参加者である「私」が、 相手の話をうまく引き出し、相手の話がそれた際に、「私」が話をうまくリードしていくべきこととその方法について論じている。 このような「私」が会話をリードし、話を引き出していく積極的な関わり方は、男性向け資料に多くみられる特徴である。 男性向け資料の20冊中14冊に見られるが、女性向け資料では20冊中4冊に見られるのみであった。
 
(11) 相手が方向を見失って、話が逸れてしまったときは、(中略)「なんの話でしたか?」といわせておいて、 「これこれこういう話でした」 というふうにアドバイスすべき。相手に「何の話でしたか?」と言わせるには、まったく違う話題に相手を誘導し、 「そういえば、この間、こんなことをおっしゃいましたね」「あの事件はどうなったんでしょう」などど一度大きく脱線させる。 大きく脱線して一息入れ、さあ続きを話そうというときに、相手が「さて、私は何の話をしていましたか?」と大概聞いてくるもの。 (斉藤茂太(1995)『口のきき方私の人間学 私も本当は口べただった』p.92)
 
一方、女性向けの資料では、女性は話をリードする立場よりも聞き手に回り、話を受け止める立場のほうに重きが置かれている。
 
(12) 美しい女性の姿:話は相手があってするものです。自分が喋って相手が喋る、 話し手になったり聞き手になったりするものです。 一方的に喋るものではありません。そして、私は特に女性には、どちらかというと上手な聞き手になって欲しいと思うのです。 (下重暁子(1975)『聞き上手 話し上手-人に好かれる秘訣-』p.19)
(13) 話の要点でうなずいてあげる:聞くときの秘訣は唯一つ、相手の話の要点でうなずいてあげることです。 聞き手が要所要所でうなずけば、 それに力を得て、相手は一生懸命しゃべるものです。実は、このことは、あなた方若い女性はたいへん上手なのです。(主婦の友編(1972) 『愛される話し方・聞き方』p.197)
 
(12)では女性らしさと「聞き上手」が結びつけられ、女性は聞き上手であるべきだ、と述べられている。(13)は女性が、 相手が話すのを援助するためにうなずけば、相手は一生懸命喋ると述べ、どちらの例も会話において、受け止める立場の役割が望まれている。
女性に対して「よい聞き手」であることを求めることとあわせ、(14)のように女性の話が長いといったことや、 女性は聞き下手であるという認識や批判が示される。なお、男性向け資料には、「男性の話は長い」といった批判は見られず、 逆に「無口」であることや「言葉が足りない」ことなどが示される。
 
(14) 女はおしゃべりと相場が決まっているようですが、これは話の量が多いということだけでなく、 相手かまわず、 場所をわきまえずになりがちなための悪評ではないでしょうか。(小川宏監修(1983)『話し上手になる魅力的会話術』p.27)  会話をどのように運び、管理するかという点において、男性の場合は聞き手の立場での規範も示されるのに加え、会話をリードし、 円滑に進める側の規範も示されるが、女性は受け身の立場として会話を聞くことに重点が置かれている。
7.積極的な働きかけの男女差
 4. 2で、男性向け資料では人間関係と話し方が結びつけられていると述べたが、 男性向け資料には相手と親しくなることを目的とした言語行動規範が示される。
 
(15) 取引先や顧客を訪問したとき、本題の話のほかに、 何かプラスアルファの情報を相手に提供することが出来れば、 相手との心理的距離はぐっと縮まる。例えば、自分が見たり聞いたり経験した最近の出来事。その際、単に客観的な事実だけを話すのではなく、 自分が考えたり感じたりしたことをワンポイントとして含める。(江川純(1995)『知的話し方の方法』p.68)
(16) 例えば会社を離れたときや、役職を意識しなくていい場面で、ワンランク落とした言い方をする。 「テレビ、ご覧になりました」 と言うときに、口調をいつもより軽いソフトな感じで話してみる。「テレビ、見ました?」という感じだ。そうすると「あーあ、見た見た」 と、相手もだんだんほぐれてくる。(高島秀武(1992)『できる男(ヤツ)ほどよくしゃべる』p.106)
8.おわりに
本稿では、言葉づかいの実用書を題材とし、女性に対する規範と男性に対する規範がどのように異なっているかを検証した結果、 以下のような違いが見られた。
 
  1. 目指すべき「話し方」の目標では、女性には美しい言葉を使うべきであるという規範が存在するが、男性には美しい言葉を求める規範は見られず、 話すことと人間関係や仕事の成功が結びつけられている。
  2. 取り扱われる場面という点からは、男性に対してはビジネス場面に重点が置かれ、日常生活の場面での言葉づかいは重視されていないのに対し、 女性に対する実用書はビジネス場面も日常生活の場面での言葉づかいも重視されている。
  3. 語句の選択規範において、女性は下品な語や流行語といった語句を使用すべきでないという規範が存在する。 回避すべき理由として話し手へのマイナス評価が問題とされるが、男性には、話し手の評価が下がるという理由で、 下品な語や流行語の使用を避けるべきという規範はほとんど見られない。男性にとって言葉の選択が問題となるのは、 情報伝達に問題が生じる場合である。
  4. 会話における役割という点では、女性は聞き手に回ることを求められ、会話を自ら進めていく立場の規範はあまり示されない。 男性は聞き手としての役割に加え、会話を進めていく立場の規範も提示される。
全体的な傾向として、女性に対しては言葉づかいや話の長さなどが批判の対象となるが、男性に対する話し方の批判は女性ほど多くは見られない。 女性に対する規範は、使用を回避すべきであるとか、聞き手の役割の方がふさわしいなどと、女性の言語行動に対し規制をかけるものである。
 
一方、男性に対しては、言語行動の規制は女性よりも少なく、場合によっては相手と親しくなるために敬語の丁寧度を落とすなど、 ある種の逸脱行為や相手に近づくための規範が示されることもある。男女の規範のあり方は、このように異なりを見せているのである。
 
今後、さらにデータを増やし、著者の肩書きや性別など、書き手の属性からの分析を行いたい。また、 示された規範が実際の社会にどのような影響を与えているのかについても考察を行いたい。
 
  1. 資料を収集していく中で、1960年代は女性向けの資料が少なく、2000年代は男性向けと判別できる資料が少ないという事態が生じた。 男女の言語規範の比較を行うため、男女とも資料が揃っている1970年から1990年代の実用書を調査に用いる。本文に戻る
  2. 事例の数え方は,1つの場面に1つ以上の言語項目があれば1例とし,場面や状況が変わることで言語項目に変化があれば異なる例として数えた。本文に戻る
参考文献
  • 井出祥子編(1997)『女性語の世界』明治書院.
  • 遠藤織枝(1997)『女ことばの文化史』学陽書房.
  • 岡本成子(2010)『言葉美人になる法』:女性の話し方を教える実用書の分析『日本語とジェンダー』10 
  • (https://www.gender.jp/journal/no10/01_okamoto.html)
  • 佐竹久仁子(2005)〈女ことば/男ことば〉規範をめぐる戦後の新聞の言説-国研「ことばに関する新聞記事見出しデータベース」から-『阪大日本語研究』17,111-137.
  • 中村桃子(2007)『「女ことば」はつくられる』ひつじ書房.
  • 西尾純二(2005)上品なことば・下品なことば、上野智子・佐藤和之・定延利之・野田春美(編)『日本語のバラエティ』おうふう,78-83.
  • 増田祥子(2011)女性向けのことば遣いのマナー本にみる言語規範とその変化『言語文化学紀要』6,53-71.
女性向け調査資料一覧

書名 著者 出版年 出版社
愛される話し方・聞き方 主婦の友社編 1972 主婦の友社
人に好かれる話し方 安藤梢 1973 新星出版社
会話のおしゃれ―実用89の秘訣集― 酒井美意子 1974 三笠書房
愛される女性の話術 坂上肇 1974 青年書館
聞き上手 話し上手-人に好かれる秘訣- 下重暁子 1975 大和出版
愛されることば 女らしい言葉 巻正平 1978 大和書房
女性のためのさわやか会話術入門 話し上手になるために 室町澄子 1980 土屋書店
今日からあなたも女子社員 近田登志子編著 1981 青也書店
女性のための話し方専科 来栖琴子 1981 白石書店
ことばづかいの研究 女性を生かす言い方・話し方 小滝光郎 1983 早稲田教育出版社
話し上手になる魅力的会話術 小川宏監修 1983 主婦の友社
女性のための話し方のエチケット 後藤美代子 1983 新星出版社
言葉は女の最高のおしゃれ あなたを美しく装う心のアクセサリー 鈴木健二 1988 ごま書房
好感をもたれるOLきれいな言葉づかい 磯浦康二 1992 徳間書店
女性のキャリアは言葉しだい 江上節子 1992 大和書房
知的な女性は話し上手 あなたが変わる10の秘訣 杉本泰夫 1993 祥伝社
言葉ひとつで女があがる 小俣雅子 1995 日東書院
言葉のごちそう 市堀艶子 1996 主婦の友社
言葉のおしゃれ365日 田丸美寿々 1996 三笠書房
話し方教室 会話とスピーチがうまくなる 吉本伶子 1997 中日新聞本社

男性向け調査資料一覧

書名 著者 出版年 出版社
話し方の知恵 こんなときどう話す 酒井広 1971 日東書院
話し上手50章-人間関係がよくなる本- 言論科学研究所編著 1974 大和出版
新しい話し方の知恵-話し上手は聞き上手- 渡辺武 1975 あゆみ出版
職場の話し方・聞き方-人を生かすコミュニケーション管理- 永崎一則 1976 日本労働教会
話し方入門 より良き人間関係のために 千名裕 1976 土屋書店
人に好かれる話し方 春風亭柳昇 1977 サンケイ出版
どうすれば上手に話せるか ビジネス話し方入門 山口敏治 1977 永岡書店
新社会人のための話し方読本 関口進 1979 産業能率大学出版部
ビジネスマン 話し方上達法 大森和子 1979 日本能率教会
これだけは知っておきたいビジネスマンの話し方 宮崎浩・梁川清 1980 英潮社出版
気ばたらき会話術 島田一男 1984 ごま書房
露木茂の話の輪は和 露木茂 1985 有斐閣
話し方コミュニケーション 竹山昭子 1985 白桃書房
できる男(ヤツ)ほどよくしゃべる 高島秀武 1992 かんき出版
ピシッと決めたい 一人前のあいさつと話し方 村岡正雄 1992 日本実業出版社
聞き方・話し方の基本がわかる本 人間関係が面白くなる 社員教育総合研究所 1993 大和出版
知的話し方の方法 江川純 1995 日本実業出版社
話し方の秘密「人間の心」をどう理解するか 金光達太郎 1995 三一書房
口のきき方私の人間学 私も本当は口べただった 斉藤茂太 1995 三笠書房
ビジネスマンのための話し方入門 野村正樹 1995 日本経済新聞社
 
 
(増田祥子 ますだしょうこ 大阪府立大学大学院人間社会学研究科博士後期課程)
 
 
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