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学会誌10号-第10回年次大会シンポジウム 発表要旨(日置)

【シンポジウム:ビジネスの中でのジェンダー観】

ビジネスの中での女性語

日置弘一郎

現在もっともよく女性語が用いられているのは、ビジネスの中であるように思われる。それは、企業の中でどのような職位であっても、女性であることを強調する必要がかなりの程度存在することによる。

例えば、一般職女性の場合には男性社員の事務的補佐という業務が多く(貰い仕事)、秘書的な役割を果たすが、その時に、女性であることを強調することによってしたくない仕事を忌避するという戦術をとることがある。小笠原祐子は「OLたちのレジスタンス」において、このような業務がOLたちにかなりのパワーを与えていることが示されている。

組織内で弱者がパワーを得るという現象は、Crozierによっても報告されているが、その場合には現場におけるコンティンジェンシー(機械の故障)を解決する能力を持っていることに由来するとされている。小笠原の指摘する現象においては、女性であり、業務能力が限定されているという一般の認識を逆手にとって、自分の業務の範囲を自分で操作することがなされる。つまり、女性語を用いることは自分が女性であることを強調するための言説戦術であるといえる。

また、女性語を用いることによる、相手との社会的距離の操作は、女性の部下と男性の上司の間だけではなく、その逆の関係、女性上司と男性部下の間でも用いられている。女性がビジネス組織の中での対人関係を操作するために、敬語だけではなく女性語をも言説戦術の手段として用いている。この領域について、まとまった社会言語学的研究が存在するわけではないが、今後、研究対象としての重要性が増していくと思われる。

それは、女性が職場において次第に組織能力を洗練している状況になってきたことに対応している。これまでは、女性管理職が希少であり、最初から別の存在として組織内の対人関係を構築してきた状況であったのが、女性管理職が珍しくなくなり、また、女性総合職が希少ではないという状況で、一般職女性や派遣社員等も自ら対人関係を構築することが必要とされるようになっている。その際に、言説のあり方を操作することが重要な手段となる。

また、ビジネスの別の側面として、対人サービスにおける接客の際の言説においても女性語が問題となる。対人サービスに女性が当たることは多くあるが、接客担当者が女性であることを強調するために、女性語を多用するという傾向が見られる。筆者の研究対象は旅館の女将であるが、女将の言説訓練の多くは、オンザジョブで行われるといってよい。女性が接客で活躍する場面は多いが、女性でなければ接遇できないわけではない。実際、江戸時代の旅籠では女将は主要な役割を果たしていたとはいえない。十返舎一九の「東海道中膝栗毛」では、江戸から京まで十数泊するが、女将が出てくる場面は少ない。主人が客を接遇し、女将はほとんど出てこない。女将の出る場面には共通性がある。それは、クレームがついたときに客をなだめるという場面であり、緊急の対応として、それを収拾するというトラブルシューターとして現れる。

それは、主人が出て行くと、その場で解決を即決しなければならないのに対して、女将であれば、とりあえず事態を収拾して、主人が出るまでの時間稼ぎをする、あるいは、うやむやにしていくといった役割を果たしている。この役割は女性でなければならないというものではないが、女性の方がより効果的であることが多いとされている。クレームへの対処に柔らかく下手に出る際の女性語が効果があると考えられているが、現実には調査の必要があるだろう。

接客をしているのが女性であることを強調する場合には、女性語の使用が多くなることが予想されるが、意識して用いているのかなど今後の研究課題となる。また、その場合も酒席であるか、否かといった点の確認が必要であると思われる。

(日置弘一郎 ひおきこういちろう 京都大学大学院経済学研究科 教授)

 

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