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学会誌10号-寄稿論文(岡本)

『言葉美人になる法』:女性の話し方を教える実用書の分析

 岡本成子 

1. はじめに

初期の日本語とジェンダーの研究では性差の記述に重きが置かれ「女性語(あるいは女ことば)」と「男性語(あるいは男ことば)」のそれぞれの特徴がスタイル、 音声、語彙、文法などについて記述された。表1はそうした記述を簡単にまとめたものである(金水 2003; Okamoto and Shibamoto Smith 2008)。

表1  女性語」と「男性語」の特徴

スタイル
「女性語」は「男性語」に比べて、丁寧、柔らかい、やさしい、思いやりがある、上品である。
音声
女性の方が男性より、高い声で話す。文末に尻上がりのイントネーションを使う。「うまい」を「うめえ」というような音の縮約を避ける。
語彙
人称代名詞:一人称では、女性は「あたし」「あたくし」、男性は「おれ」「ぼく」などを使用、「わたし」「わたくし」は、男女双方が使うが、 どちらかと言えば、女性の方がよく使う。二人称では、男性は「きみ」「おまえ」などを使用。「あなた」は男女双方が使うが、 どちらかと言えば女性の方がよく使う。 その他の語彙: 男性は「食う」「でかい」など「粗野な」ことばを使うことがあるが、女性はその使用を避ける。男性は「おい」「こら」などの、 女性は「あら」「まあ」などの間投詞を使う。女性は男性より和語をよく使う。
文法
敬語:女性は男性より尊敬語(「お読みになる」など)、謙譲語(「お読みする」など)、丁寧語(「です」「ます」など)をよく使う。
接頭辞「お」:女性は男性より名詞の前に「お」(「おみず」など)をよく付ける。
文末形式:男性は女性より命令形(「行け」など)をよく使う。終助詞の「よ」「よね」(尻上がりの)「わ」「だわ」「かしら」などは女性が、 「ぞ」「ぜ」「だ」「だよ」などは男性が使う。

しかし、近年になってこのように学問的な範疇(あるいは言語変種)として提示された「女性語」「男性語」というものは、 実際に男女が話すことばを正確に描写したものではなく、女性や男性の言葉づかいを拘束している規範を表したもの、あるいは「標準語」特に 「山の手ことば」と想定されるものに基づいたステレオタイプであると認識されるようになってきた。そして、一方では男女(特に女性) の実際の会話を分析した実証的な研究が進められ、女性/男性が必ずしも「女性語」/「男性語」を使うのではなく、 社会的に多様な女性/男性がそれぞれの場面に応じた多様な話し方をしているということが明らかにされてきている。また、他方では、 男女の言葉づかいの規範が近代以前から今日に至るまでの日本の歴史上、どのように形成されてきたかという問題の追究が進められてきた (遠藤; 1997, 2002; 現代日本語研究会 1999, 2002; 中村 2001, 2006, 2007; 佐竹 2003; Inoue 1994, 2006; Okamoto 1995, 2004; Okamoto and Shibamoto Smith 2004, 2008; Washi 2004 他)。こうした近年の日本語とジェンダーの研究の動きは、 言葉とジェンダーの関係を批判的に考察していくというアメリカでの研究を始め言語とジェンダー研究一般の動向 (Bucholtz 1999; Eckert and McConnell-Ginet 1999; Bucholtz and Hall 2005) と合致するものである。

さて、近年の研究により、学問的に提示された日本語の「女性語」と「男性語」 は男女の話し方を拘束する規範を表したものであると認識されるようになってきたと上で述べたが、実際に表1に見られるような「標準語」 に基づく言葉づかいが女性/男性に求められている話し方、あるいは「女らしい」/「男らしい」話し方として一般の日本人に意識されているのだろうか。また、 「女性らしい」話し方は単に女性を拘束する規範として捉えるのが適切なのだろうか。これまでの研究では、この「規範」 そのものがあまり深く考察されてこなかったように思われる。本稿では、この問題を女性の話し方に焦点をおいて考えてみたい。 男性の話し方ではなく女性の話し方に焦点を当てるのは、先行研究に見るように日本には歴史的に女性の行動規範が特に強くあり、 女性の言葉づかいがよく問題視されてきたことによる(遠藤 1997;中村 2001, 2007;岡本2008)。女性はこんなふうに話すべきという言葉の規範は、 今日の日本でも家庭、学校、メディアなど様々なところで生産、再生産されている。例えば、母親や教師が女の子に女の子だから乱暴な言葉を使ってはいけない、 丁寧に話すべきだと直接、話し方の指導をする。また映画やテレビなどのメディアでは「女らしい」 女性(特に主人公の女性) の登場人物が使う言葉を通じて女性の話し方の手本が示され(佐竹 2003; 水本 2006; Okamoto and Shibamoto Smith 2008)、間接的に女性の話し方の「指導」 がなされる。つまり、女らしい話し方、あるいは女性の理想的な話し方というのはどんな話し方なのかということが様々な経路を通じて繰り返し示され、 規範が強化されていくことになる。表1のような話し方を学問的に「女性語」であるとするのも規範形成の一環であると見ることができよう。

本稿では、こうした規範形成に関わる様々な経路の一つ、女性の話し方を教える手引書/実用書などのハウツー物の類いを取り上げる。 ここでは主として実用書を調べるが、補足資料としてインターネットから得た女性の話し方の講座やスクールについての情報も使用する。 女性の話し方の実用書は毎年数多く出版され、また、最近ではそうした指導をする講座やスクールも多数あり、女性の関心を引いているようだが、 そうしたところでは女性はどのように話すべきだと指導されているのだろうか、そしてその話し方は学問的な「女性語」とされるものと同じなのかどうか、 また、こうした実用書や講座は単に女性の話し方の規範の形成に加担しているだけなのかといったことを検討し、 その結果が言葉とジェンダーの関係の理論的考察にどのような示唆を与えるのか考えていきたい。以下、第2節では、 女性の話し方を指導する実用書や講座にはどんなものがあるかを概観し、第3節では、こうした実用書や講座が勧める女性の「理想的な」 話し方の特徴を抽象的なスタイル (3.1)、具体的な言語的要素 (3.2)、非言語的要素 (3.3) の三つに分けて、学問的に規定された「女性語」 の特徴(表1)と比較しながら分析する。第4節では、第2節と第3節で見たことをさらに理論的な面から追究したい。それには、まず、 こうした実用書や講座で奨励される女性の「理想的な」話し方、あるいは「女らしい」話し方というものの社会的機能について考え (4.1, 4.2)、 次に、第3節で見た女性の「理想的な」話し方の特徴を基に、言語イデオロギーというものが言葉とジェンダーの関係において果たす役割を考察する (4.3)。

2. 女性の話し方を教える実用書や講座の概観

第1節で述べたように、日本には歴史的に女性の行動規範が特に強くあり、女性の言葉づかいもその一環としてよく問題視されてきた。 例えば江戸時代の女性の躾書や明治時代の修身の教科書には女性の生き方を諭すなかで、女性の話し方も指導された(遠藤 1997; 杉本 1997;中村 2001, 2007; Nakamura 2004; 岡本2008を参照)。現代日本においてもこの男女の言葉づかいに対する社会の態度の違いは、話し方の実用書や講座などにも顕著に現れている。 女性対象の実用書や講座は、下記の例が示すように非常にたくさんあるのに対し、男性を特に対象としたものは皆無に近い。

表2  女性の話し方の実用書(○は本稿で題名だけでなく内容も分析した本)

  •  『運のいい女、悪い女の話し方』佳川奈来 2010 PHP研究所
  •  『どんなときでも誰とでも気まずくならない女性の話し方』福田健 2009 大和書房
  •  『言葉美人の日本語手帖』季節のことば研究会 2009 ナツメ社
  • ○『出世する女性の「話し方」キャリアアップできる83のルール』大畠常靖 2009 総合法令出版 
  • ○『頭のいい女性の伝え方・ふるまい方』織田隼人、山本ミカコ 2009 日本実業出版社
  •  『美人の敬語仕事ができて愛される生き方美人の言葉術』本郷陽二 2008 宝島社
  • ○『言葉美人の知的な敬語』北原保雄 2008 ベストセラーズ
  • ○『なぜあの人の話し方は「知的で華がある」のか』2008 アスカ・エフ・プロダクツ
  • ○『女性は話し方で9割変わる』福田健 2008 経済界
  •  『聡明でセンスある女性の話し方365日「うれしいこと」がいっぱい起こる!』渡辺由佳 2008 三笠書房
  • ○『聡明な女性の話し方—人前で恥をかかない会話のルールとエチケット』外山滋比古 2008 主婦と生活社
  •  『敬語美人になる』井上明美 田中愛子 2007 講談社
  • ○『愛されて、幸せになる「話し方」のコツ』佐藤富雄 2007 アスコム
  • ○『たった3分で美人になる話し方』大嶋利佳 2006 アスカ・エフ・プロダクツ
  • ○『「なぜか好かれる女性」の話し方のルール』樺旦純 2006 青春出版社 
  •  『エレガントなマナーと話し方:魅力的な女性になる77のレッスン』住友淑恵 2006 成美堂出版 
  •  『誰からも好かれるスマートな話し方:イラストで分かる女性のためのマナー講座』古谷治子 2006 ナツメ社
  •  『大人の女性のエレガントマナー:魅力的女性のしぐさ・表情・話し方』松尾友子 2006 PHP研究所
  •  『美人の声』谷川須佐雄 2006 あさ出版
  • ○『ことば美人へのプチ・レッスン』杉山美奈子 2005 KKベストセラーズ
  • ○『頭のいい女悪い女の話し方』八坂裕子 2005 PHP研究所
  • ○『言葉美人になる法』金久保茂樹 2005 
  •  『寺門琢巳の言葉美人塾:きれいな言葉を使って素敵に変わる』寺門琢巳 2005
  • ○『女性の美しい話し方と会話術—好感を持たれる言葉のマナー』下平久美子 2004 成美堂出版 
  • ○『「話し上手」な女に生まれ変わる本』浦野啓子 2004 中経出版
  •  『美人の会話術:言葉で運命を変える54の具体例』中谷彰宏 2004 
  •  『上品な話し方:人をひきつけ自分を生かす』塩月弥栄子 2002 光文社
  • ○『美しい会話のコツ:好かれる人はまず話し方が違う!』女性の生活マナー研究会 2001 ベストセラーズ
  •  『聡明な女性の素敵な話し方—ことばと表現のセンスを高める10章』永崎一則 2000 PHP研究所
  •  『お嬢さまことば速習講座』加藤えみ子 2001 ディスカヴァー・トェンティワン
  •  『平野啓子の語り美人:言葉に魔力をふきこんで』平野啓子 1999
  •  『女性の心づかいの話し方』坂上肇 1999 青年書館
  • ○『女性の魅力こんないい話:みつけてください、素敵な生き方』榎本勝起 1995 三笠書房
  • ○『女の魅力は話し方しだい』金井良子 1994 大和出版
  • ○『OLきれいな言葉づかい』磯浦康二 1992 徳間書店
  •  『すてきな女性の話し方』酒井宏 1991 三笠書房
  • ○『すてきなあなたを創る女性の美しい話し方』鈴木健二 1989 梧桐書院
  •  『魅力的女性は話し上手:魅力を高める話し方』永崎一則 1987 早稲田教育出版
  •  『秘書のことばづかい:女性を生かす言い方・話し方』1987 早稲田教育出版
  •  『人に好かれる話し方:女性の魅力を生かす8つの条件』金井良子 1984 大和書房
  •  『女性のための魅力的話し方』吉友嘉久子 1988 大和書房
  •  『新女性のための話し方専科』来栖琴子 1987 白石書店
  • ○『女の器量はことばしだい』広瀬久美子 1984 リヨン社
  •  『女性のための話し方:人を魅きつけ好かれる秘訣』金井良子 1978 大和書房

表3  女性の話し方を教える講座やスクール (オンライン情報)

「美しい話し方で“気品ある女性”に」
「魅力的な話し方レッスン(女性対象)」
「オフィスで差がつくワンランク上の話し方美人を目指しませんか?
「めざせ!話し方美人:伝え上手は仕事上手」
「話し方講座:今日からあなたも会話美人」
「女性のためのブラシュアップ講座—話し方レッスン」
「魅力的な話し方を学ぶ:愛される女性の話し方講座」

ちなみに Amazon.Japan で女性の話し方に関する本を調べると50冊近くあったが、男性の話し方に関する本は2冊、それも一つは『男は男らしく、 女は女らしく、話せ』という男女双方を対象にしたもの、もう一つは『結婚披露宴、男性の祝辞と挨拶』という用途の限られたものである。しかし、 これは、男性のための話し方の本や講座はないということではなく、男性の場合は、表4、表5に見られるような特に男性用と指定していない本や講座が数多くあり、 それらを利用することになる。つまり、女性だけが特別扱いされていることが分かる。

表4  話し方の実用書

『今日からできる上手な話し方』臼井由妃 2008 中経出版
『人は話し方で9割変わる』福田健 2006 経済界
『誰とでも会話がとぎれない!話し方66のルール』野口敏 2009 すばる舎

表5  話し方の講座やスクール(オンライン情報)

「話し方教室」
「話し方といい会話講座入門」
「話し方&会話講座」

この女性の特別扱いは、英語の man が人間一般と男性という意味があるのに対し、woman は女性しか意味しないことに類似している。例えば、 上のリストにある福田健の本の一つは『女性は話し方で9割変わる』、もう一つは『人は話し方で9割変わる』、つまり『男性は話し方で9割変わる』 というのはなく、男性は「人」であって特別扱いされていない。また、男女双方を対象にしたものでも、よく見ると、女性が別扱いされているものがある。 例えば、表5のリストの「話し方&会話講座」は五つの部分からなり、最初の四つは「会話に大切な三要素」「話し方で最も大切なこと」「そのまま自分を語る」 「マイナスの想念の場にとどまらない」で、最後の一つが「女性の話ことば」となっており、ここでも女性が特別扱いされている。つまり、 こうした女性の特別扱いは、女性は女性にふさわしい話し方をするべきだというイデオロギーが前提としてあることを示唆している。

このように、実用書や講座の数をざっと見ただけでも女性にとって 言葉づかいがいかに大事であると考えられているかがよく分かる。また、 それは、数の多さだけでなく、書名や講座名にも表れている。つまり、『女性の魅力は話し方次第』(金井良子 1994)、 『女性は話し方で9割変わる』(福田2008)といった話し方によって女性の価値が変わるといったものが多い。同じことは、 女性の話し方に焦点を当てたハウツー物だけでなく、魅力的な女性の生き方やありかた全般を取り上げた本などにも見られ、 話し方が魅力ある女性を創る大切な一要素として強調される。例えば、300万部を超えたベストセラー、坂東眞理子の「女性の品格」(2006) の中にも、 「品格のある言葉と話し方」という一節があり、「美しい」話し方が品格のある女性になるための条件の一つとされている。

3. 実用書や講座が勧める女性の「理想的な」話し方

上で見たように、実用書や講座は、女性の話し方がいかに大事かと強調しているが、では、実際に女性にどんな話し方をするように勧めているのだろうか。 本節ではそれを(1)抽象的なスタイル、(2)具体的な言語的要素、(3)非言語的要素の三つに分けて考える。この三つの区別をはっきりしておくことは、 後に第4節で言語とジェンダーの関係の理論的な考察をする際に大切になる。抽象的なスタイルというのは、「丁寧」「やさしい」「上品」「美しい」 といった言葉で形容される話し方で、それは、具体的な表現手段を使って実現できる (Okamoto and Shibamoto Smith 2008)。そして、 その具体的な表現の仕方には言語的要素 (例えば、敬語やクッション言葉)と非言語的要素(例えば、「心のこもった」話し方やおじぎをすること)とが考えられる。 以下、これらの一つ一つについて例を挙げながら見ていきたい。

3.1   抽象的なスタイル

まず、抽象的なスタイルであるが、それには学問的な「女性語」としてよく挙げられる特徴 (3.1.1) とそうでないもの (3.1.2) に分けて見ていきたい。

3.1.1 丁寧、やさしい、上品など

まず、抽象的なスタイルについては、「女性語」の特徴(表1)と同じように、ハウツー物でも「丁寧」「やさしい」「やわらかい」「思いやりがある」「上品」 といった話し方の大切さが強調されている。また、「乱暴」「粗野」「ぞんざい」な言葉使いを避けるようにという指導も多数ある。 表6にある引用は多くの実用書で見かけるもののほんの数例であるが、こういった表現は枚挙にいとまがない。

表6  話し方の指導例:丁寧、やさしい、上品など (下線は筆者によるもの)

「表現を丁寧にすれば、それほど几帳面に尊敬語、謙譲語を使わなくても、十分上品な言葉づかいに聞こえるもの。丁寧な言い方をおぼえて、活用しましょう。」(下平久美子 2004:60)

「いくらスキのないファッションで装っていても、ぞんざいな話し方が一瞬にしてその姿を台無しにしてしまったり …」(女性の生活マナー研究会 2001:2)

「どんな気のきいたドレスでおしゃれしても、ことばが乱暴ではぶちこわしになってしまいます。」(外山滋比古 2008:88)

「自分の思っていることをソフトに伝えるための、上手な言い方をおぼえましょう。」(下平久美子 2004:66)

「感じのよさを追究するなら、“お待ちください”は使いません。… “〜ませ”とやわらかくお願いし、“〜いただけますか”」と相手の意思を尊重する言い方が美人というもの。」(女性の生活マナー研究会 2001:85)

「やはり、きれいで優しい言葉づかいのほうが、粗野で汚い言葉づかいより、ずっと効果的だと思いますけれど。」(広瀬久美子 1984:83)

相手を思いやる心、つまり相手がこちらのいうことを、どのような気持ちでうけとめるかという点をいつも考えて話す必要があるわけです。」(広瀬久美子 1984:21-22)

「いくらきれいに着飾っていても、“品のないことば”を使ったりしては、ブチこわしです。(外山滋比古 2008:185)

やわらかな言い方で電話美人に;丁寧な表現でエレガントな印象に」(オンライン All About)

「女性が男っぽい荒々しい話し方をしているのをかたわらで聞いていて好感を持つ人は一人もいないでしょう。… 女性はその特性を生かした、柔らかく明瞭な、良き言葉が優美な話し方と言えるのではないでしょうか。」(オンライン 話し方&会話講座)

3.1.2   美しい、きれいな、正しいなど

次に同じく抽象的な話し方で、「女性語」の特徴としてはあまり挙げられていないが、ハウツー物には何度も繰り返されるのが「美しい」「きれいな」「正しい」 などと主観的な価値評価性の強い言葉で形容される話し方である。以下の引用はそのほんの数例である。特に「美しい」「きれい」という特徴は、無数に使われている。 また、話し方だけに関する本だけではないが、先にも述べた坂東眞理子の『女性の品格』(2006:57) の中でも、 「できるだけ折り目正しいきちんとした美しい日本語を話す」ことの大切さが強調されている。

表7  話し方の指導例:美しい、きれいな、正しい、きちんとしたなど(下線は筆者によるもの)

美しく魅力的な女性の“話し方”」(福田健 2008:69)

「女性は室内語、美しい日本語の伝承者であったわけです。美しいことばは女性的だと感じられてきました。」(外山滋比古 2008:96)

「ここでいう“言葉美人”とは、“美しさを感じさせる言葉が選べて、使える人のことです。」(大嶋利佳 2006:64)

「ほんとうの美人とは、話し方、話す内容も美しい、そんな人をさすのではないでしょうか。」(杉山美奈子 2005:108)

「ことば遣いの美しさは人柄を反映しますから、あなたの魅力を増すことにもなります。」(磯浦康二 1992:1)

美しくなりたいなら、ていねいで美しい言葉を意識して使います。」(佐藤富雄2007:41)

美しい話し方のレッスンを受けて、“気品のある女性”を目指してみませんか。」(オンライン 講座「美しい会話:気品ある女性の話し方」)

「やはり、きれいで優しい言葉づかいのほうが、粗野で汚い言葉づかいより、ずっと効果的だと思いますけれど。」(広瀬久美子 1984:83)

正しい言葉づかい、ステキな話し方を身につけて、オフィスで一目置かれるような、ワンランク上の“話し方美人”になりませんか?」 (オンライン 話し方スクール「ワンランク上の話し方美人を目指そう!!)

正しい言葉があるにもかかわらず、あえて美しくない言葉を使って話をしていると、いくらオシャレをしていても、仕事にがんばっていても、 魅力は半減してしまいます。」(大嶋利佳 2006:144)

正しく美しいことば選び」(下平久美子 2004:55)

「“お先に失礼いたします”ときちんとした言葉を使い、きちんとしたおじぎをするべきで、これがけじめというものです。… これができないと、 “女らしくない”とか“若い女性はあいさつひとつできない”“言葉づかいを知らないで困る”などとわるく評価されてしまうのです。」(金井良子 1994:230-231)

3.2   具体的な言語的要素

では、具体的にはどんな表現を使えば丁寧、やさしい、美しい、正しい、上品などといった話し方ができると指導しているのだろうか。ここではそれを (1) 敬語、(2) 発話行為/間接表現/クッション言葉、(3) 相槌と話の聞き方、(4) その他の四つに分けて見ていきたい。

3.2.1  敬語

敬語の重要性は「女性語」の特徴としてよく挙げられているが、ハウツー物の場合も同様である。敬語の価値は、必ずと言っていいほど強調されており、 わざわざ敬語の使い方の一章を設けている本も多く、一章どころか『言葉美人の知的な敬語』(北原保雄 2008)や『敬語美人になる』(井上明美・田中愛子 2007) といった本まである。また、「女性語」の記述と同じように、ハウツー物でも敬語を上手に使うことによって話し方が「丁寧で上品な」 ものになると考えられていることが分かる。しかし、ハウツー物では、それに加え、敬語を使うことによって「正しい」「きちんとした」「美しい」「きれいな」 といった話し方ができるということが強調されている(表8)。

表8  話し方の指導例:敬語の使用

「美しさを引き立てるのは敬語」(大嶋利佳 2006:170)

「敬語は目上の人に使うだけのものではありません。むしろ美人にとってはそれ以上の意味があります。それは、自分の品位と教養の高さを示すためです。」 (大嶋利佳 2006:174)

「母親は自分の品位を保つために(自分の言葉づかいを上品な美しいものにするために)敬語を使っているのです。」(北原保雄 2008: 63)

「丁寧な敬語でランクアップ … 敬語を自然に使いこなす上品な話し方をめざすなら、上品な会話を聞くのが一番です。」(下平久美子 2004:60)

「女性はだれでも美しくなりたいと願っていることでしょう。それには、敬語を正しく使い、美しい言葉で話せるようになりたいものです。(金井良子 1994:229)

「正しい“敬語”で、一目置かれる存在に」(オンライン 話し方スクール「ワンランク上の話し方美人を目指そう!」)

「もちろん、大人の女性のたしなみとしても話し方は極めて重要です。TPO をわきまえた敬語の使い分け、相手の発言に対する的確な対応など、 さまざまな場面で大人の“感性”が必要とされています。」(女性の生活マナー研究会 2001:3)

3.2.2   発話行為、間接表現、クッション言葉

実用書において、敬語と同様目立つのは発話行為(speech acts)に関する指導である。これは「女性語」の記述では間接表現の使用ということで時折挙げられるが、 ハウツー物では具体的に様々な発話行為についての詳しい指導が大きな比重を占めている。それをマスターすることで、話し方が丁寧で、優しく、 上品になるというわけである。例えば、挨拶をしたり、感謝やお詫びの気持ちを表したり、相手をほめたりすることがいかに大切かということが強調され、 特に挨拶については、結婚式、お悔やみなど様々な機会にあった挨拶のしかたを細かく指示する本が多くある。また、断り、苦情、依頼など相手に喜ばれなかったり、 負担になったりするような発話行為をするときは、「クッションことば」と言われるもの(例えば、「恐れ入りますが」「よろしかったら」など) や他の発話行為(例えば、批判をするときそれを依頼の形で伝える)を使って言いたいことをやわらかく伝えるように勧めている。表9は、 そうした指導の例である。

表9  話し方の指導例:発話行為、間接表現、クッション言葉などの使用

挨拶

「あいさつは人間関係を築くための基礎です。話し上手になるために、まずはあいさつ上手になりましょう。」(下平久美子 2004:8)

「あいさつはコミュニケーションの第一歩。だから相手の目を見て明るい声で元気よく。」(磯浦康二 1992:20)

感謝

「上手に“ありがとう”が言える女性は、爽やかで、とっても感じがいい。」(福田健 2008:23)

「“ありがとう”という感謝を表すことばは、笑顔を生み出す最高の美人言葉です。」(佐藤富雄 2007:75)

賞賛

「美しい話し方ができるには、いかに上手にほめるかがおおきなカギになります。」(外山滋比古 2008:78)

「褒め言葉はそれを言った人をきれいにします。」(佐藤富雄 2007:63)

断り

「断るときはおわびの言葉を添えて。… クッション言葉でやわらかく。」(下平久美子 2004:6)

「“そこまではいたしかねます”とやんわりと断ることも大事 。… 申し訳ない気持ちを込めた丁寧な言い方を身につけることです。」(浦野康二 2004:138)

批判

「“どうして、あなたは〜”は、相手を批判する言葉です。… ただ質問を投げかけるのではなく、 まずは相手にどうしてほしいのか自分のお願いをつたえるようにしましょう。」(佐藤富雄 2007:79)

確認

「相手の考えを確認するときも、“どうですか”よりも“いかがですか”とやさしく尋ねることが気遣いとして必要です。(浦野康二 2004:138)

「誘った相手の気分を害さないためには、まず“感謝”の言葉から始めるのがポイントです。」(女性の生活マナー研究会 2001:19)

依頼

「依頼は丁寧に分かりやすく」(下平久美子 2004:60)

「人に何かをお願いするとき、“クッションことば”をつかうとスムーズになります。」(杉山美奈子 2005:36)

「手伝いを頼むときは、同僚といえども、相手の都合を聞いてみることです。… お願いするという気持ちが大切です。」(金井良子 1994:95-98)

謝罪

「“ごめんなさい”さわやかな印象を与える“謝罪”は話し方美人の基本。」(女性の生活マナー研究会 2001:143)

応答

「応答の際には“あいにくですが”“恐れいります”“恐縮ですが”などのクッションを」(磯浦康二1992: 146)

「さらに一歩進んで心掛けたいのが、クッション言葉を添えること。例えば、…“あいにく、… は外出しております。 恐れ入りますが、… 頂けますでしょうか?”と対応した方がエレガント。この“あいにく”や“恐れ入ります”という言葉がクッション言葉です。」 (オンライン 話し方スクール「ワンランク上の話し方美人を目指そう!!」)

3.2.3 あいづちと話の聞き方

あいづちは、「女性語」の記述に比べてもハウツー物では特に女性の話し方にとって大切な要素としてよく挙げられている。これは、表10にも見られるように、 特に女性は「聞き上手」になること、つまり 脇役を上手に勤めることが大事だとされている。「話し上手は聞き上手」ということが多くの実用書で強調されており、 あいづちをうまく打つことは、相手に思いやりのある丁寧な話し方/聞き方になるというわけである。 

表10  話し方の指導例:あいづちと話の聞き方

「“聞き上手”になって、まわりの人たちを楽しくしよう。」(佐藤富雄 2007:89)

「話し上手な人というのは、イコール聞き上手な人といえます。」(下平久美子 2004:22)

「相槌は、話し手が話しやすいようにするための、聞く側からのサポートである。… “聞き上手”になれば“話し上手”になれる。」(福田健 2008:35)

「聞き手が無表情・無反応だと、話し手はとても不安になります。… タイミングよく気持ちを込めたあいづちをうち、 話し手に共感する努力をしましょう。」(下平久美子 2004:22)

「A 夫人といると、あいづちは本当に美しいことばだと感じます。」(杉山美奈子 2005:112)

「タイミングよく、適切なあいづちが打てたら、じょうずな聞き手になれます。それには、人の話を本気で聞いていなければなりません。 あいづちには、いろいろなものがありますから、話の内容に合わせて、上手に使いましょう。」(金井良子 1994:37)

3.2.4 その他の言語的要素

ハウツー物では、上で見た以外にも様々な言語的要素の使い方の指導がなされている。しかし、「女性語」の記述に必ず出てくるような、 人称代名詞や終助詞の使い方は少なく、それよりもしゃべりすぎないこと、話題の選び方、話の運び方、声の出し方などについてのコメントが多い(表11)。

まず、寡黙は昔から女らしさの一つとして女性によく求められてきたことだが、今日でもまだそのなごりがあるのか、女性の冗舌は歓迎されないとして 「美しい黙り方」を諭す本もあった。話題についても、豊富な話題を持ち、相手を配慮した話題や明るくおもしろい話題を選び、肯定的な話し方をして、 また話を分かりやすく順序だてて話すことが大事だと言う。音声面に関しても、近代以前から女性は大声で話しては品がないと言われてきたが、 今回見た資料の中でも人前で大声を出して話してはいけないというのもいくつかあったが、それ以外に、「明るく」「やさしい」声、適切なイントネーション、 濁音をさけることなども女らしい話し方をするのに大切だと教えているものもあった。語彙に関しても流行語や略語を避けることを勧めている。

表11  話し方の指導例:その他の言語的要素

寡黙

「“話し方教室”はどこも盛況のようだが、そこでいちばん身につけてもらいたいのは、美しい話し方より、美しい黙り方だ。… 女がしゃべりすぎると、男はイヤ気がさし、嫌いになり、たまらなくなっていくもの。」(榎本勝起 1995:27-28)

「喋りすぎはきらわれる。… 女性は母性本能がそうさせるのか、とにかく、心配して、よく話しかけてくる。」(福田健 2008:106,108)

音声

「つや消しの大声 … 不必要に大きな声でわめいているのは、悪趣味で派手なドレスを着ているようなもの。」(外山滋比古 2008:89, 94)

「美人は通る声を出しても大声は出さないもの。(大嶋利佳 2006:131)

「声も低めに、口もあまり開けないようなのが上品とされます。」(外山滋比古 2008:131)

「暗い声でぼそぼそ話すより、明るい声で話したいもの。…“優しい”表情の声にするには、笑顔で話すこと…日本語を美しく話すには、高低アクセント(イントネーション)に気をつけることです。」(下平久美子 2004:12)

「濁音は美しい女性にはあまり似合うものではありません。」(大嶋利佳 2006:82)

話題と話題の運び方

「会話をしていても、我田引水は嫌われます。気がついてみると、話し手のほうへ話題を引っ張っていっているという人とは、たのしい語らいができません。」(外山滋比古 2008:122)

「暗い話題よりも明るい話題を;相手の気持ちを明るくする表現を」(下平久美子 2004:34)

「パーティーは多くの人と知り合える絶好の場。豊富な話題を身につけ大勢の人と会話を」(磯浦康二:1992:138)

「ポンポン話が飛ぶ人がいますが、これもNGです。相手の理解を得るためには、内容を整理して、ダラダラと話さないことです。」(下平久美子 2004:28)

語彙

「言葉美人を目指すなら、安易に流行語を使うことは避けましょう。」(大嶋利佳 2006:100)

「略語をやめると、美人度があがる。… 何でも略していては、言葉美人にはなれません。」(大嶋利佳 2006:92-93)

口調

「なめらかに、よどみなく話ができることが話し方美人になるための最初の条件です。」(大嶋利佳 2006:67)

肯定的な言い方

「“肯定的な言い方は人の心を和らげる。”… 特に男性は否定的な表現に弱い。」(福田健 2008:48-49)

「ポジティブな言葉使いは、あなたをどんどん輝かせ、美しくします。(佐藤富雄 2007:表紙見返し)

こうした特徴の他に目立つことは、会話の場面別にどういう話し方をすればいいか、様々な例を挙げながら説明していることである。たとえば、電話での応対、 客との応対、上司の命令の受け方、上司に叱られたとき、部下とのやりとりのしかた、人を訪問するとき、デートのとき、食事やパーティーの場で、友達との会話、 夫との会話、夫とけんかになったとき、姑との話し方等々、様々な場面での話し方が取り上げられているが、そこでも上で見たような特定の言語要素 (敬語、発話行為)を使って「丁寧」「やさしい」「美しい」といった話し方をするようにと指示されている。

3.3  非言語的要素

3.1と 3.2では実用書などがどんなスタイルと言語的要素を使うように指導しているかを「女性語」の特徴と比べながら見たが、もう一つ、 「女性語」の特徴としては挙げられないが、ハウツー物でよく指摘されることがある。それは、個々の言語要素以外にとどまらず、話し方全体に関わることで、 敬語やあいづちなど前節で見た言語要素をただ使っていても心がこもっていなければ、失礼になったり逆効果になったりするといったものである。これは、 当たり前のことのようであるが、後節で述べるように、言葉とジェンダーの関係にとって重要な意味を持っている。

表12  話し方の指導例:誠意を持って/心をこめて

「気持ちのこもらない言葉は見透かされる。」(福田健 2008:170)

「口先だけで出たことばは、相手の中心には届きません。」(杉山美奈子 2005:42)

「言葉づかいが丁寧でも機械的にしゃべってはマイナス。明るく誠意を持って暖かい態度で。」(磯浦康二 1992:106)

「言葉は肯定的でも、どんな気持ちで言っているかで、結果は違ってくる。美人で表情もにこやか、言葉も丁寧。一見、 非の打ちどころのない応対を受けているのにどこか落ち着かない。… 丁重さがこちらを緊張させ、心が休まらない。尊重されているようで、 実は見おろされているのでは、と感じてしまう。」(福田健 2008:53-54)

「やさしい声で“大丈夫ですか”と言ったものの、すぐに手を差し伸べることができなかったり、二、三分もしないうちに、 話題を変えて自分の話を始めるようでは、気配りがある話し方とはいえません。」(浦野康二 2004:146)

「お詫びをする時は、頭を下げて心から謝罪しているだろうか。」(樺亘純 2006: 187)

「自分からこころを差し出せる、そんな人がことば美人です。」(杉山美奈子2005: 34)

「てきとうなあいづちは誤解のもと。… ただ言えば言いわけではありません。… いくらあいづちをうっても、“はあ〜”“ふうん”などてきとうにこたえ、 心ここにあらずというのでは、かえって相手に悪い印象を与えるだけ。“すごいわね。どうやったの?”“まさか!それからどうしたの?” など気持ちの込もったあいづちをうちましょう。」(下平久美子 2004:24)

「敬語というやっかいな日本語にしても、それをどんなに完璧に使っても、相手がそれを聞いて、“インギン無礼”と感じてしまっては、 使い損の逆効果ということになってしまいます。… もし彼女が正しい言葉づかいをしていても、その態度がツンツンしていたり、投げやりだったとすれば、 効果はまさに逆だと思うのです。」(広瀬久美子 1984:44-45)

最後にもう一つ、こうしたハウツー物で目立つことは、上で述べた誠意のある話し方の大切さということ以外の非言語要素についても注意を促すものが多くあった点である (表13)。ここでは、それを詳しく見ることはしないが、例えば、お茶を出すときのしぐさ、挨拶をするときのおじぎの仕方、 話をする時の表情や視線など言葉以外の要素も適切でなければ、「女性らしさ」は創れないと言っている。

表13  話し方の指導例:表情などの非言語要素の使用

「笑顔で言う言葉は、やさしく響きます。どんなに言葉づかいがていねいでも、笑顔がともなっていなくては、好感を与えることはできません。」(下平久美子 2004:26)

「顔立ちは美人なのに、目に落ち着きがない。… これでは、落ち着いて話もできない。」(福田健 2008:177)

「常に明るい表情で、誠意を持って応対する事が大切です。… 相手の目を真っすぐに見て、生き生きとした表情で、はきはきと話す事がポイントです。」(磯浦康二1992:106)

「男の不機嫌そうな顔つきは、女性が気にするほどのことではない場合が多いのだが、聞いているときも、(女性が)目の前の相手にブスッとした表情でいられるのは、話しにくいものである。」(福田健 2008:29)

「いくら言葉がていねいでも、ふんぞり返っていたり、あらぬほうを見て話しているのでは、相手も真剣に話を聞く気にはならないもの。しぐさ、態度、視線などで与える印象はずいぶん変わるので気をつけましょう。」(下平久美子 2004:14)

4.女性の「理想的な」話し方についての理論的考察

本節では、第2節、第3節で観察したことをさらに追究して理論的な考察をしたい。4.1 では、女性の行動規範としての女性の「理想的」な話し方について、 4.2. では、アイデンティティを構築する(Hall and Bucholtz 1995; Bucholtz, Liang, and Sutton 1999; Bucholtz and Hall 2005) ための手段としての 「女性の話し方」について、そして 4.3. では、言葉とジェンダーの関係における言語イデオロギーの作用について考える。

4.1  女性の行動を拘束する規範としての女性の「理想的な」話し方

第3節では、女性の話し方の実用書や講座が具体的にどのような話し方を奨励しているのかを見たが、 こうしたハウツー物のもたらす効果として女性の行動規範の形成ということが考えられる。ここで、 前出の表2と表3に挙げられている実用書や講座をもう一度見てみたい。これらの書名や講座の名前やキャッチフレーズを見ると、 女性はどんな女性になりたい、あるいは、なるべきだと思われているかということがよく分かる。表14は、 表2と表3の書名や講座の名前とキャッチフレーズに出てくることばの頻度を示したものである。

表14  表2と表3にある女性の話し方の実用書名や講座名によく使われている言葉

「言葉美人、話し方美人、敬語美人;美人;美しい;きれいな;女の器量 」 21
「魅力的;すてきな;人を魅きつける」 15
「好かれる;愛される;好感を持たれる」
「エレガントな;気品のある;上品な;お嬢様;センスある 」
「頭がいい;聡明な;知的な」
「出世する;仕事ができる」

表14の中で頻度が一番高いのは女性の美しさに関する言葉で21回使われている。中でも「美人」は「言葉/話し方/敬語美人」を含めて、13回も使われている。このことから、女性にとって美しいことがいかに大事であると考えられているかが窺える。そして 顔やスタイルなどの容姿だけでなく、 言葉づかいも女性を「美しく」する重要な要素であるとされる。このことは、書名だけでなく、前節でも見たように、本の中でも「女性の美しさは言葉にあらわれる」 (榎本勝起 1995:17)、「たったひとことそえるだけでも、“優しくて美人だ”と思わせることができるのです」(広瀬久美子 1984: 103)、 「外見だけでなく言葉も美しい本当の美人になっていただきたいと思います」(大嶋利佳 2006:6) 「電話美人の応対の仕方」(福田健 2008:192) といった表現が無数に使われていることなどにも表れている。一方、『男性の美しい話し方』などという本はなく、「言葉美人」「話し方美人」「敬語美人」 に当たる男性用の言葉「言葉美男」「話し方美男」「敬語美男」などという言葉もない。

表14で二番目によく使われているのは「魅力的/すてきな/人を魅きつける」で、三番目は「好かれる/愛される/好感を持たれる」である。 これらは、女性は外見だけでなく内面も含めて素敵で魅力的、誰からも好かれる人であることが求められ、 そのためには言葉づかいも女性にふさわしいものでなければいけないとする。こうした形容の仕方は、 女性はいかに評価の対象あるいは受け身の立場にあるかということを示している。また、「男性の好かれる/愛される話し方」などといった表現は考えにくい。 表14の四番目は、「エレガントな/気品のある/センスある」で、五番目は「頭がいい/聡明な/知的な」で、女性はただ美しいだけではだめで、 気品や知性も女性に求められる一つの要素とされている。このことから、社会的な階層というものも女らしさの要素として重要視されていることが伺える。 最後の「出世する/仕事ができる女性」というのは、女性の社会進出を反映したものと思われるが、2回出てきただけである。(ただし、 今後こういった表現が増えていくかも知れない。)従って、こうした実用書や講座は、女性に美しく魅力的で誰にも好かれ、エレガントで、 また聡明であることを求め、そのためにはどんな話し方をするべきなのか、どんな話し方をしてはいけないのかということを教える。つまり、 そこで求められるものは女性の行動を拘束する規範、特に話し方の規範の形成に役立つと考えることができる。

4.2  アイデンティティを構築するための方策としての「女性の話し方」

しかし、こうしたハウツー物がもたらす効果は、女性の行動を拘束するものとしての規範の形成に役立つということだけだろうか。 女性がわざわざこうした実用書を購入したり講座に参加したりするのは、単に女性の行動規範に従うためだけではなく、 積極的に言葉づかいを学んで社会が求めるような女性になりたい、つまり女性としての自分の価値を高めたり、職場などで役立てたいからではないか。

表2と表3の書名や講座名からも窺えるように、こうしたハウツー物は、言葉を単に社会的なコンテクストの反映である(例えば、女性であれば、 「女性語」を使うとみなすこと)と見るのではなく、逆に言葉によって社会的なコンテクストを創りだすことができるという言葉の創造力 (Silverstein 1979) を前提としていると言える。例えば、前述した『女性は話し方で9割変わる』という書名の他にも、『たった3分で美人になる話し方』『言葉美人になる法』 『美人の会話術:言葉で運命を変える54の具体例』などの書名は、明らかに言葉によって女性のあり方が変えられると想定していることを示している。書名だけでなく、 本の内容にも「かりにお化粧をしていても、ことばが上手でなければ、“マイ・フェア・レディー”にはなれない」(外山 2008:19)、「私、話し方を変えたら、 きれいになれました!」(佐藤富雄 2007:108)「言葉を変え、話し方を変えることが、あなたを美しくし、幸せを手に入れる一番の方法なのです」 といった文が数多くある。つまり、これは言葉がアイデンティティの構築に役立つ(Hall and Bucholtz 1995; Bucholtz, Liang, and Sutton 1999; Bucholtz and Hall 2005) と考えられていることを示唆している。従って、こうしたハウツー物が奨励する話し方は、女性を拘束するものであると同時に、また、 それを積極的に利用して魅力的になりたいと思う女性たちとっての一つの方策、あるいは「資源」(resource)になると見ることもできる。 言い換えれば、言葉づかいは言葉という資本(linguistic capital) であり、 女性はそうした資本を持つことによって女性としての価値を高めていくことができると想定されている。そこで奨励される話し方が丁寧、 控えめといった伝統的な女性像に基づくものであっても、そういう女性になりたいと思う人にとってはそれが投資する価値のある資本となる。また、 伝統的な女性像を受け入れたくない女性であっても、女性にふさわしいとされる話し方を学び、それを、例えば、職場でうまく駆使することによって、 同僚や上司、顧客などから高く評価され、いい社員として認められるための一つの手段として利用するかもしれない。さらに、 そうした伝統的な女性像を受け入れず、「女らしい」話し方以外の話し方をする女性にとっては、規範から「はずれた」 話し方がアイデンティティの構築の方策の一つとなる。

4.3  ことばとジェンダーの関係における言語イデオロギーの役割

上で述べたように、言葉が単にコンテクスト(この場合、話し手の性)の反映でなく、逆にコンテクスト(特に話し手のアイデンティティ) を創りだすために話し手が選ぶものであれば、言葉とジェンダーの関係は、一律ではないということになる。つまり、 話し手が女性だから敬語を使うのは当然であるといったようなことが言えなくなる。しかし、第3節で見たように、敬語を使った丁寧な言葉づかいなど、 特定の話し方が女性の話し方、「女らしい」話し方であると見られている。それは何故なのか。この問題は、言語イデオロギーの考察を抜きにしては考えられない。 ここでは、第3節で行った女性の「理想的な」話し方の分析を基に言葉とジェンダーの関係におけるイデオロギーの役割を考えたい。言語イデオロギーとは、 言葉の使用者が特定の言語構造と言語使用を合理化、正当化するための信念(Silverstein 1979:193)、言い換えれば、何が「正しい」言葉づかいであるのか、 女性はどんな話し方をすべきかといったことばと言葉づかいに対する態度や考え方であり、ことばと社会構造を橋渡しするものである  (Silverstein 1985; Schieffelin, Woolard, and Kroskrity 1998; Irvine and Gal 2000; Kroskrity 2000)。従って「女らしい」話し方というものは、 女性のあり方とか女性の社会における地位に対する考え方を表すものであると言えよう。

第3節で実用書や講座がどんな話し方を女性に勧めているのかを見た際に、そうした話し方を(1)抽象的なスタイル、(2)具体的な言語的要素、 (3)非言語的要素の三つに分けて考えた。従来の研究における「女性語」の「記述」では、この三つの区別とそれぞれの関係がはっきり示されていない。つまり、 第1節の表1に見られるように、学問的な「女性語」の記述は単にその特徴を羅列しただけものが多い。言い換えれば、「女性」という変数がただ機械的に 「優しく」「丁寧な」話し方とか敬語や特定の終助詞などと直結されている。しかし、筆者は、言葉とジェンダーの関係を理解するためには、女性に勧められる 「女らしい話し方」というものを上の三つの構成要素に分けて考えることが大切であると考える。そうすることによって「女らしい話し方」 というもののイデオロギー性がより明確になるからである。

まず、抽象的なスタイルとして、本稿で調べたハウツー物のほとんどが、女性は「丁寧」「やさしい」「上品」といった話し方をするように指導している(表6)。 言い換えれば、実際にはそういう話し方をしない女性もたくさんいるとみなされている。従って、こうした特徴は女性が本来持っているものではなく、 女性は男性と違い、やさしく、丁寧、上品であるべきだ、男性は少々乱暴で粗雑でもいいが、女性はそれではいけないというイデオロギーの表れであると考えられる。 また、前にも述べたが、ハウツー物では、「女性語」の記述ではあまり見られない「美しい」「きれい」「正しい」「きちんとした」といった話し方の大切さが、 とりわけ強調されている。特に、「美しい」に関しては、「言葉美人」「会話美人」「話し方美人」「敬語美人」「電話美人」といった複合語まであり、 それらが非常に頻繁に使われている。しかし、「美しさ」は、女性が本来持っているものではなく、 あきらかに女性がこうあるべきだという主観的な見方に基づいていると言える。そして、「丁寧」「優しい」「上品」「美しい」「正しい」といった話し方が 「女らしい」とみなされることになる。では、具体的にどんな言葉を使えば、このような話し方ができると言うのだろうか。それには、3.2. で見たように、敬語、 挨拶などの発話行為、間接表現、あいづち、大きい声を出さないといった様々な言語的要素を使うよう指導している。

ここで、第3節の表8の敬語使用の指導例をもう一度見てみたい。それによると、敬語を使えば話し方が丁寧、上品で美しくなる、つまり、 敬語が女らしさにつながると思われていることが分かる。中でも、特に目立つのは、敬語が上品さや美しさと結びつけられていることである。しかし、 丁寧、上品、美しいといった特徴は、敬語に本来そなわっている意味、つまり、敬語の絶対的な意味なのだろうか。この問いに答えるには、 表現の意味解釈とその過程におけるイデオロギーの役割を考察することが必要になる。そして、敬語を例にとると、その意味解釈は使用のコンテクスト (話し手、話し相手、場面など)に対する話者の態度や考え方と切り離して考えることができない(Okamoto 2004; 岡本 2008)ということが分かる。 敬語が丁寧だと解釈されるのは、敬語は普通、目上の人に対して敬意を示すために使われると思われていることに基づくからであり、また、 敬語が上品だと解釈されるのは、敬語を使う/使える人というのは、教養がある人や階層が上の人と思われているからであろう。敬語が美しいと解釈されるのも、 それを使用する人(この場合、女性)に対する主観的な見方を反映していると思われる。つまり、敬語が丁寧、上品、美しいといった解釈は、 敬語を使う人に対する考え方、特に目下の人、階層が上の人、 女性といった社会的なカテゴリーに属する人に対する見方を反映した言葉づかいに対する一つのイデオロギーを表すもので、客観的、あるいは、 絶対的なものではないと言える。このことは、以下に述べるように、敬語を使った話し方がいつも「丁寧」とか「美しい」 とかいった意味に解釈されるわけではないことからも分かる。

第3節で女性の話し方を三つの要素に分けて考えたが、その三つ目の非言語的要素を見ると、 具体的な言語的要素と抽象的なスタイルの関係が絶対的なものではないことが分かる。例えば、表12では、 敬語をどんなに完璧に使っても、適切な相手に誠意を持って使わなければ、「慇懃無礼」になることがあり、言葉づかいが丁寧でも「実は見下ろされているのでは」 と感じさせることもあると指摘されている。また,「ただ敬語を使っていれば、相手に失礼にならないというのは考え違い」で(外山滋比古 2008:115)、 親しい間柄で急に敬語を使うと相手を怒らせることにもなる(下平久美子 2004: 61)というような説明も見られる。さらに表13には、言葉づかいが丁寧でも、 表情や態度もそれに伴っていなければ好感が持てないという指摘がされている。このことから、個々の言語要素は、 どのようなコンテクストでどのように使われるかによって意味解釈が変わると考えられていることが分かる。

こうした表現の解釈の相対性、可変性 (因 2006; 岡本 2008; Okamoto 2004) は、敬語以外の言語的要素にも当てはまる。例えば、発話行為に関して、 「誉め言葉はそれを言った人をきれいにし」、 謝罪は「話し方美人の基本」だと言う(表9)。これらの解釈は、賞賛や謝罪という発話行為そのものが美しいのではなく、 誰がそうした行為を果たすのかによってその解釈が決まる。なぜなら、男性が話し手であると想定される場合、「褒め言葉はそれを言った男性をきれいにする」 とか「謝罪は話し方美男の基本」などという指導はまずありえないだろう。しかし、ハウツー物では単に相手を誉めたり、 謝罪をしたりするだけで女らしい美しい話し方になるわけではないと言うことも指摘されている。つまり、「気持ちのこもらない言葉は見透かされる」 と注意している(表11)。あいづちについても表10で見た「A 夫人といるとあいづちは本当に美しいことばだと感じます。」(杉山美奈子2005:112) というような解釈がされるのは、話し手が女性であるからで、「A夫人」を「A 氏(男性)」に変えた文は普通、意味をなさないだろう。しかし、 その一方、表12を見ると「てきとうなあいづちは誤解のもと。心ここにあらずというのでは、かえって相手に悪い印象を与えるだけ」という指導もされていて、 美しいというのはあいづちに本来備わっている意味ではないことが分かる。また、寡黙や大声を出さないことも美しいとされる(表11)が、 その解釈もまた、話し手が女性であるからそのような解釈がされるわけで、男性が寡黙で小さい声で話しても美しいという解釈は、普通されないだろう。つまり、 こうした解釈は主観的で女性の行動/話し方に関するイデオロギーの作用が強く見られる。

このように表現の意味解釈には言語イデオロギーが介入するということは、 同じ表現でも解釈をする人や時代によって異なる解釈がなされることがあるということにもつながる(Silverstein 1985)。 ある場面で使われた敬語を丁寧ととる人もいれば、慇懃無礼ととる人もいることがある(Okamoto 1999)。そのような例は、今回調べた実用書の中にも見られる。 例えば、外山滋比古(2008)は、話のテンポについて「かつては早口は欠点とされたが、いまは、そうではなくなりました」(61)と言い、最近のテレビのキャスターやアナウンサーは、「さわやかな話し方」をするが、「古い人間からすると、みなさんすこし早口すぎるようですし、声はもうすこし低い方が聞きやすいような気がします」と言っている。また、「あげる」という動詞についても、若い女性は「ネコにエサをあげる」と言うが、70代の人は、それはおかしいと言う(201)と指摘している。また、表11には、略語の使用は美しい話し方ではないので避けるようにという指導があるが、 近代以前の女性の話し方の模範とされた「女房ことば」では、略語(「たけのこ」を「たけ」と言うなど)を多用しており、 女らしい話し方の一部とみなされていた (遠藤 1997; Endo 2008)。また、今回調べた実用書からの例ではないが、 言葉の意味解釈が時代によっても変わるといういい例として「てよだわことば」にふれておきたい(金水 2003; 中村 2006; Inoue 2006; Bohn and Matsumoto 2008)。 これは、「てよ」、「だわ」、「こと」などの文末詞からなり、1880年前後から一部の女子学生が使いはじめたもので、当初は「乱暴」、「丁寧でない」、「下品」、 「女らしくない」などと厳しく批判されたという。しかし、それでも使われ続け、徐々に「近代的で若々しい」といった肯定的な意味に解されるようになり、 やがて、中、上流の年上の女性のことばにも使われ「近代的で若々しい」という意味も薄れ、「やさしい上品」な言葉とみられるようになる。さらに現代では、 こうした文末詞は、誇張された「女らしさ」を表すとみる人もあり、時に冗談として使用することによって、そうした「女らしさ」 を笑いの対象として使われることもある (水本 2006)。この例からも同じ表現の意味がコンテクストによって、 特に話し手の属する集団をどう評価するかということによって変わることがよく分かる(岡本 2008)。

5.おわりに:ことばとジェンダーの多様な関係

本稿では、実用書を中心としたハウツー物で奨励されている女性の「理想的な」話し方の特徴を分析し、それを通じて、 言語とジェンダーの関係の構造を言語イデオロギーという概念を導入しながら考察した。以下、その結果を簡単にまとめておきたい。

まず、女性の話し方を教える実用書や講座の数の多さは、男性に比べ、女性の行動の仕方、特に話し方がいかに大事であると見られているかを示している。 そして、そうしたハウツー物が勧める「理想的な」話し方は、女性の行動を拘束する規範を形成すると見ることができると同時に、 また一方では、女性が積極的にそれを学んで自分のアイデンティティの構築に役立てる方策になると見ることもできる。これは、言葉は単にコンテクスト (この場合、話し手である女性の性)の反映と見るのではなく、言葉がコンテクスト、あるいは、 話し手のアイデンティティを創ることができるという言葉の創造力を認めることになる。そして、本節で見たように、話し方の実用書では、 話し方が魅力的な女性を創りだすことができるということが強調されており、言葉の持つ創造力がよく認識されている。 言葉を方策として話し手である女性が選ぶということは、また、言葉とジェンダーの関係が一律ではなく、多様であることを示しており、 女性であっても「女らしい」話し方をしない女性もいるという事実 (水本 2006; Okamoto 1995, 2004; Miyazaki 2004) が説明できる。実際、 今回見た実用書などでは、「理想的な」話し方をしない女性がたくさんいるという前提がなされていることは明らかである。そして、 こうした女性の多様な話し方は、会話のコンテクストによって女性が多様なアイデンティティを創りだすのに使われていると見ることができる。 さらに、また、同じ言語表現でも、コンテクト(文脈、場面、解釈する人、時代など)によって、 異なった意味解釈がされることがあるという事実も説明できる(因 2006; 岡本 2008; Okamoto and Shibamoto Smith 2004; Abe 2010)。一方、 学問的な「女性語」の記述では、女性は「女性語」を使うという前提があり、そうした見方では女性であっても「女性語」 を使わない人がたくさんいるという事実が無視され、言葉とジェンダーの多様な関係が説明できない。

本稿の分析の結果でもう一つ重要な点は、言葉とジェンダーの関係におけるイデオロギーの役割である。「女性語」の記述では、「女性語」 は敬語や特定の終助詞や人称代名詞を使った丁寧でやさしい表現からなるといった平板な描写になるが、本稿の分析によると、「女らしい」話し方の構造は、 イデオロギーの作用を無視して考えることはできない。そして、そのことは、女性に勧められる話し方を抽象的なスタイル、 具体的な言語要素、非言語要素の三つに分けて見ることによってより明確にすることができた。つまり、「丁寧」「美しい」 といったスタイルを女らしいと見るのは、女性にそうした特性を期待しているからで、女性の本来持つ性質の表れではないこと、また敬語などが「丁寧」 「美しい」と解されるのも、その使用のコンテクスト、特に、話し手の属する集団(地位、階層 、女性)をどう評価するかということに基づいており、 その言葉に本来備わっている意味ではないこと、さらに、それは「丁寧」「美しい」とされることばをいくら使っても非言語要素がそれに伴っていなければ、 丁寧、美しいといった解釈がされないことなどが明らかになり、言語表現のジェンダーに関する意味解釈には、イデオロギーが大きく作用していることが分かる。

これらの結果から、実用書などで勧められる「女らしい」話し方は、「女性語」の特徴と類似するところもたくさんあるが、「女性語」より、 はるかに複雑な構造をもつものであることが分かる。さらに、女性の「理想的な」話し方というものがイデオロギーであれば、それは、 ただ一つではないというにもなる。なぜなら、イデオロギーは、当該集団の利害を反映し、必ず、対立、 拮抗が伴うものだからである(Gal 1992; Irvine and Gal 2000; Kroskrity 2000)。従って、人によって、場面によって、また時代によって、 どんな話し方が女性にふさわしいとされるのかが異なると考えることができ、今後、さらにそうした観点からの女性の話し方(や男性の話し方)の研究が必要である。

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(岡本成子 おかもとしげこ カリフォルニア大学サンタクルーズ校教授)

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