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学会誌11号-研究論文(李)

日本語の自然会話に見られる女性の表現の丁寧さ
―あいづち、笑い、ジェンダースタイル交替の観点から― 

李 雪

要旨:本研究では、日本語において女性の発話が男性による発話より丁寧かという疑問に答えるために、自然会話データを「あいづち」、 「笑い」、「ジェンダースタイル交替」注1 という三つの観点から分析した。その結果、女性のあいづちは、感情的、明示的である傾向が見られた。 笑いにおいては、女性の方が多く笑い、また、感情性の高い笑いを多用していた。更に、女性の方が積極的にスタイルを交替させ、 異性語を多用している傾向が見られた。女性の発話はより調和的であり、相手との心理的距離を縮めながら、 「丁寧に」会話を進めていることが明らかになった。
 
キーワード: 丁寧さ、男女差、あいづち、笑い、ジェンダースタイル交替、自然会話、調和的 
1.はじめに
近年の研究によって、典型的な日本語の女性語―例えば、文末形式、疑問表現、敬語など―の使用が次第に少なくなっていることが明らかになった (尾崎1997、中島1997、遠藤1997)。しかし、そこから女性の発話の丁寧度が減少しているという結論を導くことはできないだろう。 丁寧さには、「あいづち」や「笑い」や「スタイル交替」なども大きく関わることが明らかにされており、こうした現象にも着目する必要があると考えられる。 そこで本稿では、この三つの観点から、女性の言語行動の特徴を、丁寧さに関して明らかにすることを目的として、分析・考察を行った。
2.先行研究
あいづちと性別の関係を論じた研究には黒崎(1987)、辻本(2007)がある。黒崎は女性の方があいづちの頻度が高く、重なるあいづち注2を多用していると述べた。 辻本は女性の方があいづちの表現形式が豊かであり、同意や共感を示す傾向があると論じている。
 
笑いに関する男女の比較研究については早川(2002)、久志(2008)が行った。早川は女性のほうがあいづち笑いを多く使用していると述べている。 久志は男性は社交上の笑いが多く、女性は感情としての笑いが多いと報告している。
 
また、ジェンダーの視点からスタイル交替を論じている研究は二つ挙げられる。松村(2001)は日本のタテ社会という特徴のために、 男女共にそれぞれの場における自分の立場をわきまえていると述べている。因(2003他)は、ジェンダー表現が必ずしも服従や丁寧さを示す意味での 「女性らしさ」を表すものではなく、「他人格モード」として用いられ、他の効果をあげている場合があると指摘した。
 
これらの研究では、「あいづち」「笑い」「ジェンダースタイル交替」とジェンダーとの関連は明らかにされつつあるが、 テレビ番組やマンガなど、いわゆるメディアから収集したデータを利用する研究が多く、「自然な言葉をデータにするという点からは、 日常生活の会話を集めるというのが一番理想的」(泉子・k・メイナ-ド1993)という視点からすると、実際の会話を用いた分析は未だに少なく、 研究の余地が大いに残されている。また、本稿が対象とする「あいづち」「笑い」「ジェンダースタイル交替」 における意味の理解と運用が日本語学習者にとって困難であることは度々指摘されているが(堀口1997、久志2008、因2003他)、 自然会話中のそれらの使用実態を示している研究も少ない。
3.研究方法とデータの収集法
本研究では、2010年4月から9月の間に、東京都と福岡市の2ヶ所注3で、16人(男性7人、女性9人) の調査対象者が家族やごく親しい友人や同僚と行った自然会話を調査対象とした。7場面(女性対女性3例、男性対女性2例、男性対男性2例) で合計1時間13分2秒の談話データをICレコーダーで録音し、1561文(男性684文、女性877文)にスクリプト化した。次に、この談話資料を「性別関係」、 「内外関係」、「上下関係」という三つのカテゴリーを設定して、分類した。
 
さらに、調査対象者の心理や発話意図を詳細に把握するために、調査協力者に対して発話した際の意図や期待した効果について事後インタビューを行った。 これらの発話意図を考慮しながら、「あいづち」、「笑い」、「スタイル交替」に分けて量的・質的分析を行い、男女の言語使用の特徴を記述し、 女性の言葉遣いが男性より丁寧か否かを検証した。
4.本稿の丁寧さの定義
本稿では、「丁寧さ」を「上下、親疎、内外、性別」を考慮した上で、「言語形式」より「実質的効果」に重点を置いた概念とする (Brown & Levinson 1987)。即ち、言語形式自体は丁寧でなくても、相手や場面に対して配慮を示し、 親密な人間関係を確立するために円滑に話す行動を丁寧と見なす。
5.あいづちの使用実態
あいづちは聞き手の話し手から伝わってきたことに対する反応、基本的に「聞いていますよ」「理解しましたよ」 という会話を継続させるための合図だと言えよう。本稿では、堀口(1997)、坂本(2004)、ザトラウスキー(1993)などに基づいてあいづちの範囲を認定し、 表1のように分類した。
 
5.1 調査結果
 
表1に示すように、男性では「継続や理解」172回(79%)と「否定や情報の追加の信号」28回(68%)のあいづちが女性と比べて多い。 女性では「感情や感想の表出」と「確認や興味」が18回(75%)、43回(67%)で、男性6回(25%)、21回(33%)という違いが見られる。 女性のほうが感情的、明示的にあいづちを打つ傾向があると考えられる。
 
表1 あいづちの分類及び性差
カテゴリー 総数 女性 比率 男性 比率
継続や理解の信号 218 46 21% 172 79%
同意や共感の信号注4 83 32 39% 51 61%
感情や感想の表出 24 18 75% 6 25%
確認や興味の信号 64 43 67% 21 33%
否定や情報の追加の信号 41 13 32% 28 68%
その他 5 1 20% 4 80%
合計 435 153 35% 282 65%
5.2 あいづちの性差はどのようなところにあるのか?
 
5.2.1 復唱や「共話」を重ねる女性の発話
 
女性話者は相手の発話を復唱したり、言い換えたり、先取りあいづちなどをすることによって相手に対する共感を示し、 「共同の場」を盛りあげる「共話」(水谷1988:10)的なあいづちを打つ傾向があった。具体例を見てみよう。
 
会話例1  20代の女性3人(同僚)が仕事について話している場面。上下関係はF1>F2>F3。
 
あー忙しい。↓
F1
あ―忙しい。↓
F3
{笑}、ほんとう↑、マジで↑なにしてそんなに忙しいっすかね。
 
会話例1は実は非常に暇なときのもので、F1が冗談で「あ―忙しい」とF2の発話を復唱し、F2の発話を継続させて、 楽しい雰囲気を作り出し、F3の笑いを誘っている。次の会話例2では、女性話者が相手の発話を予測して、 相手と同時に発話している。相手の発話に対する興味を最大限に示し、一瞬で発話者間の距離を縮め、 親密さを強めていると言える。
 
会話例2   20代の女性2人(同僚)がNHKの歌について話している場面。上下関係はF1>F2。
 
F1 歌詞が一切➠注6{笑}
F1F2
分からない
F1 一つ掃除屋さんってことしか知らない。
 
一方、今回の会話データの男性発話者間には復唱や同時発話が一例も見られなかった。代わりに、男性話者は「いや」 「でも」などのような「否定や情報の追加の信号」のあいづちを多数用いており、 相手より更に面白く新しい情報を知っていることを示そうとする意欲が強く感じられた。 男性話者にとっては相手の発話内容への賛否を伝えることよりも、自らの所有情報を相手に伝え、 発話権を握ることが重要であることが示唆された。
 
5.2.2「いや」を多用する男性の発話
 
会話例3   20代の男性(友人)がドラマについて雑談している場面。D1とD2は対等の関係。
 
D1 でも、「熱海の捜査官」ってさ、あんまりおもしろくない、「時効警察」ぐらいさ。
D2 いや、「時効警察」のほうが面白い。(D1:ね。)まあ、やったことはたぶん殆ど一緒やけど。
D1 そう、なんか、ちょっと笑いが入るみたいだね。でも、笑いが多いけん。
D2 「時効警察」のほうが面白い。
D1 うん、星崎さんにならんかな、俺。星崎さんならんかな。(D2:なりそう。)ええ、↑なりたいね。
D2 いや、「時効警察」のほうがやっぱ良いな。
 
会話の進行権や話題の導入の頻度が話者間の「力関係」を反映するという指摘があるが(宇佐美1993)、 例3ではD1もD2も積極的に新情報を導入し、会話の発話権を取ることに力を入れている。会話の最後にD2が、「いや」 と言いながら自分の主張を繰り返し、再び話題の導入を行っていることが印象的である。 このような発話権を狙うためのあいづちは男性話者間にしばしば見られた。次の会話例4では、「同意」を表すためにすら、 「いや」と、新たな情報を持ち出すかのような口ぶりであるところが興味深い。
 
会話例4   20代の男性(友人)がラーメン屋について語っている場面。D1とD2は対等の関係。
 
D1 この前、「安全食堂」なんか。(D2:うん。)あれ美味しいよ。
D2 いや、美味しいらしいね。
6.笑いの使用実態
本稿では、久志(2008)の分類を参考に、笑いを表2のように分類した。また、 本稿の提示している分類は上から下に行くほど感情的な笑いから離れ、手段や社会機能という意味が強まっていく。 つまり、「直感的な笑い」が一番感情性が強く、「反応としての笑い」が最も社交的意味が強いと考えられる(表2参照)。
 
6.1調査結果
 
全体的には、女性の笑いは188例で、男性の2倍ほどに上る。「感情表出の笑い」に着目すると、 女性は「面白いから」と「恥・照れ」による笑いを多用しているが、男性の7例の発話に見られた「苦笑い」は、 女性には一例も見られなかった。「社交上の笑い」については、女性は「盛り上げる」と「茶化す」笑いの使用が男性より多く、 男性は「同意を示す」「お付き合い」を多用する傾向が見られた。女性では感情の程度が高い笑いが多用されているのに対して、 男性の笑いはより「社交的」であることが分かった。この分析結果は久志(2008)で指摘された結論と基本的に一致したのである。
 
表2  笑いの分類及び性差
カテゴリー 総数 女性 比率 男性 比率
A
感情表出の
笑い
A-1
直感的
A-1-a 面白い 119 84 71% 35 29%
A-1-b 嬉しい 1 1 100% 0 0%
A-1-c 可笑しい注7 5 4 80% 1 20%
A-2
意識的
A-2-a 驚いて 2 2 100% 0 0%
A-2-b 恥・照れ注8 15 15 100% 0 0%
A-2-c 苦笑い 7 0 0% 7 100%
合計     149 106 71% 43 29%
B
社交上の笑い
B-1
手段として
B-1-a 盛りあげる 56 37 66% 19 34%
B-1-b 和らげる注9 21 14 67% 7 33%
B-1-c ごまかす 8 5 63% 3 38%
B-1-d 茶化す注10 21 17 81% 4 19%
B-2
反応として
B-2-a 同意 10 3 30% 7 70%
B-2-b お付き合い注11 19 6 32% 13 68%
合計     135 82 61% 53 39%
総合     284 188 66% 96 34%
さらに、表3に示すように、女性は話し手としての笑い及び「笑いながら」の発話が多いが、 男性は聞き手としての笑いが多い傾向が見られた。
 
表3 笑いの場面差
カテゴリー 男性 比率 女性 比率 総数
話し手としての笑い 38 28% 99 72% 137
聞き手としての笑い 58 39% 89 61% 147
話しながらの笑い 28 41% 40 59% 68
 
 
6.2  笑いの性差はどのようなところにあるのか?
 
6.2.1「照れ・恥」と「茶化す」を多用する女性の発話
 
前述したように、男性と比べ、女性は「恥・照れにより笑う」の比率が高いということが分かった。以下で、その「恥・照れ」 による笑いの談話例を見てみる。
 
会話例5   20代の女性3人(同僚)が下着についての雑談場面。上下関係はF1>F2>F3である。
 
F1 何?↑
F3 ずれている。{} よし、これはずれていた、私の。(F2:うん?↑)ブラジャー。{}
F1 乳↑(F2:うん。)
F3 こんな{笑いながら}とられて。
F2 乳ずれたってよ,(名前)ちゃん。(F1:乳ずれ。)また、ずれるって。(F3:{笑} 。)
 
F3はブラシャーがずれていることを、恥ずかしそうに笑いながら告げ、その後、F1からの「乳↑」という直接的な問いに対しても、 通常の話しぶりとは違う小さい声で笑いを伴いながら話し、最後にも、他人の茶化しから自分を防御するように、照れ笑いをしている。
 
会話例6 家族同士の雑談で、F1はD1の飲み過ぎを茶化している。上下関係はF2>D1>F1。
 
F1 あんた、筍煮たかったけど、今、胃がちょっと具合悪いから。(D1:うん)
筍、消化に悪すぎて{笑いながら}。
D1 先週はもう、本当、お腹はすいているんだけど、ここはもう焼けちゃっていて、食べられないや。
F1 バターを舐めなきゃ。
F2 どうしたの、↑胃が出すぎちゃったの↑、胃酸が。
F1 アルコールで焼けたんだって{笑いながら}。
 
F1は筍のことにかこつけて、冗談半分でD1の飲みすぎを茶化している。最後にも、F2の質問に対して、 F1は「アルコールで焼けたんだって」と笑いながら答え、再度D1を茶化している。F1は一連の「茶化す」発話を通して、 この場を盛りあげているものと思われる。
 
6.2.2「苦笑い」や「付き合い笑い」が特徴となる男性の発話
 
女性が場を盛り上げようと積極的に笑うのと対照的に、男性は「苦笑い」「相手の笑いや話に付き合う笑い」など、 より社交性の高い笑いを使用している。具体例を見てみよう。
 
会話例7  40代の友達同士が居酒屋で人事異動の話をしている場面。上下関係はD2>D1。
 
D2 で、それだけ中国に期待寄せられるなら、D1さんは今度の人事で、役員に帰りたいな。
D1 {}、もうもう。
D2 それは認めてくれないわけ。↑
D1 うん、あの、そうですね。
 
 「役員で帰りたい」というD2の指摘に対して、D1は笑いで答えることで、一度左遷された複雑な立場にある自分の面子を守り、 内面の悔しさなどを見透かされるのを防いでいると考えられる。次の例でも、相手への反応として笑いを用いている。
 
会話例8   40代の友達同士が居酒屋での雑談場面で、D1は社長のやり方に愚痴を言っている。D2はやや上の立場にある。
 
D1 (前略)じゃ、その200台を、海外の200台をどうやっていくかというと、(地名4)の製品だったら(D2:うん)それは売れると。待ってよ、 そんな注文来ちゃたら、作れないよね。{笑いながら}
D2
{笑}。
 
D1が、苦笑いしながら社長の認識の欠如に対する不満を示し、「作れないよね」とD2の同意を誘ったのに対し、 D2は言葉でなく「笑い」で応じた。この「笑い」はD1の苦笑いとペアになっており、社会人として共通にもつ考えや辛さを 「言えないが、よく分かるよ」とあいづち以上に「同意や共感」を伝えていると思われる。
7.ジェンダースタイル交替の使用実態
ジェンダースタイル交替の男女差は表4のようである。通常以上に自分のジェンダーを強調するようなジェンダー形式を同性語、 異性形式を異性語と呼ぶ。
 
7.1 調査結果
表4 ジェンダーの逸脱の実態
分類 総数 男性 比率 女性 比率
同性語への交替 9 4 44% 5 56%
異性語への交替 9 0 0% 9 100%
表4で示したように、異性語の使用が女性には9例あるのに対し、男性には1例も見られず、 「女性による異性語使用に比べて男性による異性語使用は違和感が強い」という因(2003)の指摘と重なる結果が見られた。
 
7.2 ジェンダースタイル交替の性差はどのようなところにあるのか?
 
7.2.1 ジェンダースタイルが豊かに使用される女性の発話
 
今回の調査で、女性は、時として、女性語が伝統的に示唆する女性像を利用して他人を茶化したり、雰囲気を盛り上げたりすること、 また、男性語のスタイルと結びつく、行儀が悪い、俗っぽいなどのニュアンスを利用して、笑いを誘ったり、場のバランスを保ったり、 微妙なニュアンスを伝えようとすることが観察され、因(2003、2010他) がマンガを用いた一連の研究の中で指摘した現象が実際の会話の中にも存在することがわかった。
 
会話例9   家族同士の雑談場面で、F1が知り合いの人が卵を殻ごとに食べることを茶化しながら、話している場面である。 上下関係はF2>D1>F1である。
 
F1 私の知り合いのおばさんはさ、御昼過ぎでラーメンを作っててさ、前の会社の時、食べて、で、その入れようとして、具にしようとして、ゆで卵を家から持って来て、上に卵浮かして、頂きます、と食べた瞬間に、 卵を食べようとしたとき、カッツンって。{笑}(D1:{大笑い})
F2 あ、見てなかった。
F1 あら、殻ごとだったわ{笑いながら}。(D1:{笑})何ぼけているんだ、自分で、じぶんで卵を持って来たさ{笑いながら}。ゆで卵剥くのを忘れていたわ、(D1:{笑})殻は白いから剥いてあると思っていたとかと言ったの。(名前2)さん、シール、シール貼ってありますよ{笑いながら}。(D1:{笑})あーら、 気が付かなかった。(名前3)さんが、っていうか、シール。{笑}
D1 あれは、もう天然ボケの人ですね。
 
F1は、知り合いの発話を引用するのに、「あら、殻ごとだったわ」と「ゆで卵剥くのを忘れてたわ」 と女性語スタイルに交替したが、この女性を優雅で淑やかな女性として描くというより、 そのうっかりぶりを更に滑稽に聞こえるようにする効果を上げている。更に、「あーら」と再度女性語で「演ずる」ことによって、 茶化す効果が高まっていく。このように、F1はスタイル交替によって面白おかしく当時の情景を再現し場面を盛りあげている。
 
会話例10 20代の女性3人(同僚)が総理大臣の苗字について話している場面。上下関係はF1>F2>F3である。
 
F3 今、菅(かん)さんになったんでしたっけ、まだ?↑
F2 かんさんっていうの?↑(F3:かん?↑)
F1 かん、オリバーカーン。
F2 好きやった。あの人カンだっけ?↑
F3 なんか、こんな感じで。
F1 すがさんじゃない?↑{笑}
F2 {笑いながら}すがさん、↑うがさん、↑タケ、↑かん、↑かんさん↑っていい?↑
F1 (携帯を調べて)かんなおと。(F2:あ、かんか。)
F3 お、いつもまちがってねえだぞ。(F2:おー{笑}。)
 
最後に、自分の読み方に対して不信感が表われている二人に対して、 F3は方言の要素を含む男性語という通常のスタイルから明らかに逸脱するスタイルによって抗議の意を表した。 F3はF1とF2より社会地位がやや下にある。下の者が抗議をするには、 相手の面子を脅かさないように何らかのストラテジーを使用するのが普通だろう。 F3は異性語スタイルを用いて一時的に自分ではないかのように振舞うことによって(「他人格モード」因2003)、滑稽味を加味し、 雰囲気を崩さず、相手の面子を脅かさずに抗議することに成功している。この「まちがってねえだぞ」は、 相手に対する失礼な発話行為ではなく、逆に相手に対する配慮を示している。F2はこの配慮を読み取り、F1のスタイルに同調して 「お―」というような少し男性っぽいあいづちを打ち、場のバランスを保っている。
 
7.2.2 「場」より「立場」を大切している男性の発話
 
女性が異性語を多用しているのと異なり、今回の談話データには男性における異性語スタイルの使用は一例も見られなかった。 女性による男性語の使用は「粉飾せず、人情がある」「気前が良い」「馴染みやすい」 など一般的なプラスのイメージを相手に与えることが多い一方、男性による女性語の使用には、そうしたイメージがなく、 「オネエ語」といわれるような特定の人々の言語使用への連想が強く働くため、男性の異性語使用は稀なのであろう。しかし、 強い同性スタイルへの交替例は見られた。以下に例を挙げる。
 
会話例11 40代の友達同士が仕事場の中国人管理者について話している場面。D2はやや上の立場にある。
 
D2 中国人の親分をしっかり自分の部下に、見方さえ違うんだ。
D1 そう、だから、前は居たんですよ、ぼくの時は。(D2:ああ)あの、生意気なんだけど、
(D2:うん)で、もう、しょっちゅう悪口は言うし、ぼくが命令しても、いやそれだけは聞けないって言って{笑いながら}(D2:{笑})断るし。 だけど、彼には「現場はおかしいから、ちょっと見てこい」と言ったら、それはもう「分かった」ってやったし(D2:うん)。 たぶん工場建設の時に、なんかいろんな問題があったけど、(D2:うん)それこそ自分達の井戸があるんだとか、↑(D2:うん) 墓があるんだとか、↑(D2:うん)こんなの、日本人じゃ対応できないですよ。(D2:うん)任しとけって。〈沈黙3秒〉 あの人間が居ないと駄目ですよね。
 
ここでは、D1は「生意気」な部下に命令を下すという場面を描写するのに、自らの発話を「見てこい」という命令形にした。 実際の場面でこの形を使用したかどうかは不明であるが、この男性語スタイル使用には、 管理者である自分の地位や決然たる自分の態度を示そうという意図がうかがわれる。また、この後、中国人管理者の発話も 「任しとけ(って)」と男性語スタイルで表現しているが、これも、この中国人を「生意気」ではあるが「責任を引き受ける強い人間」 として描くという効果を上げている。即ち、 男性スタイルには「地位」や「仕事能力」を示唆するという機能があるようだ。
8.総合的考察
本稿では、実際の会話例を対象に、「あいづち」「笑い」「スタイル交替」という三つの視点から量的・質的な分析を行い、 女性と男性の会話には種々の違いがあることを観察した。笑いとスタイル交替においては、 男性より女性の使用頻度が高いということが明らかになった。あいづちにおいては、 女性の153例と比べて男性は282例で大幅に多い傾向が見られた。
 
具体的に、あいづちにおいては、女性は「感情表出」と「確認や興味」のあいづちが多用され、 感情的もしくは明示的にあいづちを打つ傾向が見られた。特に、女性話者は相手の話を復唱したり、共同して会話を完成したり、 積極的に話し手の発話に興味を示し、お互いに協力して「共同の場」を盛り上げる傾向があることが証明された。また、笑いにおいては、 女性のほうが多く笑っていること、また、話し手としてもしくは話しながら、より感情性の高い笑いを多用している。 「面白い」や「恥・照れ」、または「盛りあげる」「和らげる」「茶化す」のような笑いを多用し、積極的に場を盛り上げ、 場の雰囲気を調整しようとする意識が強いということが明らかになった。更に、スタイル交替においては、 女性は積極的にスタイルを交替させ、特に異性語を多用している傾向が見られた。 ジェンダースタイルの使用は場面の雰囲気やバランスに気を付け、相手への配慮を示すストラテジーであることが分かった。従って、 女性は女性語だけではなく、以上のような様々な手段を通じて、話し相手に対する配慮を表したり、 親密さを示したりしていることが明らかになった。
 
女性は男性と比べてよりポジティブで調和的であり、 場面の雰囲気や相手との関係を考慮しながら、ストラテジーを上手に使用することができる。場の雰囲気を盛り上げ、 相手への配慮を示すなどのことを通じて、相手との心理距離を縮め、巧妙にコミュニケーションをすることが出来ると考えられる。 従って、本稿で採用した「丁寧さ」の定義に基づけば、 男性より女性の発話は「丁寧」であると言えよう。
9.おわりに
今回の研究では、男性の発話と女性の発話に様々な点で違いが見られ、先行研究での指摘と重なる事実も多かったが、 本稿で観察された傾向がすべての年齢層に当て嵌まるか否か、普遍性があるか否かを確かめるには、 今後より幅広く多数のデータを収集し、考察することが必要である。更に、将来は中国語母語話者の会話との比較対照を加え、 異文化間教育における教材開発に役立てたい。
 
  1. 本稿の提示するジェンダースタイル交替とは、文末表現や発話形式において、 通常以上に自分のジェンダーを強調するようなジェンダー形式や異性形式を使用することを指す。本文に戻る
  2. 重なるあいづちとは「うんうんうん」のように同一のあいづち表現が繰り返し使用されることを指す。本文に戻る
  3. 今回の調査対象者は主に東京都と九州地方の出身であるため、発話の癖や方言などの要素を排除することは困難だと考えられる。本文に戻る
  4. 堀口(1997:59)を参照し、「感想や感情の表出」とは「話し手の情報に対する聞き手の感想、驚き、喜び、悲しみ、 怒りなどの感情を表出したもの」と定義する。本文に戻る
  5. 本稿では男性調査対象者をD、女性対象者をFで表記した。本文に戻る
  6. 本稿では話し手と一緒に文を完成する場合、「➠」で表記する。本文に戻る
  7. 本稿では、「可笑しい」の「変だ、変っている」という意味を取ることにする。本文に戻る
  8. 本稿では、「A-2-b恥・照れ」に照れによる笑いを加えたが、明らかに感情や意見をごまかそうとする照れ笑いは 「B-1-c感情や自分の意見をごまかす」に含める。本文に戻る
  9. 「自らのフェイスを脅かす恐れがある謝罪による笑い」と「緊張感を緩和する笑い」、「気まずい場面を緩和し、 雰囲気を和ませる笑い」も「B-1-b和らげる」に含める。本文に戻る
  10. 自嘲による笑いも「B-1-d茶化す」に含める。本文に戻る
  11. 「相手の笑いや話しのお付き合い」とは、聞き手が談話進行を主な目的として、相手の笑いや話に対して反応を示す笑いである。本文に戻る
参考文献
 
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  • 堀口純子(1997)日本語教育と会話分析くろしお出版
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(李雪 Li Xue  九州大学比較社会文化学府博士前期課程)

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