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学会誌11号-第11回年次大会講演(バーズレイ )

【講演要旨】

ミス・ユニバースにおける国家とジェンダー表象

ジャン・バーズレイ
Jan Bardsley

はじめに

48年の歴史を持つミス・コンテストで、日本人は二回優勝
  1959年 小島明子 2007年 森理世

ミス・コンテスト:戦後文化の現象と女性解放のレトリックとのつながり
  21世紀のポスト・フェミニストの時代背景に復活

ジェンダーを通して見る日米関係と日本女性の世界的イメージ

ミス・日本 からトップ・モデルまで――伊藤絹子の話

戦争の悲劇――母と姉は満州で餓死、絹子はかろうじて餓死を免れる

美人コンテストでインスタント・スターになる

1950年代のミス・ユニバースはパックス・アメリカーナの象徴
  1953年7月、カリフォルニア州ロングビーチ に世界中の美人が到着
  スポンサーはパンナム航空
  アメリカ大統領を祝して
  ロングビーチの海軍軍人がエスコート役

水着コンテスト
  水着コンテストと日劇のレビューの違い
  理想的な体の選び方
    花道で成功した伊藤

  伊藤と八頭身ナショナリズム

民主化された日本のプリンスと水着プリンセスのラスベガスでの会見

トップ・モデルになった伊藤の野心は強すぎるか?

ミス・ユニバース初のアジア人――小島明子

東京出身のモデル、22歳でミス・ジャパン
 戦時中、高知県へ疎開 、地元の海で泳ぎ、長く てまっすぐな脚の健康体に成長
  伊藤と同様、野心が強すぎるのではないかという疑問を招く
  「 平凡な奥さんになりたい」と報告する小島
大人気となった1959年のミス・ユニバースコンテスト
  20万人の人出
  パレードでのミス・日本のエスコート役は日系人

冷戦時代でもプリンセスの雰囲気:シンデレラ、オードリー・ヘップバーン、
  エリザベス女王
  プリンセスのイメージがミス・ユニバースに与える影響
  日本人が国際コンテストで女王となる意味は?

美人コンテストとアメリカの人種問題
  白人女性だけに限定されているミス・アメリカ
  エスニック美人コンテスト
  化粧で人種的境界線 を越える?

民族衣装 でアジアを表現
  民族衣装コンテストと水着コンテストの違い

ミス・ユニバース即位式後の舞踏会
  ジェンダーが語る日米関係の変化
  画面から消えてしまった日本の男性
  いろんな噂によると…

21世紀のミス・日本は日本人離れしているか?

ポスト・フェミニズムの一環として美人コンテストの復活
  沖縄出身の知花くららは2006年ミス・ユニバース世界大会第2位、
    民族衣装コンテストでは最優秀賞
静岡県出身の森 理世は2007年ミス・ユニバース世界大会優勝
  日本人の優勝は60年ぶり
イネス・リグロン 現在、ミス・ユニバース・ジャパン・ナショナル・ディレクター
  日本人男性への不満を著書に描写

(Jan Bardsley, Associate Professor, University of North Carolina at Chapel Hill)


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