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学会誌10号-第10回年次大会 基調講演(松本)

ビジネス世界の中での日本語とジェンダー

松本 洋

昨年行われたアメリカ合衆国の大統領選挙はまだ記憶に新しい出来事ですが、中でもオバマ大統領のスピーチは力強く、説得力のあるものとして記憶に残っています。 これは、英語独特の抑揚のある話し方も関係しているのかなと思っていたのですが、最近になってそうではないと気付きました。 オバマ大統領の演説を日米対訳の形でまとめた本を改めて読んでみると、日本語訳を読んでも十分にその力強さや情熱が伝わって来るのです。 そこで今度は、試しに麻生首相の所信表明演説を読んでみることにしました。すると、日本語で話したその原文通りのはずなのにも関わらず、 オバマ大統領演説ほどの力強さや説得力を感じられないのです。これには大変ショックを受けました。何故英語のスピーチの日本語訳の方が、 日本人の日本語による演説よりも心に響くのか、と。どちらも日本語同士で比較しているのですから、当然これは日本語と英語の本来的な差ではありません。 「言葉の使い方」の問題なのです。そうした観点で再度二つの演説を読み比べてみると、その違いは歴然としています。 オバマ大統領の演説には以下のような特徴が挙げられます。

分かり易い表現で訴えかける:”Yes, we can”というオバマ大統領の言葉はあまりにも有名ですが、考えてみればこれは非常に平易な表現です。 いくら英語の苦手な方でも、この意味を理解できない人はそれ程いないでしょう。そのような平易な表現なのですが、 リーダーシップを取ることのできる人間が自信を持って言葉にすることにより、とても力強いメッセージになっています。

女性や家族に対するメッセージを込めている:オバマ大統領は勝利演説において、妻や娘たち、亡くなった祖母、 兄弟姉妹達に対する感謝の意を述べています。更には、娘たちには子犬をあげるということをその場で約束しています。 こうした一人の人間としての気持ちを素直に表現することで、聴衆はオバマ大統領を一政治家としてではなく、 一人の人間としてぐっと近くに感じることができるでしょう。

自分の経験に基づいた「一般市民」の視点で語りかけている:オバマ大統領は2004年の民主党大会基調演説において、 自身がイリノイ州で出会った労働者達の厳しい現状を引き合いに出し、そうした人々を救うためにもやるべきことはあるということを述べています。 政治の大局だけを見て発言するのではなく、一般市民として感じたことからあるべき政治について議論しています。そうすることで議論の敷居を下げ、 全員参加の「民主主義」を実現しようとする姿が見て取れます。

一方、麻生首相の演説はこの対極であると言っても過言では無いでしょう。冒頭では「御名御璽」や「担わんとする責任の重さに、 うたた厳粛たらざるを得ません」といった難解な漢語的表現を用い、いきなり敷居を上げています。自分の家族等の人間味のある話もしていませんし、 一市民としての視点も欠けており、大所高所の議論に終始しています。しまいには、「先の国会で、民主党は、自らが勢力を握る参議院において、 税制法案をたなざらしにしました。その結果、二か月も意思決定がなされませんでした・・・」と民主党攻撃を展開しています。事実かもしれませんが、 首相の所信表明演説で国民に何かを訴えかけようと本気で思うのであれば、もっと違った内容になったのではないかという気がしてなりません。 話が逸れてしまいましたが、これら両者の違いは、使っている言語の違いではなく、それをどう使うのかといった点が違うと思うのです。つまり、 日本語の表現能力に悲観的になる必要は全くなく、より良い使い方を心がけることでコミュニケーションの幅や効率性は格段に上がると考えるのです。

先に示したのは政治の世界における表現の話でしたが、ビジネスの世界にも目を向けてみたいと思います。個人的な感覚では、 ビジネスの世界で用いる日本語の文書は、比較的分かり易く作られているものが多いと感じます。政府の規制改革会議の委員を務めていた関係上、 政府関連の文書に目を通すことも多いのですが、それらと比べると違いが良く分かります。 例えば私が日本代表を務めているアドベントのプレゼンテーション資料にしても、図や矢印などを多く用い、文章が堅苦しくなりすぎないように 「話し言葉」のまま文書に落としたり、外来語をそのまま用いたりすることも多いです。こうした分かりやすい表現を多用することは、 様々なバックグラウンドを有する多数の人と理解を一つにし、時にそうした人たちを説得する必要があるというビジネス世界の性質から来ていると考えられます。 そして、そのような目的で日本語文書の表現が変化していくことは決して日本語の「破壊」ではなく、寧ろ多様化を積極的に受け入れる「進化」 として歓迎されるべきではないでしょうか。一方、時代が変わっても古めかしい表現を使い続け、 結果として一般大衆にとっての敷居を引き上げてしまっている行政の文書は、日本における民主主義の実現を妨げていると言っても過言ではありません。 行政に携わる方達には、日本語の使い方に限らず、多様化を受け入れ、もっと様々な意見を取り入れる努力をしてもらいたいと思います。

また、ビジネスの世界においては文書の平易化によって敷居を下げるだけではなく、性差による敷居を下げる動きも活発化しています。これも、 消費者の嗜好などが多様化する中で、女性の感性を取り入れた商品開発やサービス提供が求められる現代においては自然な流れであると考えられます。 統計的に見てみると、係長級以上の役職者の中で女性が占める割合は1980年に2.1%であったのが2007年には8.2%にまで高まっているそうです。 (厚生労働省統計)個別企業における取り組みの良い例としては、私が社外取締役を務めているベネッセが挙げられます。ベネッセの原則的な考え方は、 「女性を特別扱いした雇用政策を取るのではなく、ライフサイクルの上で一時的に生活と仕事の両立ハードルが高くなる時(育児、介護等)にそれを積極的に応援し、 制度だけでなく現場のマネジメントや風土、個別のキャリアアップなど、トータルで支援する」というものです。具体的には、 仕事と育児の両立を支援するための育児休職制度(1995年導入)はもちろんのこと、育児休職中に経済的支援や情報提供を行ったり、 企業内保育室を設置したりしています。また、仕事と介護の両立を支援するために、介護休職制度(1991年導入)や介護時間短縮勤務制度(1996年導入) を設けたり、福利厚生カフェテリアプランで介護サービスの利用費の補助を行ったりしています。そして、このような両立支援を積極的に行うことにより、 休職を経て復帰した女性が管理職として働く事例が増え、女性社員にとってのロールモデルが身近に存在するようになってきました。その結果、 現在では現場の中核を担うリーダークラスの45%が女性となっています。そして、そうした優秀な女性の活躍も手伝い、 ベネッセは6期連続の増収増益を達成しているのです。私はベネッセが行っているような取り組みが他の企業にも広がり、 それを行政の側からもサポートする仕組みを作り、社会全体として男女の差無く、活躍の機会が均等に与えられるようになることを願ってやみません。

しかしながら、現実としてはベネッセのような企業はまだまだ少ないと言わざるを得ません。平安時代にまで遡る女性軽視の文化がまだ残るのか、 日本におけるこうした女性登用の動きは世界標準ほど進んではいないのです。国連開発計画(UNDP)が2008年に発行した 「人間開発報告書(Human Development Report)」によると、女性の管理職・議員・高官が全体に占める割合は、米国が42%、英国が34%であるのに対し、 日本は10%にすぎません。各々の国で生活文化等も異なるため数字だけの単純比較はできませんが、 日本の社会では今以上に女性が活躍できる場がまだまだあるように感じられます。そうした中、私の知人でもある内永ゆか子さんは、 女性の社会進出を積極的に後押しする活動を行っています。その一貫として、内永さんは2007年にNPO法人J-Win (Japan Women’s Innovative Network) を立ち上げ、 その理事長に就任しています。J-Winは、「企業におけるダイバーシティ・マネジメントの促進と定着を支援すること」を目的として活動を行っています。 また、内永さん自身がビジネス世界で活躍する女性の代表例であり、現在株式会社ベネッセの取締役を務めると同時に、ベルリッツの会長兼CEOを務めています。 それ以前は日本IBMにてキャリアを積まれ、取締役専務の役職に就いていました。J-Winには、会員企業から参加している女性メンバーが2008年11月時点で262名いて、 その中で活発なネットワーキング活動が行われています。一企業の中ではなかなかロールモデルを見つけられない方も、こうした横の繋がりを持つことで、 その中から自分の目標を見つけることが出来るでしょう。また、いくつもの分科会を立ち上げ、高校生に対するキャリア教育を行ったり、 働く女性に対してキャリアアップセミナーを開いたりもしています。更に今後は、企業において女性登用等のダイバーシティ推進を担当する担当者やチームに対し、 積極的な支援を行っていく予定です。このような取り組みは社会全体として今後も積極的に行われるべきであり、 それが結果として日本の競争力を高めるものであると私は考えています。

最後に、本稿では日本語とジェンダーという視点で意見を述べさせていただきましたが、 それ以外にも未だ日本には閉鎖的な文化というものが残念ながら残っていると私は感じています。その閉鎖的な文化から抜け出し、女性のみならず、 外国人や障害者などにも門戸を開き、真の民主化を実現させることが重要だと考えます。それが達成されたとき、 日本は更にグローバルで競争力の高い民主国家へと脱皮することができるでしょう。

 (松元洋 まつもとひろし アドベント・インターナショナル株式会社代表取締役社長)

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