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学会誌10号-研究ノート(陳)

大学生の雑談に表れるジェンダー表現の機能

陳 一吟

要旨:本研究は20代の大学生の会話データからジェンダー表現を抽出し、その使用実態を調査したものである。所謂「女性語」、 「男性語」を一括して「ジェンダー表現」と呼び、その使い方に男女の差があるか、 そしてどのような場面で何を目的として用いられるかという2つのリサーチ・クエスチョンを立て、 自然会話におけるジェンダー表現の使用実態を調査した。観察されたジェンダー表現には文末表現、崩れた音声、ぞんざいな語彙表現、 人称代名詞、感嘆詞、卑罵表現などが挙げられた。分析・考察の結果、まず、 男性が女性より男性語を中心にジェンダー表現を多用していることが明らかになった。次に、 ジェンダー表現が使われやすい環境は目上から目下、もしくは上下関係のない親しい者同士の会話であることが分かった。 最後にジェンダー表現の機能としては起伏のある感情の表現、親密化のストラテジー等が挙げられた。

キーワード:ジェンダー表現、大学生、自然会話、雑談

1.はじめに

多くの実証的研究において指摘されているように、日本語では男女の言葉が接近してきている (尾崎1997;遠藤2002)。現在の日本語では、所謂「女性語」や「男性語」は女性もしくは男性の実際の言葉遣いではなく、「言語資源」としてアイデンティティーの構築に利用されている (中村2007) 。しかし、このような「言語資源」として使われる「女性語」もしくは「男性語」はどのような形で現れるか、またはコミュニケーションの中でどのような機能を果たしているかを解明した研究は少ない。そこで本研究では「女性語」、「男性語」を一括して「ジェンダー表現」と呼び、大学生の雑談を分析対象として、ジェンダー表現の使われ方に男女差があるか、そしてジェンダー表現はどのようなときに何のために用いられるかという2つのリサーチ・クエスチョンを立て、自然会話におけるジェンダー表現の使用実態を調査した。

2.先行研究

2.1 ジェンダー表現とは

金水 (2003 : 205) は「ある特定の言葉遣いを聞くと特定の人物像を思い浮かべることができるとき、あるいはある特定の人物像を提示される、その人物がいかにも使用しそうな言葉遣いを思い浮かべることができる時、その言葉遣いを『役割語』と呼ぶ」と「役割語」という概念を提示している。本研究で言う「ジェンダー表現」もこのように特定の性別を想起させる「役割語」的表現と定義する。

一口にジェンダー表現と言っても時代によってその範囲が異なり、また、研究者によってその分類の仕方は異なっている。本研究では大辞林 (2006) 、大辞泉 (1995) 、田窪・益岡 (1992) 、小川 (1997) 等を参照し、ジェンダー表現としての「男性語」「女性語」の範囲を表1に示す通りに分類した。

表1 本研究の研究対象となるジェンダー表現

  男性語 女性語
終助詞・助動詞類 ぞ、ぜ、だろ、さ、な、かい、のか わ↗注1(わよ、わね、わよね)、かしら、のよ↗、のね↗、名詞+よ/よね↗
感動詞 おい、こら、ほう、なあ あら、まあ
美化語   例:お台所、お写真
人称代名詞注2 おまえ、君、こいつ、あいつ  
崩れた音声 例:ない⇒ねー  
ぞんざいな語彙表現 例:大きい⇒でかい  

2.2 ジェンダー表現の機能について

因 (2004) は話し手の性別から一般的に期待される範囲があり、話し手によって選択される表現とその範囲との関係、および他の可能な選択肢との対照によって話し手の人物や態度が表現されると指摘し、漫画作品における女性キャラクターの言葉遣いを分析した結果、ジェンダー表現は「話者の人柄や態度を表出したり、『他人格モード』を実現することによって緊張を和らげるなど、多彩な働きをしている」(因2004:784) と述べた。

ここでは「他人格モード」という概念が導入され、異性語の使用や自分の性格に合わない言葉の使用に目を向け、「ジェンダー表現」は「発話者の人柄や微妙な感情を示すために多彩な働きをしている」と述べている。

金水 (2003) も、「役割語」は漫画や小説といったフィクションの中に登場する人物の言葉遣いであり、描写のリソースとして使われることが多く、さまざまな作品において人物描写に活用されると述べている。

これらの研究ではフィクションの世界におけるジェンダー表現の様々な機能が指摘されている。一方、現実の会話においてジェンダー表現がどのように用いられるかについては、金水 (2007) が「おかま、ニューハーフ」の言葉を例に「仮面として使われる」こともあると指摘するに止まっている。フィクションの中だけではなく、実際の会話でもジェンダー表現が使われる場面があるにも拘らず、実際の会話におけるジェンダー表現に着目した研究はあまり見られない。そこで本研究では実際の会話を分析対象とし、ジェンダー表現の使用実態及びコミュニケーションにおけるそれらの可能性を見出すことを試みた。

3.データ及び研究方法

本研究では、2007年12月から2008年8月までの間に福岡市注3にある学生自治寮で収集した20代の大学生及び大学院生 19人 (男性10人、女性が9人)
の雑談を分析対象とした。調査対象者集団の日常生活で行われた雑談を17場面 (合計1時間28分28秒) 録音し、宇佐美 (2007) における発話文の定義を参照して、収集した会話を1711文 (男性815文、女性896文) に文字化した。表2に調査対象者の属性とそれぞれの発話数を示す。男性調査対象者をM、女性調査対象者をFで示した。年齢、学年および入寮期間は録音を開始した時点 (2007年10月) のものである。

表2 調査対象者の属性及び発話数

調査対象者 出身 学年 年齢 入寮期間 発話数
M1 宮崎県 修士2年 24 4年目 195
M2 福岡県 修士1年 23 1年目 96
M3 広島県 学部卒研究生 23 2年目 183
M4 広島県 修士1年 24 6年目 75
M5 東京都 学部4年 23 3年目 38
M6 大阪府 学部3年 23 1年目 78
M7 岡山県 学部5年 23 2年目 18
M8 静岡県 学部4年 23 3年目 71
M9 長野県 修士1年 27 3年目 31
M10 静岡県 修士2年 24 4年目 30
F1 大分県 学部4年 22 4年目 329
F2 大分県 学部4年 22 4年目 116
F3 大阪府 学部4年 24 3年目 121
F4 宮崎県 学部3年 22 2年目 134
F5 福岡県 修士1年 23 1年目 52
F6 大阪府 学部2年 20 1年目 49
F7 福岡県 学部4年 22 4年目 47
F8 宮崎県 学部3年 22 1年目 30
F9 大阪府 学部3年 22 1年目 18

上下関係については、調査対象者に対して口頭インタビューを行い、上下関係を確認した。その結果、年齢、学年および入寮期間によって、調査対象者同士の上下関係が決定されると考えられ、その影響の大きさも要素によって異なり、基本的には年齢>学年>入寮期間の順になる。しかし、この3つの要素に1、2年の差しかなく、なおかつ親密関係にある者同士の場合、上下関係ではなく同等な関係になることも観察された。

分析の際、会話データからジェンダー表現を抽出し、それらの形態的な特徴によってグループに分けて量的な分析を行った。また、考察の際は、相手との親疎関係、上下関係を見ながら、女性・男性それぞれが男性語と女性語をどのように使用しているかを分析し、ジェンダー表現が使用された文脈の特徴及びその機能を明らかにした。

4.ジェンダー表現の使い方に男女の差があるか

本研究において観察されたジェンダー表現として、文末表現、崩れた音声、ぞんざいな語彙表現、人称代名詞、感嘆詞、卑罵表現などが挙げられた。全体的には男性は女性よりもジェンダー表現の使用が多かった。個人差については、ジェンダー表現を使わなかった女性の調査対象者が1人だけいたが、ジェンダー表現を頻繁に使う人はいなかった。文末表現と感嘆詞にいくつかの女性語が入っている以外は、観察されたジェンダー表現は主に男性語であった。文末表現の男女による使用回数を表3に示す。

表3 文末表現の男女による使用回数

ジェンダー表現 男性語 女性語
文末表現 だろ なよ 名詞+よ 名詞+よね のよ のね
性別 男性 11 10 7 7 3 1 0 0 0 0 0
女性 5 0 6 3 0 1 1 2 1 3 1

表3に示した結果から以下の3点が導き出される。第1に、種類や使用回数に拘わらず、男女共に女性語の使用は男性語より遥かに少なかった。第2に、女性による「男性語」の使用は観察されたが男性による「女性語」の使用はなかった。第3に、「だろ」、「ぞ」など男性にしか使われない男性語が依然として存在していた。

崩れた音声の使用は男性にしか見られなかった。その中で特に多かったのは、否定を表す形容詞「ない」が崩れた形「ねー」と「すごい」が崩れた形「すげー」であった。元の形とともに「ねー」及び「すげー」の使用回数を表4に示す。

表4 「ねー」と「すげー」の使用回数

ねー ない すげー すごい
7 0 110 95 13 0 15 19

 元の形の使用は男女に目立った差がないのに対して、崩れた形の使用はどちらも男性に限られた。また、使用回数は僅かだが、「うめー」が男性によって3回、「あめー」「あぶねー」が同じく男性によって1回ずつ、「ひでー」が男女それぞれ1回ずつ観察された。

 ぞんざいな語彙表現としては「でかい」及び「食う」が最も多く観察された。「でかい」に女性の使用が1例だけあった他は、ぞんざいな語彙表現はすべて男性に使われていた。また、「美味しい」のぞんざいな形「うまい」も男性によって1回使われた。女性は「美味しい」しか使わなかったのに対して男性は「うまい」、「うめー」、「美味しい」の3種類の表現を同時に使っていることが分かった。表5に「でかい」と「食う」と「うまい」についての使用回数を示す。

表5 「でかい」、「食う」、「うまい」(うめー)の使用回数

でかい 大きい 食う 食べる うまい うめー 美味しい
5 1 5 3 4 0 10 12 1 0 3 0 5 9

人称代名詞では、「お前」と「あいつ」が男性によってそれぞれ4回と5回ずつ使われていた。「こいつ」は男女ともに1回ずつの使用があった。

また、回数は少ないものの、その他のジェンダー表現として女性語の感嘆詞「あら」が男性によって2回、「あらら」が女性によって1回だけ使用されていた。また、卑罵表現「くそ」は男女で1回ずつ観察された。

5.ジェンダー表現はどのようなときに何のために用いられるか

5.1 男性が男性語を使う場合

男性が男性語を使うケースが最もよく観察され、特に親しい男性同士のグループの中で、目下や同等の男性に対して男性語を多用する傾向があった。会話例を観察した結果、男性語の使用は、起伏のある感情の表出、男性同士の一体感作りに効果的であることが分かった。

男性は起伏のある感情やぞんざいな気持ちを表出する場合に男性語を使うことが多かったが、女性はこのような場合に男性語を使うことはほとんどなかった。その理由として、男性語が乱暴でぞんざいなニュアンスを持つためと考えられる。具体例を1つ見てみよう。

会話例1 F1とM3が一緒に受けている授業について語っている場面である。F1とM3は対等の関係である。

F1:スティーブについて話したね。
M3:うん、スティーブすげーね。
F1:うん、スティーブすごいね。

男性のM3が「スティーブ」という人物に対する評価をぞんざいな表現「すげー」で表した。「すごい」よりも「すげー」の方がM3の高ぶった気持ちを表すことができる。それに対して女性のF1はM3の発言を繰り返す際、「すげー」を「すごい」に言い換えている。「すげー」には所謂「男性らしさ」と結びつく乱暴なニュアンスがあるため、女性はその使用を避けると考えられる。また、男性はこのような男性語を使うことでぞんざいな気持ちを表出し、さらに仲間に親しみを表すこともできる。以下はその一例である。

会話例2 M2がM1の発話に出てきた「ソテツ」を「サテツ」に聴き間違えたことに気付いた後の会話である。M1はM2の目上の人物である。

M1:花、植物の話、ソテツって。
M2:あっ、ソテツってそっちの話だったんですか。俺、変なこと考えてた。俺、釈然としてなかったんですよ。
M1:えっ、ちょっと待って、こいつ、なになに?【笑】注4
M2:あっ、あれと思ってた。砂鉄と思ってた。【笑】砂鉄が磁石にあったら、変な形になるって。自分の中でそんなに変な形かなと思ってて…
M1:意味分からない。お前。【笑】

M1はM2が自分の発話を聴き間違えたことに気づき、相手に対して「ちょっと待って」と言った後「こいつ」注5とM2を呼びかけて「なになに」と興味津々に相手の考えを聞く。その後M2の考えを聞いた後にも「お前」を使って相手に呼びかける。「こいつ」と「お前」は本来相手を軽蔑し、貶める表現であるが、この会話では目上のM1が目下のM2に親しみを表すという機能をもっている。この2つの呼びかけ表現は、もし使われなかったとしても意味の伝達に影響はないが、ここでM1がわざわざ呼びかけ表現を使った理由は相手及び相手の発話に興味を示すためである。ぞんざいな表現を使ったのは、言葉上の疑似攻撃で親しい仲間同士の言葉遊びを実現しようとしたためと考えられる。

ただし、男性が男性語をどんな場合でも自由に使えるわけではなく、目上の人に対しては使用しづらいようである。以下は上下関係が男性語の使用に影響する例である。

会話例3 食事中、M1がパンにバターを塗ってミロをかけると美味しいと言う。
その場にM1の目上の人物M9と目下の人物何人かいる。M9はM1の目上の人物である。

M1:(略)すげぇうまい。すげぇカロリー高いすけど。
M9:いや、蜂蜜には勝てねぇよ。
M1:蜂蜜はすごいすね。

冒頭の発話はその場にいる全員に向けたものであり、M1が皆にパンの美味しい食べ方を紹介した後に感想を述べた。「すげぇうまい」は、自分の感覚を独り言のようにストレートに表現するものであるため崩れた音声に普通体が付き、最もぞんざいな表現となっている。その直後の発話では「すげぇ」と丁寧体が一緒に使われ、自分の高ぶった気持ちを「すげぇ」で表現しながらも、聞き手の中に目上のM9も入っているため「です」を崩した「す」を付け加えた。M1の発話に対してM9は配慮なしに「勝てねぇ」を使って評価的なコメントを述べた。M1はそれに同意を示し「すごい」を使ってフォローをした。この発話ではM1が「すげー」より「すごい」を選んだのは、目上のM9に対して配慮を示すためであると考えられる。

5.2 男性が女性語を使う場合

前述したように、男性による女性語の使用例は「あら」の2ヶ所しか表れず、2ヶ所とも軽い驚きを表す時に使われていた。以下はその使用例である。

会話例4 M9が録音されていることに気づいた後の会話である。上下関係はM9>M1>M2である。

M9:これとってるの?
M1:録音入ってる?
M9:あら!大変だ。(笑)
M2:ツボだった、M9ちゃんのツボだった。
M9:あぶねぇ…

会話が録音されていることにM9が気づき、「あら」と発して驚きを表している。発話と同時に生じる笑いと、その後のM2のフォローから分かるように、本当に驚いているわけではなく、「驚いてみせる」という演技の要素が入っていると考えられる。

5.3 女性が男性語を使う場合

女性が男性語を使った例は、終助詞を中心に19例あったが、親しい仲間の間にしか見られなかった。男性と比べて使用された男性語の種類と回数は遥かに少なかったが、男性と同様に仲間同士の気さくな雰囲気を作り、親しみを表すために使われたものもある。会話例5は終助詞の使用例である。

会話例5 F7がF3とF2を合コンに誘う。上下関係はF3>F2=F7である。

F7:ね、「〇〇注6合コン」しようよ。
F3:しよう?
F7:ねっF2、F2、「〇〇合コン」しよう
F2:おお、いいねいいね。

この会話は親しい間柄の女性の間の会話である。最初のF7の会話では、F7がF3とF2に対して「合コン」への参加を提案した、F3からしか返事がなかった。そこで、F7は更にF2に対して、名前を2回呼びかけるほど、強く返事を求めようとした。強い呼びかけの意思と共にふざけて意図的に「男らしさ」を出すために強引さを表す表現「ぜ」を使った。それに応じてF2も「おお」という感嘆詞を使い、積極的で、力強い返事をした。

また、前述した通り、僅かではあるが、「ひでー」「でかい」「こいつ」および「くそ」が女性によって使用された例がそれぞれ1回ずつあった。いずれも終助詞と同様に親しい仲間同士の会話に用いられ、冗談もしくは大げさな感情表現として使われていた。以下は「こいつ」の使用例である。

会話例6 ケーキを分けようとする3人が誰にケーキ切らせるかについての会話である。3人は対等関係にある。

F2:(笑)包丁なんか危ないから。
F7:(笑)いろいろ危ないよね、こいつに切らせると。F2ちゃんに切らせよう。
F2:M5ちゃん切ってよ。
M5:俺分かんないよ。
F7:がんばれよ。
M5:任せよ。

この会話ではF7が包丁をM5に持たせると危ないと冗談めかして言う時、M5のことを「こいつ」と呼んでいる。笑いを伴う楽しい雰囲気の中で、同級生というごく親しい間柄の3人の会話であるからこそ、女性のF7が男性語の「こいつ」を使ったと考えられる。

5.4 女性が女性語を使う場合

男性が男性語を多用したのと異なり、女性が女性語を使ったのは7例だけであった。感動詞の「あらら」が驚きを表すために使われた以外、冗談や大げさ等のふざけた文脈に表れた。以下はその1例である。

会話例7 F3とF7が男性寮生の〇〇について語る。

F3:ぱっとなんかシャツ姿もすごい格好よかった、今日朝見たら。あの人絶対男前よ。
F7:本当?あたし癒されるけど。
F3:今日でも、朝ゴンギョの時ぱっと、【F7:笑】やや、〇〇絶対もてるやん。 

F3がF7に男子寮生の○○が「格好いい」と評価する時、名詞「男前」の後ろに「よ」を付けた「女性語」を発している。その発話には冗談の口調で誇張のニュアンスが含まれ、F3が女性語を使って普段の自分と異なる「異性に憧れる女性」を演じているわけである。

6. 結論

まず、ジェンダー表現の使用に男女差があるかどうかについては、本研究の分析・考察の結果から、男性は男性語を中心としてジェンダー表現を多用しているのに対して、女性は男性語だけでなく女性語もあまり使っていないことが明らかになった。男女の言葉が近づいてきていることは否定できないが、ごく限られた文脈以外、崩れた音声、ぞんざいな語彙表現など、女性に使いづらい男性語が依然として多く存在していることも見受けられた。その原因としては、女性が乱暴で荒々しさと結びつく表現を使うのは社会的な期待に背くことが考えられる。

また、ジェンダー表現はどのような時にどのような意図で用いられるかについては、女性語の場合は、男性による「あら」の使用以外は、女性がプロトタイプの女性像を演じようとする時など、ごく限られた文脈で自分の普段の言葉遣いから逸脱した時にしか現れなかった。このことから女性語は若い女性の日常生活の会話から離れてきていると言えよう。その理由として、女性語で想起される上品で淑やかなステレオタイプの女性像は日常生活においては不自然なものになってきていることが考えられる。一方、男性語の場合は、男性を中心に使われているが女性による使用例もあり、比較的多く使われていた。男性語には力強さ、ぞんざいさと結びつく表現が多く、親しい者同士の気さくな会話などで感情を大げさに、またはぞんざいに表現することで、一体感を作り出すことができる。粗野でぞんざいな表現は比較的自由な言葉遣いが許された状況でしか使われず、親しい者同士の場合であればこのような状況を作ることができる。そのため、敢えて粗野でぞんざいな男性語を使うことで相手が自分と親密な関係にあることを暗示することができ、親密化の実現につながるわけである。

最後に、ジェンダー表現の機能については、男性語の場合、男性を中心にその使用が多く見られるのに対し、女性語の使用は男女共に男性語に比べて遥かに少ないことが明らかになった。ジェンダー表現は実際の言語使用においては、性別を示すことよりも、一種の言語資源としてコミュニケーションにおける大きな役割を果たしていることが確認された。例えば、男性語に含まれている攻撃性を過剰に利用し、冗談の意図を表明できる。また、男性語にまつわるぞんざいなニュアンスを使用することで気さくな雰囲気の会話を作り、親密化を図ることもできる。一方、女性語は男性によって使われることはあまりないが、軽い驚きを表す「あら」が男性にも使われやすいことが分かった。女性によって使用される時に普段の自分と異なったプロトタイプの女性像を借りて冗談や誇張の意図を示すこともできる。このように、ジェンダー表現は漫画、小説等のフィクションの中だけではなく、現実の会話においても豊かな表現性を持っていると言えよう。

しかし、今回の調査は会話データが少ないため収集できたジェンダー表現の数も限られた。今後はデータを増やすことで結果をより信憑性のあるものにしたい。それと同時に、相手の性別、上下関係と親疎関係がジェンダー表現の使用に与える影響を検証するために、同一人物が違う相手に対して行う使い分けに焦点を当てることで、研究結果をより充実したものにできると考えている。

  1. イントネーションの上昇調を表す。本文に戻る
  2. 第一人称代名詞は性別によってその使い方が決まっている傾向が強いため本研究の対象外とする。本文に戻る
  3. 調査場所は福岡であるが、調査対象者の出身は日本各地に広がっている (表1)。九州・大阪の方言が調査対象者の言葉遣いにある程度影響を与えているが、標準語が寮生間の交流における基調言語である。本文に戻る
  4. 発話文にならない相槌や発話に伴う笑いを【】で表す。本文に戻る
  5. 話題に出てきたもの(ソテツ・サテツ)はその場にないため、「こいつ」は現場指示ではなく、会話の相手を指す第二人称代名詞と判断する。本文に戻る
  6. 会話参加者以外に使われた人名を○○で表す。ここでは寮生の男性の名前が使われ、その寮生とその友人が中心となって開催される合コンのことを「〇〇合コン」と呼んでいる。本文に戻る

参考文献

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    • 金水敏 (2003) 『ヴァーチャル日本語:役割語の謎』岩波書店
    • 金水敏 (2007) 『役割語研究の地平』くろしお出版
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    • 因京子 (2004) ジェンダー表現の機能『言葉のからくり:川上誓作教授退官記念論文集』英宝社,773-785
    • 中村桃子 (2007) 『「女性ことば」はつくられる』ひつじ書房
    • 益岡隆志,田窪行則 (1992) 『基礎日本語文法―改訂版―』くろしお出版
    • 村松明編 (2006) 『大辞林』第三版 三省堂
(陳一吟 九州大学大学院比較社会文化学府 博士後期課程)


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